38 森の中へ
俺が走り寄るとラックは腰に手を当て、何かを言いたげな顔をしたが
「……自分の身は自分で守れよ」
その言葉だけを言い放つと、森に向かって歩み始めた。
ラックにとっての早歩きは六歳児にはキツいところだが、速度を落としてくれとは言える状況じゃない。必死に追いかける。
しばらくして森へと入った。まだ日中なので草原は眩しいくらいに明るかったが、森の中は木々に生い茂った葉が日差しを遮り幾分暗く感じる。
ここからは慎重に進むことになる。ゴブリンの存在もそうだが、もしかしたらジャックも近くまで来ているかもしれないので、捜索しながらの移動になるからだ。
気を引き締めたところで何だかムワっとした熱量を感じてふと後ろを見ると、汗にまみれて肩で息をしているニコラがいた。俺より外に出ないからな、コイツ。
アイテムボックスからタオルを取り出しニコラに手渡す。ニコラが無言でタオルを受け取ると汗を拭い始めた。
「アイテムボックス持ちかよ……」
振り向けばラックは口を半開きにしながらこちらを眺めていた。そして我に返ったように口を引き締め、「そろそろ行くぞ」と獣道を進み始めた。
「ま、待ってください」
少し進んだところでニコラが声を出す。まだタオルを手にしてフーフーと息をしている。
ラックは振り返り、ニコラに諭すように語りかけた。
「休憩するよりも、今なら二人で森の入り口に引き返して待っていた方がいいぞ? 戻ってきた時にちゃんと回収してやるからな」
ニコラは何も答えずラックの十数メートル背後の右側の茂みを指さす。
俺とラックが指の先にある茂みをよく見ると、そこにはゴブリンがいた。このまま進めば鉢合わせしただろう位置だ。
「ゴブリンが潜んでやがったのか」
ラックが剣を片手に臨戦体制に入ろうとする。
「いいよ。僕がやる」
俺は石の弾丸を縦横三列の九個作り出し、ゴブリンに向けて撃ち放つ。
貫通してしまうため当たりどころによっては一発では即死はしないだろうが、九個のうちいくつかがまともに当たればさすがに死ぬだろう。自分の身の安全もかかっているので確実に仕留めたい。
弾丸は狙い通りに九個全て命中した。こっそりと空き地の隅で練習していた成果は出ているようだ。
さすがに全弾当たると威力も相当なんだろう。ドンッと衝撃音の後にゴブリンは右胸から下腹部を吹き飛ばしてゴロゴロと派手に転がり、やがて動きを止めた。
ラックは俺とゴブリンの死体を交互に見て、それから呆然としながら口を開く。
「お、おう。すごいな。ジャックにはお前を怒らせないように言っとくわ……」
セリーヌの時といい、俺がジャックにぶちかます前提になってるのが解せない。
しばらく進むとまたニコラが呼び止める。指が指し示す方向には弓持ちのゴブリンがいた。
同じくストーンバレットを撃ち放ちゴブリンを仕留める。弓を回収するのが流儀だと聞いているが、今回は時間短縮のために放置することにした。
その後もニコラがゴブリンを見つけ、俺が全てを撃ち殺しながら進んだ。全てが感知外からの発見と狙撃だったので、ずいぶん楽に進めたと思う。
きっと役に立ってくれると思って連れてきたけど、ニコラはこんなことが出来たんだな。どうやっているのか分からないけど。
そしてまたニコラが前方を指し示した。
「あそこにゴブリンの死体があります」
指し示すほうに歩いて行くと、確かにゴブリンの死体が見えた。俺達はコクリと頷き合い死体に近づく。
ゴブリンは腹を裂かれ右耳を切られていた。それほど土で汚れてはいないので、死んでからそれほど経ってないと思われるが、顔には白っぽい粉がたくさん付着していて、まるで飴食い競争で粉の中に顔を突っ込んだみたいになっている。なんだこれ?
「ジャックだな。やっぱりこっちに向かっていたみたいだ」
ラックが腰に備え付けた小物入れから白い玉を取り出す。
「俺が魔物の目潰しに使っている玉だ。これを顔にぶつけてやるとしばらく目が使えなくなる。ジャックにもいくつか持たせていた」
そして苦虫を噛み潰したような顔で前を見据える。
「チッ……行くぞ」
俺達は無言で移動を再開する。そしてしばらく進むと、以前セリーヌと利用した川の近くの共有休憩所にたどり着いた。
この川の向こうがコボルトのテリトリーらしい。そして普段使いの薬草よりも上質な薬草の群生地もそこにあると、以前ジャックに漏らしたそうだ。
「川を渡るぞ。足を滑らせないように注意しろ」
ラックが川の浅いところを歩いて進もうとしたので呼び止める。靴が濡れればこの先の行動に若干の支障があるかもしれない。怪訝な顔をするラックの前で土魔法を行使した。
川の中で石を隆起させ、直径五十センチほどの飛び石を作る。それを川を横切らせる形で等間隔に並べていく。
ラックが飛び石を渡りながらボヤく。
「ジャックに聞いたときは話半分だったんだが、お前らとんでもないな……」
バンバンとゴブリンを撃ち殺してた俺だけではなく、ニコラもとんでもないに含まれてるようだ。魔物を感知する能力は冒険者も舌を巻くらしい。セリーヌも同じことがやれていたと思うが、さすがはC級の冒険者だと言うことなんだろう。
普段も特に自重しているつもりもないが、今回はその更に先、やれることは全部やって進むのだ。普段のあざとい演技を止めて能力の一端を見せたニコラも同じ気持ちなんだと思う。
「コボルトについてはどれくらい知っているんだ?」
新しく出来た飛び石に乗り移りながらラックが問いかける。
「ゴブリンより強い犬型の魔物だと聞いているよ」
「あいつらはゴブリンより強いが武器は持たない。武器を使うくらいの知能はあるようだが、それよりもその牙や爪が既に武器になっている」
「そしてゴブリンよりも群れとして動くことを得意としている。追い詰めたつもりが、いつの間にか囲まれていたなんてのもよく聞く話だ。常に周囲を警戒して行動してくれ」
ラックの忠告を聞いているうちに川の向こうへと辿り着く。こうして俺達は川を渡りコボルトのテリトリーに侵入した。
 




