381 久しぶりの冒険者ギルド
ウェイケルの先導で森の中を進む。たまに迂回したり、そうかと思えばまっすぐ進んだりと釈然としないルートだったが、不思議とコボルトにもゴブリンにも遭遇することはなかった。
空間感知をしているような気配もないし、そもそも魔法が使えるようには見えないんだけど、魔物の位置を把握しているように思える。いったいどうやってるんだろう。少し気になったので聞いてみたところ――
「えっ、索敵っすか? なんかノリ? みたいなモンでなんとなくわかるっす」
とのことだった。気配を感じているのか、それとも天性の勘なのか。正直俺にはわかりかねる感覚だった。
そういえばエステルなんかも気配を探ったり断ったりしてたし、この世の中、魔法だけがすべてじゃあないんだなあと改めて思った。
ちなみにその後、一度だけ見事にゴブリンを見逃していたので、それは俺が石弾で狙撃することになったんだけどね。
◇◇◇
こうして俺たちは無事にファティアの町に到着した。
先にルアードを北地区の実家に返し(すっごい豪邸だった)、冒険者ギルドの近くをうろついてるところを見られると母親がうるさいからと言うデリカとも別れ、ウェイケル、俺、ニコラ、ディアドラの四人で冒険者ギルドへと向かった。
ウェイケルを先頭に冒険者ギルドの建物へと入る。夕方前の時間帯ということもあり、そろそろ仕事を終えてここで一服するような冒険者たちが集まりつつある、そんな様子だった。
「ちっす。今日はリザサンいる~?」
慣れた足取りでカウンターへと進むと、そこにいた受付嬢にウェイケルが尋ねた。だが受付嬢はウェイケルをじろりとにらみ唇を尖らせる。
「なによウェイケルさん。私じゃ不服だっていうの?」
「あっ、いや、キャミィちゃん、それは違うって! ほら、こちらの坊ちゃん、リザサンのお知り合いだからさ! 他意はないってマジで!」
ウェイケルは慌てて俺の肩を掴むと前へと押し出した。俺がどうせなら知り合いのリザに事情を説明したいとウェイケルに言ったばかりに、かわいそうなことになってしまった。後で謝っておこう。
「ん? ああ、この子はリザが通いつめてる宿屋の……。」
キャミィと呼ばれた受付嬢は俺をまじまじと見つめて呟いた。どうやら俺を知っているらしい。
言われてみると、たしかに俺も彼女を見たことがあった。何度かリザがこの人を連れてウチの食堂に来ていたと思う。
キャミィは納得したように頷くと、カウンター席から立ちあがった。
「まあそういうことなら、許したげるわ。リザは奥で書類仕事してるんだけど呼んでくるわね」
キャミィが立ち去りしばらくすると、つやつやの黒髪をなびかせながらリザがカウンターにやってきた。
「マルク君ニコラちゃん、こんにちは。……そういえば今日はお昼に食堂には顔を出してなかったわね」
「こんにちは。今日はちょっと出かけてたんだ」
「こんにちは! リザお姉ちゃん!」
カウンターが無ければリザに抱きつきにいきそうな勢いでニコラが挨拶をする。
「ふふ、はいこんにちは。……それとそっちの子は、はじめまして……よね?」
にっこりと笑顔を返し、それからディアドラを見るリザ。そういえばリザにはまだディアドラを紹介していなかったな。
ディアドラは厨房で食事をすることもあるけれど、基本的には精霊の宿木に住んでいるので、あまり顔は知られていない。俺はディアドラの腕をちょんとつついた。
「ほら、ディアドラ。自己紹介だよ」
「ディアドラ……。マルクのお友達、なの」
するとリザがなぜかニンマリとした顔を浮かべて俺を見つめた。
「あら、またマルク君に女の子のお友達が増えたの?」
「別に僕は性別でより好みしてないよ。たまたまそうなってるだけで」
ニコラから『私は大歓迎ですから、この調子で頼みます』と念話が届くがスルーだ。リザもからかっただけなのだろう、くすくすと笑いながら、再びディアドラに視線を戻した。
「それで、ディアドラ……ちゃんって呼んでいいのかしら。私より歳下……よね?」
