387 アットホームな職場です
ネイが実家に帰るということは、ウチの宿のバイトリーダーが退職するということだ。さっそくその日のうちに旅路のやすらぎ亭の人事が動き始めた。
母さんは新しいバイト(近所のおばさん)を二人雇うことを決め、さらに求人募集と書いた板を宿の入り口に掛けたりと、積極的に人材の確保に乗り出したのだ。
たしかにバイトリーダーネイは働き者で、その穴を埋める必要はあったのだけれど、まさか二人以上の求人をするとは思っていなかった。
まあ人が増えればその分仕事量も減るわけで、ニコラはすごく喜んでたけどね。
そして求人募集を始めた翌日には、なんとパメラがウチに面接にやってきた。どうやら近所に住んでいるらしい従業員のお姉さんから、ウチのバイト募集を聞いたらしい。
「――まさかパメラが来るとは思わなかったよ」
面接用の控室の椅子にちょこんと座るパメラに、俺はお茶を出しながら話しかけた。
パメラはファティアの町でも指折りに繁盛している酒場アイリスの娘だ。お金に困ることはないと思うんだけどね。
「お母さんがアイリス以外で働くことも、きっとためになるからって……」
あーそうだよな。世の中お金のためだけで働くとは限らないことをすっかり失念していた。働けば身になることはいくらでもあるし、母親のカミラなら言いそうなことでもある。
「そ、それに……」
顔を伏せたまま、ちらっと上目遣いに俺を見るパメラ。
「どうしたの?」
「な、なんでもない……」
パメラはコップを手に取るとゴクンとお茶を飲み干した。さすがに友達の親とはいえ、面接になると緊張するんだろう。
そんな微笑ましい姿を眺めて一人で頷いていると、母さんがやってきた。
そしてバイト面接が始まったわけだが、パメラはあっさり合格した。というか母さんがパメラの顔を見た瞬間に合格だったよ。
こうしてパメラもバイトの一員となった。就業時間は主にお昼の一番忙しい時間帯。なかなかのハードモードである。
パメラはこの後に用事はないということで、さっそく我らがバイトリーダーのネイに仕事を教えてもらうことになった。
俺は今、その様子を厨房の入り口から見学している。ネイはまずテーブルの拭き方から教えているようだ。
パメラはアイリス仕込みの綺麗な所作でテーブルをしずしずと拭いていく。それを見てネイが苦笑いを浮かべた。
「お、おう……。なーパメラ、お行儀よくするのもいいけどさ、ここじゃあもっとパッパッと動いたほうがいいかもしれないぞ! ほら、こんな感じで!」
ネイが小さい体を大きく動かし、パメラの半分以下の時間であっという間にテーブルを拭き終わった。それを見たパメラも見よう見まねで力強くテーブルを拭いてみせる。
「こっ、こう、かな……?」
「そうそう、その調子。あっ、お客さんがきたぞ。らっしゃいませー!」
「いっ、いらっしゃいませっ……!」
「まあまあだ! 次はもう少し声を出してみような!」
「ひゃ、ひゃい……」
恥ずかしそうにパメラが顔を赤らめるが、とりあえずウチでもやっていけそうでひと安心だよ。
俺は見学を打ち切ると、同じように二人の様子を眺めていた母さんに昨日から疑問に思ってることを尋ねた。
「ねえ、母さん。これで三人も雇ったことになるけど、ちょっと雇いすぎじゃない?」
ネイの仕事量はたしかにすごい。しかしおばさん二人を雇ってさらにもうパメラとなると、さすがに雇いすぎじゃないかと思わなくもない。
すると母さんはにっこり笑って答えた。
「もうすぐしたらデリカちゃんもきっと衛兵さんになるし、すぐに人手が足りなくなるわよ。それに今すぐ募集しないと、マルクとニコラがネイちゃんを送っていけなくなるでしょ?」
「えっ? 見送るってこと? もちろん送別会は開こうかなって思ってるけど」
「そうじゃないわよ~。マルクとニコラは、ネイちゃんをお家まで送ってあげるのよ」
「えっ?」
そんなの初耳である。そもそも予定ではネイはサドラ鉱山集落の行商人のビヤンが今度こちらにやってきたときに、その帰路に同行することになっているのだ。
もちろんビヤン本人はまだ知らないことではあるが、人のいいビヤンは断らないだろうと思う。
母さんはしゃがみこんで俺に視線を合わせると、さらに説明を続ける。
「だって考えても見なさい? すごく高い値段がついてるなんとかの骨? を持って帰るんでしょう? ネイちゃんはきっと不安でいっぱいになるわ~。そんな大事なものをあげたのはマルクなんですもの。ネイちゃんを一人で行かせるような無責任なことしないわよね?」
光魔骨は金貨五百枚の価値だ。これは普通の暮らしをすれば働かずとも数年は食っていける額になる。
母さんに言われるまで思いもしなかったが、ネイは意外と怖がりなところがあるし、たしかにそれを持ち運ぶというのは、ネイにとってかなりのプレッシャーになることかもしれない。
「でもビヤンさんだって、行商には護衛を付けてるよ? それなら大丈夫じゃないかな?」
「ビヤンさんがこの町に来るのは、まだだいぶ先でしょう? マルクはなるべく早くネイちゃんとお父さんを会わせてあげたいって思わない?」
母さんも爺ちゃんとは長い間の冷却期間があったからな……。ことさら親子の仲には敏感なのかもしれない。まあ母さんは恐ろしいほど勘が鋭いので、チラチラとここの様子を窺っていた爺ちゃんに気づいていたかもしれないけど。
しかしビヤンを待たずとも、俺がお金を払って護衛を付けてネイを帰してもいいのでは? いや、そんなのネイが承諾するわけがない。それなら俺が一緒に行くのが一番いいのか?
