49 オヤブーン
今日は教会学校に行く日だ。ニコラと一緒にまずはゴーシュ工務店にデリカ姉弟を迎えに行く。
「おーやぶーん! 教会学校に行ーきまーしょーうー」
店の玄関でニコラと揃えて声を上げると、店の中から赤毛のポニーテールを揺らしながらデリカが出てきた。
最近は身長もスラッと伸びて、少しだけ大人っぽくなった。とはいえ胸の方はペタンとしたままだけど。
「おはよ。マルク、ニコラ」
「おはよー親・分☆」
俺とニコラが元気に挨拶をする。デリカはやはり親分呼びに抵抗が出始めているようで、若干困ったような顔を浮かべているフヒヒ。
「やあ、おはよう」
少しすると弟のユーリも出てきた。デリカが外へ連れ出していた効果があったのか、以前に比べると元気になったと思う。
そしてユーリとも挨拶を交わした後、いきなり聞いてみた。
「親分って最近は冒険者になりたいとか言わないね。どうして?」
「ちょっとマルク! ……行くわよ」
そう言うとデリカは急いで俺の手を引いて家から離れさせ、教会に向かって歩きながら理由を話した。
「十歳になってしばらくして冒険者ギルドに登録したのよ。それでその事を家で報告するとね、母さんに『十分町で暮らしていけるんだから命を粗末にするもんじゃない』ってかなり本気で怒られちゃってね」
「あれ? でも普段から言ってたよね」
「子供の頃はよくある話と思って本気に取ってなかったんだって。父さんは別に冒険者でも構わないと思っていたらしいけど」
「僕は母さんがあんなに怒ったのを初めて見たよ」
ユーリが肩を竦めて呟いた。
「それからしばらく揉めてたんだけど、衛兵なら構わないって話でなんとか落ち着いてね。だから十五歳になったら衛兵の試験を受けるつもりよ」
まあ大切な一人娘が冒険者になるってやっぱり大事なんだな。誰でもホイホイと冒険者になるというわけではないらしい。そう考えたのが顔に出たのかデリカが続ける。
「冒険者になるのを反対されて家出なんて話はよく聞くけどね。私だって母さんを泣かすつもりはないから、衛兵だけでも許してくれて良かったと思うわ」
「でも衛兵は町の衛兵採用試験で合格しないと仕事に就くことが出来ないって、門番のブライアンさんに聞いたことがあるよ。試験に備えて何かしてるの?」
「それなのよねー。筆記試験と実技試験があるみたいなのよ。勉強のほうは教会にも資料があるからいいんだけど、実技の方はさすがにギルおじさんに教えて貰うだけじゃ物足りなくなってきているから、どこかの道場にでも習いに行きたいんだけど、月謝がね~」
デリカがため息をつく。これは渡りに船かもしれない。
「それならウチの宿屋で働いてみない? お手伝いさんを募集しているんだ」
「え? 本当? 是非お願いするわ!」
デリカがすごい食いつきで即答する。しかしその後、思い出したかのように顔をハッと上げる。
「あっ、でもウチの店の手伝いもあるし、日数や時間帯は融通してもらえるの?」
「多分大丈夫だと思うよ。その辺はまた今度ウチで母さんと相談してみてね」
「そっか、それじゃ決まったらよろしくね」
悩みが一つ解決したデリカがスッキリした顔で答える。するとニコラがデリカの腰に巻き付いた。
「やったあ! 一緒にお手伝いしようね!」
ニコラが腰に巻き付いたままグルグルと回り喜びを表現した。『これでサボれる時間が増えますよお!』と脳内で聞こえた気がする。
それはともかく働き手の件はあっさりと片が付きそうだ。俺が任務遂行にホッとしていると、デリカが手をパンと打つ。
「そうだわ。店の手伝いと言えば、今度ウチの父さんが近くの村の広場にシーソーを設置しに行くのよ。片道で一日かかるから村で一泊するんだけど、良かったら一緒にいかない? もちろんニコラもね。母さんとユーリが店番で父さんと二人だけだとヒマそうだから、話し相手が欲しいのよ。もちろん父さんには話は通してあるわよ」
「へえー村かあ。一度行ってみたいけど……。道中の護衛は雇っているの?」
「もう何度か行ったことあるけど、平原を馬車で行くだけだし魔物とか滅多に見たことないわよ。たまに見かけても父さんが角材を一振りして蹴散らしてるし」