リザが首を傾げながらディアドラに尋ねる。そういえば見た目は十八歳かそこらのディアドラだが、実年齢はいくつなんだろうな。
何百歳というレベルなのか、それとも逆に俺より歳下のような気もしないでもない。まあ精霊と人の年齢を比べること自体、不毛な気もするので深くは追求しないけど。
ディアドラも特に問題はないのか、こくりと首を縦に振った。
「いい、よ……」
「よろしくね、ディアドラちゃん。私はリザ。冒険者ギルドで受付嬢をしてるわ」
「よろしく……なの」
こうして自己紹介が終わったところで、俺の前にウェイケルがヌッと顔を出す。
「ちっす、リザサン。ちょっと報告したいことがあるんすけど」
「あらっ? ウェイケルさんもいたんですね。マルク君、ニコラちゃん、ディアドラちゃん? あんまり悪い大人と付き合っちゃダメよ?」
「はーい!」
「わかったの……」
素直に返事をするニコラとディアドラ。さすがに不憫である。
「おいおいおーい! それはひでーってマジ! 俺はそりゃあもう心を入れ替えてがんばってるんすから! もうリザサンを困らせたりしませんって!」
そういやルドラ鉱山集落での依頼のときは、ウェイケルのパーティがリザにかなりゴネて依頼を受けたんだっけかな。そんな話もずいぶん昔のことにように感じる。
「はいはい、わかってます。ちょっとした冗談です。……それで報告ってなんですか?」
「実はっすね。西の――コボルトの森。あそこで巣を発見したんすよ」
「コボルトの巣ですか? たしかに以前のウェイケルさんなら報告はせずにパーティメンバーと巣を潰しにかかりそうですよね。ご報告ありがとうございます」
微笑んでぺこりとお辞儀をするリザに、ウェイケルがドヤ顔を浮かべる。
「でしょー? 俺も変わったんだってマジで」
「それでは、ウェイケルさんにはご足労をかけますが、明日にでも偵察隊と一緒に立ち会っていただいて場所を確認した後、討伐隊の編成についてギルド長と相談――」
「あ、いやいや、ちょっと待ってくれっす。話には続きがあるんすよ。それでっすね、巣の中に特殊個体がいて――」
「えっ、特殊個体!?」
リザが声を上げると、周りで耳をそばだてていた冒険者たちもざわつきはじめる。
「特殊個体だと」「あの森で特殊個体の報告なんて聞いたことねえぞ」「お調子モンのウェイケルのホラじゃねえか」「ありうるな、だがもし本当なら……」
「いやいや、ちょっと。最後まで話きいてくれって、マジ。それで、特殊個体はこちらのマルク坊ちゃんがもう倒したんす。今回はその事後報告だから!」
周囲を見渡しながらウェイケルが声を上げると――どっと笑いが起こった。
「はは、ホラ話確定じゃねえか」「あの子はたしかセリーヌのところの」「なんだ、ウェイケルのやつ今度はセリーヌに熱をあげてるのか? それは止めといたほうが……」「そもそもあんな子供をホラに付き合わせて何がしたいんだ? アイツ」
「ちょっ、ちょっとウェイケルさん。それ以上はちょっと」
俺はウェイケルの袖を引いて小声で伝える。
「えっ? なんすかマルク坊ちゃん」
きょとんと不思議そうな顔を浮かべるウェイケル。そういやここには個人情報なんてのものは基本的にはなかったのだった。しかしこれ以上注目は浴びたくない。最近はただでさえ変態領主に目をつけられてるのだ。
俺はわいわい騒ぎ出した冒険者を呆れたような目で見ているリザを手で招く。そしてカウンター越しにこちらに顔を寄せてくれたリザの耳元で囁いた。
「リザお姉さん、できれば人が少なくて広いところでお話できないかな……?」
「んー……マルク君だもんね。ってことは本当に……。わかったわ。それなら魔物の解体場がいま一段落していたはずだからそっちいく?」
「うん、それじゃあそこで」
魔物の解体場。冒険者が魔物の解体を依頼し、その解体を行う場所だ。冒険者ギルドに併設しているのだが、俺はまだ中を見たことがなかった。
ちょっと見学してみたい気持ちもあるし、アレを外に出すならちょうどいい場所かもしれない。




