74 屋上ビアガーデン
「屋上ねえ……」
ギルとカミラが同時に口を開く。
カミラは近くのソファーに座り込むと、何も言わずに俺の手を引っぱり懐に収める。そして俺を後ろから抱きしめたまま後頭部に顎を乗せて考え込み始めた。
向こうからすると抱きまくらみたいなものかもしれないが、柔らかかったりいい匂いがしたり、こちらもとても気持ちいいですありがとうございます。
頭上ではカミラが「安全面が……」「料理の種類が……」「接客人数を……」と上の空で呟いている。
前世で言うところの屋上ビアガーデン。
日本での始まりは貸し切りにした予約客がビアホールに入りきれず、屋上を解放してビールを振る舞ったという出来事からなんだそうだ。屋上ビアガーデンに一緒に飲みに行った先輩がそういうウンチクを語っていたことを思い出す。
今回のケースと多少は繋がるところもあるとは思うが、ここは夜のお店なのでワイワイとビール片手にというわけにもいかないだろうし、どうなるかは分からない。所詮は子供の戯言なので、戯言を聞いた大人が好きに判断すればいいと思う。
「マルクちゃんありがとね。こうしていると考えがよくまとまるのよ。ねえギルさん、ちょっと屋上を見てもらえる?」
しばらく考え込んでいたカミラは俺の両脇に手を添え持ち上げると、自分の懐からソファーの傍らに立たせた。名残惜しいが仕方ない。そして俺達を店の奥へと案内した。
カミラが最奥にある扉を開けると、そこはさほど大きくない広さの庭だった。薄暗い店内から昼の明るさの急激な変化に眩しさを感じ、手を目の上にかざしながら庭を眺めてみる。
庭の左右を壁に囲まれ、壁際には物置らしきものが一つ設置されていた。庭の奥の方には小さな花壇と民家が見える。あの家にカミラが住んでいるのだろうか。
しばらく庭を眺めていると、カミラが店の扉の横に備え付けられた石造りの階段を登っていくのに気付き、慌てて追いかけた。
そしてカミラ、ギル、俺という順番で階段を登っていたのだが、ふとギルの横顔を覗くとカミラの尻をガン見していた。爺さんまだまだ現役なんだね。目元はキリっとしているけれど、口元が緩んでいるのを隠しきれていなかったよ。
そういえばこの二人の関係って何なんだろう? 単なる店主と客? それとも愛人関係? ……まあどっちでもいいか。
そんなことを考えてる間に屋上に到着した。
屋上の周りを見渡してみると、店前の大通りに面した側には何も置かれていないが、裏庭に面した側には大通りからは見えないように物干し竿と竿受けが置かれていた。生活感をなるべく見せないための配慮だろうな。夢を売るお店だろうしね。
そして屋上から眺める景色の方はというと、元々平屋建ての建物なので高さはそれほどでもないが、大通りに面している分、思ったよりは見栄えがよかった。
それに両隣の店舗がここの屋上よりも高くないのも良かったと思う。仮に周囲が二階建て三階建ての建物に囲まれていたら、何ともいえない圧迫感を感じていたことだろう。
ギルは周囲を見渡すように歩きながら腕を組む。
「ふーむ、まぁ景色は案外悪くないのかもしれんな。しかし屋上を囲む塀の高さが少し不安だな」
この屋上はもともと洗濯物を干すくらいしか利用することもなく、安全性はさほど考慮されていないんだろう。屋上の縁を囲む塀の高さは1メートルも無かった。
「塀が低いようだな……」
塀の周りをうろうろと歩いていたギルがこちらに歩み寄りながら呟く。俺もギルを見つめた。
「ふとした拍子で落っこちるかもしれんよな……」
ギルは呟きを続ける。俺は人差し指を口にあて、かわいく首を傾げた。しばらく見つめ合っていると……
「マルク坊、頼む!」
ギルが俺を拝むように両手をパンと叩いた。
正直なところ魔法で色々とやってみたくてうずうずとしていたが、俺に頼み事をするギルが珍しくて少しからかってしまった。
「うん、もちろんいいよ!」
俺はギルにそう答えるとカミラに向き直る。
「カミラお姉さん。魔法でちょっと屋上を改装してみたいんだけど、構わないかな?」




