52 昼食タイム
しばらくしてゴーシュとデリカの言い合いも終わり、馬車の中は静寂に包まれた。デリカもしゃべり疲れたのか、口をへの字にしながらぼんやりと外を眺めている。
パカパカ、ゴトゴトと蹄と車輪の音だけが響く。その規則的なリズムはまるで子守唄のようだ。
パカパカゴトゴトパカパカゴトゴト……やばい、眠くなってきた。
寝てしまえばいいじゃないと思わなくもないが、前世での「車の助手席で寝るのはマナー違反かどうか?」なんて話がなんだか引っかかって眠るに眠れない。
パカパカゴトゴトパカパカゴトゴト
パカパカゴトゴトパカパカゴトゴト……きゅるるううぅぅ~
「……んん?」
変な音に思わず眠気から覚めた。というかこれは腹の音だな。
ゴーシュがこちらを振り返りニヤニヤし、デリカがキョロキョロと辺りを見渡している。俺じゃない。
そんな中、ニコラがスッと真っ直ぐに手を挙げた。今の音は私です、ということだろうか。
しかしその平然とした顔には、お腹の音が鳴って恥ずかしいなんて気持ちは微塵も伺えず、むしろその曇りなき眼は「私のお腹を鳴らしてしまったあなた方が悪いのでは? ご飯はまだですか?」と雄弁に語っているよう見えた。
「お、おう……。そういや朝も早かったし、そろそろ昼メシでも食べるか」
その態度にからかう気も失せたゴーシュの一声で、馬車を止めての昼食タイムとなった。
馬車から地面に降り立つ。大変見晴らしの良い草原だ。ずっと馬車の中に籠もっていたからか、肌に直接当たる風が心地よい。
「お前のところで昼メシを用意してくれるって言うんで何も持ってこなかったが、本当に大丈夫か?」
「うん、平気だよ。まずはテーブルと椅子を作るね」
土魔法で手早く丸テーブルを一台と椅子を四脚を作り、馬用の水飲み桶に水魔法で水も入れた。
そしてテーブルの上に土魔法で作っておいた大鍋と四角い箱を取り出す。中には前日に用意してもらった昼食が入っている。アイテムボックス内は時間経過が無い様なのでアツアツだ。その上これらの容器は石っぽい見た目はともかく、使った後は洗わずとも土に戻せばいいだけなのでラクチンなのだ。
取り出した料理を土魔法製の皿に盛り付ける。メニューはスープに白パン、キャベツとトマトのサラダ、そしてメインディッシュはハンバーグだ。
本来なら旅の道中で食べるようなものじゃないとは思うけど、父さんが奮発して作ってくれた。せっかくアイテムボックスがあるのに携帯食を食べるのも味気ないし、俺としても大歓迎だ。
あまりアイテムボックスを見る機会のないゴーシュは目を丸くして驚いている。デリカはなぜかドヤ顔、ニコラは既にナイフとフォークを手に持ち臨戦態勢だ。
「クッションの時も思ったが、アイテムボックスってのは本当に便利だな……。デリカの婿になる件、前向きに検討しておいてくれよ」
ゴーシュが懲りずに言い放ち、デリカがキッとにらんでいるのを横目に土魔法製コップに水を注ぐ。
「準備完了だよ。それじゃあ食べようね」
「そうだな!」
フォークとナイフを掴んだゴーシュの声を合図に、全員が一斉に食べ始めた。
「うまい!」
ハンバーグをひとかじりしたゴーシュが感嘆の声を上げ、言葉を続ける。
「お前らの母さんは美人だし料理もうまくていいなあ! ウチとは大違いだよ! まったく旦那さんがうらやましいぜ」
作ったのは父さんだし母さんのメシはアレだが、美しい幻想はそのままの形で残してあげたいと思う。
「そんなこと母さんが聞いたら一晩ご飯抜きよ!」
「お前がバラさなきゃ大丈夫だよ!」
ゴーシュの軽口にデリカが反応する。本当にこの親子は仲がいいね。その後もワイワイガヤガヤと食事の時間が過ぎていき、用意した食事は残すことなく完食となった。ニコラは一言も発しないまま俺の1.5倍は食べてたよ。
食べた後は食器を全て土に戻してその場で均した。皿に残った汁なんかはそのままだが、きっとそのうち大自然が分解してくれることだろう。
その後、食べてすぐ馬車に乗るのも体に悪いだろうと、少し休憩することになった。
「あんまり遠くに行くなよー」
そう言うとゴーシュは草原でゴロンと横になり仮眠を始める。俺達子供三人はゴーシュを起こさないように少し離れた場所まで移動することにした。
「ニコラは一緒に昼寝したほうが良かったんじゃないの?」
「んーん。眠くないよ!」
『おっさんと添い寝はちょっと……』
二元放送が聞こえてきた。
しばらく草原を散歩してみる。この辺りに魔物はいなさそうだが、仮眠中のゴーシュを完全に放っておくのもマズいだろう。ゴーシュが見える範囲でぐるっと周囲をまわってみた。
しかし散歩したところで遠くに山が見える以外はなにもなかった。これだけ見晴らしがいいと、歩いたところで新たな発見なんて無いかも知れないな。
そう思うとなんだか歩くのも面倒になってきたので、歩くのを止め地面に座り込んだ。デリカは怪訝な表情をしつつもそれに傚う。ニコラはようやく座れると思ったのか、軽く息をついているのが見えた。
しばらく何もない景色を眺めつつ温かい日差しを浴びていると、ふいに睡魔が訪れた。それに抵抗することなく寝っ転がる。
「ちょっと横になるね」
「じゃあニコラも寝る~」
右隣にニコラが寝そべり
「仕方ないわね。私も一人だとヒマだし!」
と若干顔を赤くしたデリカが左隣で横たわった。
恥ずかしいならゴーシュのところで寝ればいいのに、そう思いながら意識を睡魔に委ねた。
――――――
「おーい、両手に花の色男。そろそろ起きな」
「ん……?」
耳元で聞こえた呆れ声に瞼を開くと、目の前に彫りの深いマッチョガイのドアップが映り込んだ。
「うわっ! ……ってゴーシュおじさんかあ。ビックリした」
俺の枕元にしゃがみこんだゴーシュだった。ゴーシュは笑いながら
「ハハハ! 人の顔を見て驚くこたないだろ。それじゃあそろそろ行くぞー」
ゴーシュの言葉に草原から立ち上がると、その騒ぎに両隣の二人も目を覚ましたようだ。のろのろと起き出して、ゴーシュの後ろについていく。
景色を見てもそれほど時間が経ってはいないように思えるが、頭は随分スッキリとしている。寝覚めは酷かったけど、やっぱり昼寝って大事だね。
そして俺達は馬車に乗り込み、ゴーシュが馬に跨る。
「それじゃあ出発するぞー」
ゴーシュの掛け声で馬車は再び村に向けて進み始めた。