九歳児が護衛っておかしくね? というのは最早いまさらすぎるので考えるのは止めておこう。
そんな風にいろいろと思案していると、俺たちと同じようにバイトリーダーとパメラを眺めていたニコラが、ちらっとこっちを向いて念話を飛ばしてきた。
『お兄ちゃん、悩む必要はないでしょう。ここはネイの護衛に行くべきですよ』
『ええ……。でも母さんの予定じゃお前だって俺とセットだぞ? お前はそれでもいいの?』
ニコラはサドラ鉱山で転移して以来、結構なホームシックだったからな。戻ってきた今でもたまに母さんにべったりくっついてるのを見かける。
『ママ成分はかなりチャージしましたからね。しばらくは保ちますよ。それにネイがいなくなってからしばらくの間が、新人バイトの方々の熟練が足りてなくて、一番お手伝いがしんどい時でしょう? そのときに働かされるのってめっちゃキツいじゃないですか。護衛に行ったほうがきっとラクチンですって』
自信ありげにニヤリと口の端を吊り上げるニコラ。たしかに普段よりはしんどいかもしれないけれど、そこまでして働きたくないのかコイツは。
うーん、なんだか退路を塞がれた感じではあるけど……。まあ俺だって、この町でネイと別れてハイサヨナラよりは、家に送ってやりたい気持ちはあるんだよな。
そう考えると、護衛を渋る必要はなにもない気がしてきた。そもそも俺の方から申し出たってよかったくらいだ。
ニコラよりも俺のほうが、久々に実家に戻ってきたことで足取りが重くなっていたのかもしれない。
とはいえ、子供だけだとやっぱり不安だ。そうなるとやはり保護者が必要になるわけで――
◇◇◇
「そうねえ、私は別にいいわ――えっと、いや、うん……。あー、これはマルクたちだけで行ってきたほうがいいかもね~?」
OKを出しそうになっていたセリーヌが、何やら俺の背後を見て、突然発言をひるがえした。
後ろを振り向くと、そこには母さんがにっこりと笑って立っている。どうやら母さんは今回は保護者抜きを想定しているようだ。
母さんが俺に無茶振りするのはいつものことだが、今回はさらに難易度を上げたいらしい。
そういうことで、今回は子供だけで行くことになった。ただし例外といえばディアドラだ。まあ見た目は俺よりも歳上とはいえ子供みたいなもんだけど。
ディアドラは俺から魔力を吸い取っているせいか、あまり俺から離れたくはないらしい。こちらに関しては母さんから許可が出た。
こうして俺たちがネイに同行することが決まり、それからさらに数日が経った。
今日はついに出発の日だ。俺たちはセリーヌが借りてきてくれた馬車に乗り込み、俺はその御者台に座る。
今回は俺が御者をすることになった。セリーヌに教えてもらっていたからなんとかなりそう。俺が手綱を操るとゆっくりと馬車が動き始め、旅路のやすらぎ亭から離れていく。
「女将さーん! 大旦那さーん! 今日までありがとうー! デリカー! 試験がんばれよ! パメラ! あたしの分も宿のこと任せたぞ!」
後ろに向かって手を振るネイ。俺も振り返ってみると、見送りにきてくれていた父さんや母さん、デリカやパメラがネイに手を振り返していた。セリーヌだけはなんだかそわそわとした様子で俺の方を見ている気がする。
その様子に少し吹き出しそうになり、吹き出す前に俺は前に向き直った。馬車はそのまま南門に向かって進んでいく。こうしてネイの里帰りの護衛旅が始まったのである。
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