64 試食会
――突然の絶叫。しかしそれはすぐに収まった。
シンと静まり返ったキッチンで辺りを見渡す。誰も口を開いている者はいなかった。
全員が父さんの方を見ているが、父さんが両手で口を塞いでいるだけだ。きっと急に唇が痒くでもなったんだろうな。よし、続けるか。
「……えーと、これはテンタクルスっていうセカード湖に棲息する魔物なんだ。下処理済だから、一応どこでも食べられるみたい。生食は魔物だし一応やめたほうがいいと思うけどね」
「……へ、へー、テンタクルスねえ。セカード村には行ったことなかったけど、変わったもの食べてるのね。それでどうやって食べるの?」
絶叫の件なんて無かったということで全員の思惑が一致したらしい。セリーヌが相槌を打ってきた。
どうやらセリーヌはテンタクルスに対して忌避感は無いようだ。母さんもテンタクルスをつんつん突いて感触を確かめているくらいだし、大丈夫だろう。父さんの顔がデスラーばりに真っ青になってるけど、きっと部屋の明かりの加減だな、うんうん。
「食べ方は色々あるけど、とりあえずは一番単純なのがいいかな。焼いてみようか」
アイテムボックスからテンタクルスの切り身を取り出す。そして短冊状に切って、フライパンで中に火が通るまでしっかり焼く。
しばらくすると、とても香ばしい匂いが漂ってきた。
「あら~、この匂い、食欲をそそるわねえ! ねえねえ、もう食べていいんじゃない?」
「ちょっと待って、塩だけ振りかけるからね」
セリーヌをステイさせてから、キッチンに据え置きの小壺から塩を摘むと、テンタクルス焼きに少量を振りかける。
「なんであんた、塩をそんな高所からパラパラ振りかけてるの?」
「あ、いやえーと、なんとなく? 出来たよ。はいどうぞ」
うっかりMOCOってしまったのをごまかしつつ、フライパンを調理台の上に置いた。
みんながフライパンの上のテンタクルス焼きを一斉に指で摘む。そしてアチアチと言いながら口に運んだ。
「ん~~~~~! おいしい!」
セリーヌが頬に手を当てて満面の笑みだ。母さんも同じ顔でセリーヌとキャッキャキャッキャと感想を言い合ってる。この二人は年齢も近いようで仲がいい。
ニコラは何も言わずにモッキュモッキュと噛み続けている。だがその顔はなんとも幸せそうだ。
そして父さんは……。まだフライパンのテンタクルス焼きを掴めずに、手を伸ばしたまま青い顔で固まっていた。
しかし俺と目が合ったや否や、素早くテンタクルス焼きを掴み取り、その勢いで口に入れる……!
その瞬間、父さんの顔に衝撃が走った。
まるで憑き物が落ちたように澄んだ目をした父さんが、テンタクルス焼きをゆっくりと咀嚼し飲み込む。ゴクリという音がこちらまで聞こえてきた。
そして俺の方を見ると、少し照れたような顔をして頷いて見せた。どうやら父さんからもお墨付きを頂いたようだ。
「ねえマルク、とても美味しいのは分かったけど、お値段は幾らくらいなの? あんまり高いとウチじゃあ出せないと思うわよ」
「これね、丸ごと1匹で銀貨5枚だよ」
「はっ!?」
驚嘆の声を上げたのはセリーヌ。あんぐりと口を開けている。
「なんでそんなに安いの? 魔物は狩るのも手間がかかるし、これだけの大きさでこの味なら普通はもっと高いと思うんだけど」
「村の人はテンタクルスを狩るの大好きで獲りすぎるくらいだし、見た目が悪いから外では売れないんだってさ」
「まぁ確かに、私みたいに冒険者でもやってればこういうのは慣れるけど、慣れない人にはこの見た目はキツいかもしれないわね」
「そうねー。私はたまたま、たまたま大丈夫だったけど、生理的に無理な人もいそうね」
「ニコラはテンタクルス気持ち悪いと思う!」
三人がそれぞれ理解を示した。言葉の裏になにかしらの意図を感じるが、気のせいだろう。
その後は調理方法や売り出し方について話し合った。
とりあえずお客さんに要求でもされない限り、テンタクルスの本体は見せないことにした。先に見てしまうと敬遠する人もいそうだけど、食べて慣れてしまえば大丈夫だろう。
それとクレーム回避のために魔物肉だと告知した上で料理のメニューに出すことにした。まあ大丈夫だと思うけど念の為にね。
テンタクルスを含んだ料理の値段は少し高めに設定することした。この味と食感は多少高くても病みつきになるだろうし、売れ続ければきっとセカード村の卸値も上がると思う。
夕食では待望だったお好み焼きのイカ玉を父さんに作ってもらった。正確にはテンタクルス玉だけど。大変美味しゅうございました。
セリーヌには食堂でテンタクルス焼きを提供した。セリーヌからはエールにとても合うわと好評で、それを見た他の客からも問い合わせがあり、掴みはオッケーのようだ。
夕食後は薬草に魔力を与えてから風呂に入り、その後は疲れていたのか部屋に戻ってベッドに潜ると一瞬で眠りに落ちた。
そして翌朝ゴーシュが訪ねてくるまで、盗賊のことはすっかり頭から消えていたのだった。




