６２ 盗賊
すぐさま以前セリーヌに教えてもらった方法で周辺の索敵をする。体内から放出したマナを薄く広く伸ばす。薄く薄く広く広く――
――見つけた！
左右と背後、こちらの馬車を取り囲むように追走している存在を捉えた。
急いで馬車の小窓から覗いてみると、遠くにこちらと並走している馬とそれに乗っている人が見えた。徐々に近づいてきているようだ。
「おじさん！ 馬に乗った連中がこの馬車を囲んでる。三人組みたいだよ！」
「……了解だ！」
さっきまでの気さくおじさんが急に真剣な表情を見せると、周囲を確認するよりも先に馬の腹を蹴り、馬車のスピードを上げた。
「ちょっと、父さん！？」
いきなり激しく揺れる馬車にデリカが声を上げる。
「厄介事の臭いしかしない。とりあえず飛ばすぞ」
小窓から覗いていると、スピードを上げて動き出した馬車に慌てたように、馬が近づいてくるのが見えた。明らかにこちらを目指している。
そして何より、抜き身の剣を構えたそいつらが盗賊でないはずがなかった。
「剣を構えている。盗賊だよ！」
「チッ！」
ゴーシュの舌打ちと共に再び馬の腹を蹴るがスピードは変わらない。追いつかれるのは時間の問題に見えた。
「マルク！ 追いつかれたら俺がオトリになる。お前らは馬車を切り離して馬で逃げろ。デリカは馬が使える。子供三人ならなんとか乗れるだろ。あいつらも馬よりも先に馬車を狙うだろうよ」
「父さん！ そんなのイヤッ！」
デリカが泣き声で叫んだ。
「なぁに、角材を振り回せば盗賊なんて余裕よ。念の為だ」
馬車の隅に置いてある角材をチラリと見て、ゴーシュが笑った。
……なんとも悲壮な空気が漂うが、いや、ちょっと待って欲しい。
「おじさん、ちょっと待って。多分そういうことにはならないよ」
俺はなるべく落ち着かせるように気軽に答える。内心では若干ビビってるが顔には出さない。
盗賊、盗賊ね。見た時は動揺したが、よく考えると話が通じないまま襲ってくるゴブリンやコボルトとあまり変わらない気がする。
盗賊共の技量が気になるところだけど、ゴーシュが言ってることが正しいなら盗賊の中でもビギナーの部類だろう。
とにかく、慌てず対処すれば大丈夫だと思うのだ。
問題はどのように対処するかだ。こちらに襲いかかってくる悪党とはいえ、今の俺に人間を殺す覚悟があるかどうかは微妙なところだ。魔物相手で散々慣らしたのに不思議なものだと思う。
しかしそれと同時に、正当防衛の結果で死んでしまう分には仕方ないくらいには考えている。前世では持ち得なかったこの価値観は魔物で慣らした結果なのか、それとも異世界に馴染んできた結果なのかは分からない。だが悪くないことだと思う。
「それじゃあ、ちょっとやってみるね」
出来るだけ気軽に聞こえるように声を出した。
土魔法で地面を砂にして追走する馬を転倒させるのが一番手っ取り早いが、激しく走行する馬車の上からだと難しい。
そうなると、馬をストーンバレットで狙うのが一番確実に思えた。もしかしたら盗賊に流れ弾に当たるかもしれないし、そうでもなくとも馬が派手に転ぶのでやはり大怪我するかもしれないが、そこまでは面倒を見きれない。
馬車の小窓から外を覗いてみる。馬車が急に速度を上げて慌てたものの、馬車を繋げている馬と盗賊の馬では元から速さが違う。獲物を締め上げるようにじわじわと近づきながら追走しているようだ。距離はまだ離れているが、ここからでも盗賊の顔はよく見えた。
三十前後のヒゲ面のおっさんが、ニヤニヤと笑いながら片手で抜き身の剣をぶら下げている。自分を絶対的強者だと信じ込み、弱者をいたぶることしか頭に無い、見ていて不快な顔だ。顔を見た瞬間、多少はあった同情の気持ちは一切無くなった。
「ストーンバレット！」
名前を呼ばなくてもいいんだが、なんか出た。
縦横三列の九個の弾丸が馬に向かってまっすぐ突き進む。
ドドドドスッ！
ストーンバレットは全弾命中し、馬の胸部が爆発したように削られる。盗賊は急にバランスを崩した馬から吹き飛びそのまま落っこちると、派手な音を鳴らしながら地面を転げ回った。
盗賊の末路まで見ている暇はない。次は馬車の後ろに控える盗賊だ。
突然横の盗賊が転がり落ちたので、それに気を取られてこちらを見てすらいなかった。同じように馬にストーンバレットを撃ち込むと、盗賊は豪快に顔から地面にダイブした。
残りは一人。俺は馬車の前に乗り出し、ゴーシュの真後ろにつく。
二人の盗賊の足止めをしてる間に、最後の一人はずいぶん近づいてきたようだ。仲間の異変には気付いたようだが、まずは馬車を停めることを優先したらしい。
ゴーシュが跨っている馬と並走する形で、残り五メートルのあたりまで接近してきた。
「オラッ！ 止まれ！」
剣を振り回しつつ盗賊が叫ぶが、ゴーシュはそれを無視して馬に活を入れる。
もちろん俺も聞くつもりはない。すぐさま盗賊の馬の横っ腹にストーンバレットをブチ当てると、盗賊は一瞬ポカンとした顔をした後、他の二人と同じように地面に体を激しく打ちつけた。
馬車から流れる景色の中で、地面に伏した盗賊の姿がどんどん小さくなっていく。
ひとまず周囲を探索してみるが、他にこちらに向かってくる存在は見当たらない。どうやらこれで終わりで間違いなさそうだ。
「……はぁ～」
大きく息を吐く。とたんに自分の心臓の音がやたら大きく響いてきた。やはり緊張していたらしい。
「終わったよ」
短くそう告げるとゴーシュは額の汗を拭い
「そうか、助かった。念の為もう少しこのまま馬を走らせるからな」
そう言って、チラリとデリカの方を見た。
俺も釣られてデリカの方を見ると、馬車の座席に座りニコラと手を繋いでいたデリカは少し震えてるように見えた。盗賊と遭遇したことで怖い思いをしたんだろう。
『ニコラもありがとう、助かったよ』
『どういたしまして。それよりもデリカが少し心配ですね』
デリカはニコラの手を繋いだまま、顔を俯かせている。
まずはデリカを慰めて気分を落ち着かせたほうがよさそうだ。そう思いデリカの方に一歩近寄ると、ふいにデリカが顔を上げ、俺の方を見て胸を張った。
「さ、さすが私の子分ね！ よ、よくやったわ！」
顔は強張り声は震えていたが、それを指摘するような野暮なマネはしない。心配を掛けまいとする健気な女の子に答えよう。
「親分の顔に泥は塗れないからね」
そう笑いかけるとデリカはぎこちなく、しかし満足げに頷いた。
