69 憤怒
ニコラを半目で見つつ石壁を分解して砂をアイテムボックスに仕舞う。そのまま放置するとご近所迷惑だからね。
その様子を見ていたリザが感心したように口を開く。
「さっきはそれどころじゃなかったけど、マルク君って相当魔法が得意なのね。尾行の気配も感知したみたいだし、土魔法、それにアイテムボックスまで……」
他は分からないけど、感知はニコラの方がずっとすごいと思うけどな。敵味方の判別が出来ていそうだ。
詳しく聞いてみたいけど、以前ギフトについて聞いた時は頼られると面倒だからと教えてくれなかったし、聞くだけ無駄だろう。
でもまぁ余計なことを言わないほうが背負い込む責任が減るという考えは分からんでもない。俺はリザの呟きを曖昧に笑ってごまかし、実家を目指して再び歩きだした。
――――――
実家の宿屋『旅路のやすらぎ亭』に戻ってきた。店の入り口から中に入ると受付カウンターから母さんが顔を出す。
「あら? マルクにニコラ、早かったのね。遊んでこなかったの?」
「冒険者ギルドでお客さんを連れてきたんだ」
母さんにリザを紹介する。
「あらあら、いらっしゃいませ。お食事かしら? それともお泊りかしら?」
「食事でお願いします」
「は~い。それじゃあマルク、お席に案内してくれる?」
食堂を見渡し空いてる席を探す。するとセリーヌが一人で食事中で、こちらに向かって手を振っていた。リザとも知り合いだし相席の方がいいかな。
「珍しい組み合わせね。どうしたの?」
今日はオフだと言っていたセリーヌは、いつのも黒いドレスではなく白いワンピース姿。冒険者の姿の時以外は白っぽいものを好んで着ている。なんでこうも極端なのか。
「昨日の盗賊の報奨金を冒険者ギルドで貰ってきたんだけど、それが大金だったから、お姉ちゃんがここまで送ってくれたんだ」
「そういえば詳しく聞かなかったけど、盗賊に襲撃されたって言ってたわね。大金って幾らくらい貰ったの?」
「セリーヌさん、蛇狼の三人組でしたよ。金貨90枚です」
「えっ、あいつらだったの? マルクぅ、襲撃されて得したわね!」
こっちはそれなりに必死だったのに、襲撃されて得したとか気楽なもんである。
「セリーヌさんがお気に入りの理由が分かりました。さっきも石壁を一瞬で作ったりなんだかんだとすごかったです」
「そうでしょう~? 将来有望なんだから」
セリーヌが俺の頭をぽんぽん撫でるとリザに着席を促す。
「それじゃあ一緒に食べましょう? 私のおすすめは新メニューのお好み焼きのテンタクルス入りね」
「テンタクルスって湖の魔物のですか? あれって食べられるんです?」
席に腰掛けながらリザは怪訝な顔をする。さすがに冒険者ギルドの職員だけあって、テンタクルスは知っているらしい。
「うふふ、一度食べてみるといいわ。冒険者ギルドの職員なんだから、魔物の情報はどんなことであれ知っていて困ることはないわよ」
「そうですね……。見た目が変でも美味しい獣や魔物は確かに存在しますし、食べてみることにします。マルク君、お好み焼きテンタクルス入りを一つお願いね」
「分かった。それじゃあ注文してくるね」
そう言って席を離れる。ニコラはこのままなし崩し的に仕事を手伝わされると思ったのか、既にリザの隣の席に座って動こうとしなかった。俺とニコラの分の昼飯も頼んでおくか。
「母さん、お好み焼きテンタクルス入り、ひとつ注文入ったよ。僕とニコラも一緒に食べるから同じのをお願い」
カウンターまで歩いて母さんに注文を伝える。
「は~い分かったわ。あっ、マルク、このお皿をあちらのテーブルまで持っていって~」
「はーい」
やっぱりこうなった。
