55 イカたべたかい?
「イカだ」
思わず呟く。これはどう見てもイカにしか見えないぞ。
「イカダ? これはテンタクルスって魔物だよ。ていうか初見で怯えないのはさすがだねー。やっぱり魔法が使える子はすごいや!」
魔法が使えるのは関係ないと思う。ちらっとニコラの方を見ると念話を送ってきた。
『たしかに魔物ですね。しかしどう見てもイカです』
つまり偶然イカに似た魔物なのか。まぁイカなら淡水には生息しないはずだしな。その辺は深く考えても仕方ない。それよりも問題はアレだよアレ。俺は少し緊張しながらサンミナに問いかけた。
「……ちなみにこれはどんな味なの?」
「んー、コリコリ? もちもち? そういう独特の歯ごたえがあるね。焼いて塩をかけて食べるんだけど、ほんとに美味しいんだよ?」
食レポを聞いてもイカにしか思えない。これは是非とも試食しなくては。
「お姉ちゃん、これってどこで食べられるのかな?」
「今日は爺ちゃんところで食べられるじゃないかな。ゴーシュさんはこの魔物肉が好きみたいだしね」
「爺ちゃん?」
「あれ? 言ってなかったっけ。私は村長の孫だよ」
「初耳だよ。それじゃあ、あの家にお姉ちゃんも住んでるの?」
「いやー、さすがに三世帯となると手狭だからね。私と旦那と子供は別に暮らしてるよ」
「えっ? お姉ちゃんって結婚してて、もう子供もいるの?!」
「うん、そうだよ。……お? ほのかに恋心でも抱いちゃってたかな? いやー、ごめんね! 人妻なんだー」
サンミナが身をよじりながらニヤニヤとしている。
「いや、言動が幼いから意外だなと思っただけで、別に」
「そ、そう。なかなかハッキリ言ってくれるね……。それにしても町じゃ晩婚化が進んでるってのは本当みたいだね。この村だと私くらいの歳で結婚して子供もいるって普通だよ? 他にやることもないしねアハハ!」
なにをやるんですかね。僕は子供だから分からないな。
そんな話をしていると後ろから怒鳴り声が聞こえた。
「こら! サンミナ! そんなところで油売ってないで仕事しな! というか今日は昼から見なかったけど、もしかしてサボってたんじゃないだろうね!」
こんがりと日焼けしたおばさんがサンミナに向かって怒鳴っている。サボりがバレたようだ。
「あっ、やば。それじゃあ案内はここまでだね。今日の夜に魔物漁をするから良かったら見にきなよ。それじゃあねー!」
サンミナは俺達に手を振りながら、おばさんの方に走っていった。
「ったく、あんたは結婚して子供が出来ても変わんないね!」
「サーセンサーセン」
そんな説教が遠くから聞こえてるのを聞きながら、湖に放置された俺とニコラはしばらく漁業の様子を眺めた。
――――――
「さて、そろそろ戻るか」
「異議なーし」
湖を堪能した後は村の方に戻ることにした。ひんやりした林の中を歩いているとニコラが口を開く。
「お兄ちゃん、あのイカの魔物、もしイカの味ならお好み焼きのイカ玉が完成しますね」
「そうだなあ。見た目のグロさも切り身にしてお好み焼きに入れてしまえば分からないだろうし、実際に食べてみて美味しければ広まると思うんだよね」
見た目で食べないというなら、豚さんだって牛さんだって生きているところを想像すると食べる気が失せると思う。結局イカの場合はインパクトが強いだけなんだろう。
「まぁ別に無理に広げる必要もないけどね。俺が食べて美味ければそれでいいよ」
「えぇ……。チェーン店を立ち上げて、大きなイカを目前に両手を広げながら『いかざんまい!』とかやってる恰幅の良くなったお兄ちゃんまで既に想像していたんですけど……」
「俺はイカを何億もかけて競り落としたりしないからな?」
そんなアホな話をしながら林を通り過ぎた。
広場に戻ってくると、別れる前と同じ場所にゴーシュとデリカはいた。見たところシーソー設置もそろそろ終わりそうだ。滑り台の方には早くも子供達が集まっている。好評のようで大変満足だ。尻が焼き切れない程度に楽しく遊んでほしいね。
「あっ、マルク、ニコラ戻ってきたのね。村はどうだった?」
「湖がすごく綺麗だった! 魔物も美味しそうだったし、いい村だね」
「魔物はともかくいい村なのは同意するわ。それじゃこっちもそろそろ終わるし、ちょっと待っててくれる? 一緒に村長さんのお家に行きましょ」
それからシーソー設置の後片付けをして、四人で村長さん宅へと歩く。広場から離れると辺り一面畑だらけだ。もう畑仕事が終わったのか、農作業中の村人はほとんどいなくなっていた。ふいにゴーシュが口を開く。
「シーソーを設置しながら滑り台を見てたけど、あっちもずいぶんな人気だったな。一度様子を見に来た村長さんも喜んでいたし、今日の晩飯は期待できそうだなヘヘヘ」
「そういえば晩ごはんに魔物肉が出るんだよね?」
「ああ、お前らも期待してたって言ったら、腕によりをかけてごちそうするって張り切ってたぞ」
「うへ、あれが食卓に並びまくるのね……」
デリカが凝りもせず嫌な顔をする。
「親分も見た目で判断せずに食べてみればいいのに」
「いやでもあの見た目でしょ……」
とはいえ無理強いすることもないか。実際に食べてみてイカの味じゃなければ、俺も特に食べたいとも思わないかもしれないし。
「お前も酒を飲むようになれば分かるかもな。アレは酒に合うんだよなー! よーし今日はごちそうになるぞ!」
酒に合うとか、もうイカにしか思えない。
「美味しかったらお小遣いで買って帰ろうかなー」
「おおっ、それなら俺の分も頼む! アイテムボックスがあれば町に持って帰ってからウチの魔道具で保存できるしな!」
ゴーシュがウキウキと荷車を押しながら続ける。
「ファティアの町でも売ればいいのに、全然売れないもんだから魔道具で冷やして町まで売りに行っても邪魔にしかならないんだそうだ。他の魚と一緒に魔物肉を保管すると嫌がられるらしいし、ほんと罪な肉だぜ」
出回らないのはそういう理由だったのか。それじゃあ売れるようになれば町でも買えるようになるかもなあ。
とはいえ実食するまでは色々考えても仕方ない。俺は期待に胸を膨らませつつ、夕暮れの迫る村のあぜ道を歩いた。