デリカの父さんはムキムキのマッチョである。
「そっか、それじゃあ行けたらいくよ」
「なんだか行かないみたいな返し方ね」
デリカが口をヘの字に曲げる。
「ああ、いや、ウチの母さんが反対する可能性もあるからね」
そう言うとデリカも納得し、詳しい説明を始めた。出発は三日後らしい。村でシーソーの設置を行い一泊。特に準備するものはないとのこと。
そっけない答え方になってしまったが、町の外にいける機会は八歳の俺にはあまりない。こういう機会に色々と見て回りたいもんだ。
教会に到着した。デリカ姉弟と別れて裏庭に行く。週に一回教会学校のある日にセジリア草を定期的に届けてるのだ。
ポーションはF級の方が負担が少ないらしいので作っていないようだが、軟膏にするだけなら子供達でも出来る。孤児院の運営が助かると大変好評だ。
リーナは裏庭で花壇の世話をしていた。最近はここでセジリア草を受け渡すのが慣例になっている。秘密の逢瀬みたいでちょっとドキドキするね。横にニコラもいるけど。
リーナにセジリア草を手渡すと、リーナが微笑みながらそれを受け取る。
「マルクさん、いつもありがとうございます」
「教会ではお勉強を教えてもらってるし、ラングにもお世話になってるから気にしないでください」
リーナは笑みを深め、両手を組み合わせ祈りを捧げる。
「あなたに神のご加護があらんことを」
ああ、癒やされるなあ。神様のご加護はもう貰ってるけど。
薬草を保管しに行くリーナと別れて先に教室に入る。デリカの姿が見えないが、先程の話からすると書庫に参考書でも取りに行ったのかもしれない。
「あっ! マルク兄ちゃんとニコラ姉ちゃんだ!」
何人かの子供が俺達の周囲にやってきた。俺の後から入学してきた六歳と七歳のクラスメートだ。いつぞや軟膏の実験台になってくれたリッキーもいる。
「みんなおはよー」
俺とニコラが挨拶を返すと、子供達は挨拶なんてどうでもいいとばかりに間髪入れずに口を開く。
「ねえねえ、今日はアレ持ってきてる!?」
「アレ? ……ああ、あるよ」
俺が懐(と見せかけたアイテムボックス)からビー玉状の玉をいくつか取り出す。周囲がわあっと湧いた。
「遊んだ後はしっかり片付けてね。誰かが踏んづけて転んで怪我でもしたらもうあげないよ?」
「うん、分かってる!」
そう言いながら手渡すと、子供達はそれをぐっと握りしめ机の方に走っていった。これから机の上で転がして遊ぶのだろう。
ちなみにビー玉と言っても原材料はビードロではなく石なので、正確には石玉? ということになる。しかし丸さにかけては本家に負けずとも劣らないと自負している。
どうして石玉を子供達にあげることになったのか。話は一ヶ月ほど前に遡る。
その日は土魔法のコントロールを磨くために授業の合間に石玉を作って練習していた。球体を綺麗に作るというのはなかなか難しく、練習のやりがいがあった。
するとその石玉を興味深げに見ていた子供達がいたので、作っても特に使い道の無い石玉をいくつかあげたところ、それを使って色んなビー玉遊びをするのが子供達の間で流行ったのだ。
今は机の上で石玉を転がして弾き落とす遊びが流行っているらしい。俺も小学生の頃は机をバトルフィールドにして消しゴムとか定規を弾いて色々と遊んだもんだったなあ。
そんなふうに暖かい目で子供達を見ていると
『齢八歳にしておっさんくさい顔つきをしてますね』
とニコラから念話が届く。自分でもそう思ったよ!
俺も前世で八歳の頃ならみんなに混じってビー玉遊びしてたんだろうけど、さすがに中身が大人だと楽しめないので少しうらやましくもある。
この世界に転生してから趣味らしい趣味といえば魔力を鍛えることくらいだし、もう少し人生に彩りっていうんですかね、楽しみを見出したほうがいい気がしてきた。
そう考えるとデリカ家の仕事に付いて行くというのは、今の俺でも楽しめる丁度いい観光になりそうな気がする。
これは是が非でも母さんに外泊の許可を貰わなければ。そんなことを考えながら椅子に座り授業が始まるのを待った。