しばらく食堂を手伝った後、注文したお好み焼きが出来あがったのでテーブルに運ぶ。そのまま俺も同じテーブル席に座り昼食をいただくことにする。
「お好み焼きは最近屋台で見かけますけど、お店の中で食べるのは初めてです」
お好み焼きを見たリザの感想である。むしろここが発祥だと思うけれど、どうせ俺も前世のパクりだし主張はすまい。
「お好み焼きに切ったテンタクルスを入れてるんだ。食べてみて」
リザは頷くとお好み焼きを大きめにナイフで切り、パクりと一口。
「~~~~~~!」
目を見開き言葉にならない声を上げたかと思うと、すごい勢いで食べ始める――
ガツガツパクパクムグムグ……ゴックン
ガツガツパクパクムグムグ……ゴックン
――あっと言う間に食べ終えてしまった。そしてリザが恍惚とした表情で息を吐くと、こちらに向き直り俺の手を握った。
「生地といい、肉といい、ソースといい、全てが屋台とはまったく別の食べ物だわ……。仮にテンタクルス抜きでも別格の美味しさだけれど、テンタクルスとの相性が最高ね。この歯ざわり噛みごたえ、そして味。全てがお好み焼きに深みを与え、相乗効果で更なる味の高みへと導いている。……私は今日のこの出会いに感謝の気持ちで一杯よ。マルク君ありがとう」
お、おう……。なんだか予想以上に気に入って貰えたようだ。
「そういえばリザって食べ歩きが趣味だったわね。それなのにこの店がノーマークだったというのは意外だわ」
「失礼ながら宿屋がメインだと思っていました……。今後は全ての食堂付きの宿屋をチェックし直さなければ……」
リザが新たな決意に燃えていた。さて、なんだか呆気に取られて全く自分のを食べてなかったな。そろそろ食べようか。
するとやたらと視線を感じたので隣を見ると、リザが俺の皿のお好み焼きをじっと見つめていた。もしかして一枚じゃ物足りなかったかな?
「お姉ちゃん、もう少しお好み焼き食べたくない?」
「そうね、食べたいかな。でも今から注文すると昼休憩の時間がね……」
リザが心底残念そうに眉を下げる。
「よかったら僕の少し食べない?」
「気持ちは嬉しいけれど、それはマルク君の昼食でしょ?」
「母さんがウッカリ僕の分も大人と同じ大きさにしたから、少し量が多いんだ。だからお姉ちゃんが食べてくれると嬉しいなー」
「そ、そういうことなら……」
四分の一ほどに切り分けて、リザのお皿に乗せる。
リザはちょっと顔を赤くしながらありがとうと言うと、今度はゆっくりと口に運ぶ。
「美味しい」
にっこりと微笑んだ。良かった、これで常連になってくれると嬉しいね。
その瞬間、なにやら怒りの波動を帯びた念話が届いた。
『お兄ちゃん! なんてことを!』
『え? なに? 分けたら駄目だった?』
『違いますよ! 今のは百パー、あーんしていたら成功だったケースじゃないですか! なにやってんですか!』
『いや別にあーんとかしなくてもいいじゃない? 俺だって恥ずかしいし』
ニコラはやれやれといった顔をすると、
『食欲と羞恥の間に揺れ動き、その結果食欲の軍門に下り顔を赤めながら、お兄ちゃんの差し出したフォークを前にして恥ずかしげに口をあーんと開く。そんなリザの顔はもう二度と見れないんですよ? それがどれほどの損失なのか分かりますか?』
『ええっ、それほどのものだったの?』
『それほどのものでしたよ。はー、全くお兄ちゃんはまだまだですね。私が本格的に教育を施したほうがいいんでしょうか』
それは勘弁して欲しいところだけど。と、リザが俺の肩をつんつんと突いた。
「ニコラちゃんと見つめ合ってどうしたの? 早く食べないと冷めちゃうわよ」
おっとそうだった、お好み焼きを食べないとな。俺は更に続くニコラの愚痴をスルーして、お好み焼きを食べることにした。うん、おいしい。




