66 はじめてのおつかい
昼前には割り当てられた仕事が終わった。忙しくなるお昼にはパートタイムのおばさんがやってくるので、今から俺とニコラは自由時間となる。
「それじゃあ行ってくるね」
ニコラと一緒に家を出る。これからムサいおっさんがたくさんいそうな冒険者ギルドへ報奨金を貰いに行くのだ。
変なのに絡まれないようにセリーヌについてきて貰おうかなとチラッと考えはしたが、昨日セリーヌはオフだから昼まで寝ると言っていたので、さすがに起こしてまでお願いするのは気が引けた。
「いってらっしゃ~い」
母さんが宿の入り口で手を振りながら俺達を見送る。気分ははじめてのおつかいである。しばらく歩いてから後ろから誰かがついて来ていないか、ついつい確かめてしまった。ニコラが呆れたようにこちらを見る。
「誰もついて来ていませんよ。それより貰ったお金は自由にしていいってママも言ってましたし、たまにはギルのお店でお菓子でも買ってください」
「そうだな、大人買いするか。子供だけどな」
そんな話をしながら大通りを歩く。二年ほど前のゴブリン退治以来の冒険者ギルドだが、大通りに沿って進むだけなので迷いようもなく、あっさりウエスタンドアの建物に到着した。
中に入ると結構な人だかりだ。向かって右側の飲食スペースのテーブル席はほとんど埋まっていて、もう酒を飲んでる連中がチラホラいる。あれ? まだお昼前ですよね?
以前にギルドを見学した時は酔っ払いが一人いたけれど、逆に言えばその人くらいしか飲んでる人は居なかったのにな。
そんなことを思い出しながら、ニコラと二人で受付カウンターの順番待ちに並ぶ。すると俺達の後ろに並んだ男から声がかかった。
見上げて見ると、何度かウチにも宿泊したこともある顔なじみの冒険者だ。壁から取り外したらしい依頼書を手に持っている。
「宿屋の坊主じゃないか。こんな所でどうしたんだ、お使いか?」
「うん、そんなところだよ。前にも来たことがあるんだけど、前に比べて今日は人が多くてびっくりしちゃった」
「あー、これな。今日は特別だよ」
「え? なにかあったの?」
「おおありさ。以前領主様が主導した大規模な盗賊狩りがあってな。その時に運良く逃げおおせた残党が冒険者ギルドで指名手配されていたんだが」
どっかで聞いた話ですね。それでそれで?
「そいつらはとにかく逃げるのが得意な連中でなぁ。なかなか捕まらないことに業を煮やした領主様が報奨金の値段を跳ね上げたんだ。その影響で、この町を拠点にした残党狙いの冒険者が最近増えてきていたんだが――」
オイシイ賞金首だったわけだ。はぐれメタルを狙うみたいなもんかな?
「それが昨日ついに捕縛されたらしくてよ。先を越された連中が、今日は仕事をやる気を無くしたみたいでダベってるんだよ」
「ふ、ふーん、そうなんだ。……僕ちょっと用事を思い出したから、また後で来るね」
俺は回れ右をする。しかし一歩踏み出す前に、顔なじみ冒険者がガシッと俺の肩を掴んだ。
「何言ってるんだ。もうお前の番じゃないか。今おつかいを終わらせたほうが早いだろ? ほらほら、さっさと終わらせな」
肩を掴まれたままカウンター席に座らされた。もう逃げられない。
「こんにちは、冒険者ギルドへようこそ。あら、あなたたちは……。そうだわ、セリーヌさんと一緒にギルドに来た子たちよね?」
以前と同じ、背中まで黒髪を伸ばした美人受付嬢がニコラの方を見ながら問いかけた。
「うん! ニコラはニコラだよ。こっちはマルクお兄ちゃん!」
「そうだったわね。こんなカワイイ女の子、今まで見たことなかったから、よおく覚えてるわ」
受付嬢が微笑み、それを聞いてニコラもにっこりと笑う。あれおかしいな、俺だって結構かわいいはずなんだけどな。一緒に覚えててくれてもよかったんだよ?
「それで今日はどうしたの?」
俺は今朝ゴーシュから受け取った手紙を恐る恐る受付嬢に手渡した。受付嬢はさっと目を通すと眉を上げる。
「『蛇狼』の残党三人の討伐証明書? えっ? あなた達が倒したことになってるけど」
ギルド内が一瞬静まった。
――ざわざわざわ……
そして周囲からざわめきが起こり始めた。テーブルで飲んだくれていた連中からの視線も感じる。
俺は魔法を見せて人に喜んでもらったりするのは好きだ。しかし強面のおっさん共の注目を浴びるのは正直キツいものがある。だってほら、イチャモンとか付けられたら怖いじゃない? さすがに八歳児には無いかな?
「う、うん。昨日町に帰る途中に襲われて成り行きで? そうなったんだよ」
「セカード村との街道で捕縛って書かれてるわね」
受付嬢が証明書に目を通しながら答えた。
「あーそっちはノーマークだったわ!」「あんなところ張り込まねえよ~」等々、周辺から悔しがる声が聞こえる。
めっちゃ聞き耳立てられてるけど、ここに俺のプライバシーは無いのか。出来れば黙って報奨金だけ貰いたかった。
「証明書には確かにあなた達が倒したと記載されてるし、魔法印も押されてるし……、うん、特に問題は無いわね。――それでは報奨金の金貨90枚をご用意いたしますので、お席でしばらくお待ち下さい」
綺麗なお姉さんからギルドの職員モードに切り替わった受付嬢は、ペコリと会釈するとカウンターの後ろの奥へと歩いて行った。え? 今、金貨90枚って言った?




