73 夜のお店
店の中は開店前ということで少し薄暗く感じたが、思ったよりも広い店内にはカウンター席とテーブル席が等間隔できれいに並べられていた。
カウンターの向こう側には大きな棚が備え付けられ、棚の中にはたくさんの酒類が並べられている。テーブル席側の壁に掛かった木の札には入場料銀貨2枚と書かれていた。
前世で言うところのチャージ料金みたいなもんなんだろうか。まぁこういったお店は前世では上司や先輩の奢りで何度か行ったことあるくらいだし、前世の料金システムと比べたところで意味がないので、深く考えるのは早々に止めておいた。
そして店内にいるしっとりとした青みがかかった髪を背中まで伸ばしたお姉さんだが、年齢は正直よくわからない。
美人だし若く見えるけどきっと見た目通りの年齢じゃないんだろうなあと、店の外観と同じくシックな装いと落ち着いた雰囲気から察することは出来た。俺がお姉さんを観察しているとギルが口を開く。
「今度領主様が来るだろう? 色々と入り用だと思って差し入れを持ってきた」
「あら、ありがとう……って何も持っていないじゃない。なにかの謎掛けかしら?」
お姉さんが首を傾げ腕を組む。腕に押し上げられた胸がむにゅんと形を変えている。いいものをお持ちのようですね。
「おお、すまんすまん! マルク坊頼む」
ギルの声に頷き、アイテムボックスからカゴに入ったままの野菜をどっさりと床の上に並べると、お姉さんが目を丸くして俺の方を見つめる。
「アイテムボックスとは珍しいわね。この子はギルさんのお店の見習いさんかしら?」
「いや違うぞ。そうだな、歳の離れた友人と言ったところか」
ポンと俺の肩を叩く。
「こんにちは。マルクといいます」
「あらまあ、礼儀正しい坊やね。私はカミラ。このお店の店主をやっているわ」
カミラはしゃがみこむと俺に目線をあわせる。途端にふんわりと甘い香水の匂いが鼻を掠めた。
「でもアイテムボックスなんて、あんまり人に見せちゃ駄目よ? 悪い人が寄ってきちゃうんだから」
そう言いながら俺の頭を撫でた。するとギルが笑いながら、
「ワシも昔はそう言ったんだがな、マルク坊ならたぶん大丈夫じゃないか? なにせこの前は町の周辺にうろついてた盗賊を退治したらしいからな」
あれ? 言ってなかったよね? 俺が驚いて見上げると、ギルがニヤっと笑った。
わざわざ言うことでも無いと思って特に伝えてはいなかったんだけど、どうやらギルは盗賊退治の件を知っていたようだ。色々と顔が広いだけのことはある。
「あら、そうなの。まだ小さいのにすごいのね」
カミラが興味深げに俺の頭や頬をさわさわと撫で回す。無防備に屈んで近づいてきているので、胸元からは見えてはいけないところが見えそうになっている。俺は何だかニヤけそうになるのを必死に堪えてポーカーフェイスである。
「ウォッホン! それでどうなんだ。店の方は」
俺へのおさわりが終わらないカミラに咳払いをしたギルが尋ねた。
「そうねえ。準備は順調なんだけど、この場所がね」
「場所がどうかしたのか?」
「前回の視察の時はね、繁盛したのは良かったんだけど、とにかく店に入りきれないほどお客さんがいっぱいになっちゃって大変だったのよ」
ちなみに前回の視察とは五年前。領主は領都にある町々を五年に一度の割合で町まで視察に来るそうだ。そして町長と会談、宿泊して翌日に帰るのが恒例となっているそうだ。
前回は俺は三歳だったので、家の中で普通に過ごしている間に終わった。後から視察があったと知って、そういえば普段より町が騒がしかったかなと思った程度だ。
「今回もお客さんでごったがえすと思うと大変だわ」
「それなら人数で入場制限したらいいんじゃないか?」
「兵隊さんはある程度の団体でまとめて来るから、途中で切るわけにはいかなくてねえ。……でも、ある程度お断りしたほうが無難かしら」
カミラが頬に手をあて息をつく。せっかくの稼ぎ時にお客さんを逃したくない気持ちもあるんだろう。
「それじゃあ屋上を使えば?」
少し思いついたので口を挟んでみた。
「屋上?」
相変わらずしゃがんだままのカミラが俺に向き直る。
「屋上をきれいに装飾して、屋上でも飲んでもらうの」
「せっかく店の中に入ってるのに外に行くのかい?」
「夜空を見ながら風に当たって飲むのも楽しそうじゃない?」
酒を飲みながら外の風に当たる開放感を前世の俺はよく知っていた。今はさすがに経験談として語るわけにはいかないけどな。屋上ビアガーデンってヤツだ。




