57 イカたたくたたかい!
カーンカーンカーンカーン!
松明が赤々と揺らめき拍子木が鳴り響く中、男達は静かな湖面をじっと見つめる。
異様な緊張感が高まる中ようやく状況が動く。それまで静かに月明かりを映していた湖面が不自然に波打った。
「ギュピエエエエエエ!」
奇声が聞こえた瞬間、湖面からミサイルが発射されたかの様に何かが打ち出された。触手を前方に突き出しドリルのようにした回転したイカ――ではなくテンタクルスだ。
しかし松明に向かって飛び出したテンタクルスは松明に届く前に勢いを無くし地面に落下する。
テンタクルスの体長は1メートル、触手も同じくらいだろうか、合わせると2メートルほどの長さになる。地上に落ちたテンタクルスはその長い触手をビタンビタンと振り回して暴れている。
「きたぞおおおおおおお!」
男達が一斉にそれに群がる。持っていた槍で突いたり叩いたりとやりたい放題だ。
「死ねやああああああああ!」
「おらあああああああああ!」
怒声が飛び交う中、テンタクルスは群がった男達にボコボコにされた。やがて動かなくなったテンタクルスは、別の男が湖岸から離れたところに引っ張っていく。
「次が来るぞ! 備えろ!」
男達は隊列と整え、再び湖面を睨みつける。湖面が大きく揺らぎ二匹のテンタクルスが松明に向かって飛ぶ。
「ピギュウアアアアアアア!」
「二匹だ! 気を付けろよ!」
素早く二手に別れた男達が地面で暴れるテンタクルスを突く! 叩く! 突く! 突く!
テンタクルスも黙ってやられはしない。触手を振り回して攻撃する。男達は長い槍で間合いを計っている為そうそう当たりはしないが、一人の男が槍を突き出した際に触手がカウンター気味にブチ当たった。
「ぐはっ!」
「ダレンが負傷した! 下がらせろ!」
「くそっ! 次は三匹同時に来たぞ!」
拍子木の音と怒号が響く夜の湖畔で男達の戦いはなおも続いた。
「……これが魔物漁かあー」
汗まみれで槍を振るう男達の迫力に気圧されながら俺が呟く。ニコラは『私の趣味じゃないですね』と若干引き気味に伝えてきた。
「そうだよ。あいつら松明の光と音に釣られて飛びかかってくるんだ。水の中なら恐ろしいけど、陸の上じゃあんなもんだね。……とはいえ、数で押されることもあるし、個体によって強いのもあるからね。気を付けてないと大怪我することもあるんだよ」
「対処出来ないくらいに一斉に現れたらどうするの?」
「そういうときは逃げれば大丈夫。あいつらはまずは松明のところに行こうとするからね。それ以上は追ってこないし、松明を倒して火が消えたら湖に戻るんだ」
安全もそれなりに確保出来ているらしい。習性を利用した良い漁法? だと思う。
「あっ、ほら見てあそこ! 私の旦那だよ!」
サンミナが指し示す方を見ると、他の男達に比べるとひょろっとした少年が槍を手に持ちテンタクルスに一撃を入れている。正直ちょっと危なかっしい。
「あーもう、その位置取りじゃ他の人の邪魔しちゃうじゃん! ……ああっ、そろそろ下がって次に備えないと!」
サンミナの実況を聞くに、どうやら男衆の中にあってサンミナの旦那はまだまだ力不足のようだ。
ふいにニコラに袖を引かれた。
「お兄ちゃん、あっち誰も気付いてない」
指を差す方を確認すると、サンミナの旦那さんからほど近い湖面が揺らめいている。テンタクルスが飛び出す予兆に見えるが、どうやら誰も気付いていないようだ。
「それっ」
湖面を狙ってストーンバレットを三発打ち込む。三発ともに狙い通りに命中し、地上に姿を表そうとしていたテンタクルスが腹を見せながら浮かんできた。どうやら仕留められたみたいだ。
視線を感じて上を見ると、サンミナがこちらをじっと見ていた。
「ありがと! というかニコラちゃんもかわいいだけじゃないんだね!」
サンミナがしゃがみこんで二人同時にギュッと抱きしめる。ニコラの顔がだらしなくにやけている。乳の無いタイプもいけるんだね、お前。
その後もしばらく見学していると、ずっと続いていた拍子木の音が止まった。
男達は松明を全て消すと、月明かりの中で狩ったばかりのテンタクルスを仕分けしていた。大きいのは村に運んで、小さいのはツボに入れておいて処理するらしい。
これで今夜の魔物漁が終了したようだ。林の手前で立っていると男達がテンタクルスを積み込んだ荷車を引きながらやってきた。先頭を歩く上半身裸の壮年マッチョがこちらに気付いて声をかける。
「おっ、サンミナちゃんか。旦那のお迎えか? まだまだお熱いようだな!」
「残念ながら違うよ! 村に来てる子達に魔物漁を見せてあげようと思ってね!」
「おお、ゴーシュさんと一緒に来たという子達かい。魔物漁、すごかったろう?」
「うん、すごかった!」
お世辞抜きに答えた。男達とイカのぶつかり合いには今まで見たことのない迫力があった。始まる前の神秘的というか謎の雰囲気も含めて観光資源にもなりそうな気もする。後でサンミナに言ってみるか。
「フフン、そうだろう。良かったら明日テンタクルスを買って帰ってくれよな!」
そう言うと壮年マッチョは他の男達を引き連れて歩いていった。
その後も男達の行列がぞろぞろと続き、列の最後尾にはサンミナの旦那がいた。やはり遠目で見た通り他の連中よりも線が細いな。
「やっほーカイ。今日はボチボチだったね」
「サンミナ! 僕を迎えに来てくれたの!? ありがとう!」
「違うよー。この子達の見学」
「ああ……、そういえば言ってたね」
サンミナが俺とニコラの頭にポンと手を置くと、カイはガックリと肩を落とした。
「まあまあ。ちょっと危ないところがあったけど、怪我も無く終わってよかったよね! んふふ、今夜はサービスしてあげるね?」
するとカイは顔をカーッと真っ赤にして俯いた。乙女か。
旦那がサンミナにベタ惚れとか言ってたけど、実際に見るとどっちもどっちだね。そうして次第にイチャイチャしながら歩く二人を半目で見ながら、俺とニコラは二人の後に続いた。




