377 ウェイケル再び
ウェイケルは青豹団というパーティを束ねる冒険者だ。
昨年、青豹団はサドラ鉱山集落にストーンリザードの巣穴討伐依頼を受けてやってきたが、なんやかんやで討伐に失敗。現場に居合わせた俺やセリーヌが彼らの手助けをしたことで知り合うことになった。
その後俺たちがポータルストーンで鉱山から脱出したため、ウェイケルたちとはそこで別れたっきりだった。デリカとはファティアの町に帰るまで一緒だったみたいだけどね。
彼らはもともとファティアの町に根付いたパーティではない。もともとは高額賞金首を狙って町にやってきたパーティだったので、てっきり既に他の町に向かったものだと思ってたんだが……どうやらまだファティアの町にいたらしい。
まあ俺が知らなかっただけで、セリーヌあたりは冒険者ギルドで顔を合わせていたかもしれないけど、わざわざウェイケルの話を俺にしないだろう。それくらいの立ち位置の人物である。
そんなウェイケルは以前会ったときと同じく、いかにも冒険者といった少々着古した革鎧姿。隣の少年は細かい装飾の入った金属が組み合わさったピカピカの胸当てと、これまたゴテゴテと装飾の入った片手剣を身に着けている。ずいぶんとお高そうだ。
こちらのテーブルにまっすぐに近づいてくる二人。ウェイケルが俺たちを見てうれしそうに声を上げる。
「おっ、よく見りゃニコラ嬢ちゃんにデリカちゃんまでいるじゃーん! ひっさしぶりー!」
「お久しぶりです、ウェイケルさん」
『うげえ、この人馴れ馴れしいから苦手なんですよね……。お兄ちゃん、後は任せましたよ』
ふつうに挨拶を返すデリカとは対照的に、ニコラはぺこっと頭を下げただけで何も答えず、念話を伝えるとスンッと表情を消して見事に気配を消してみせた。
そこにいるのにいないような不思議な感覚。まるで隠密のギフトのようだ。相変わらず自分が楽をするためには俺も計り知れないような才能を出し惜しみせずに使うヤツである。
だがニコラがそんな自己防衛をするまでもなく、ウェイケルは俺たちの背後に視線を向けた。
「――って、マルク坊ちゃん、向こうにいる女の子は誰よー?」
ウェイケルが見つめているのは、こちらを気にもせずちゃぷちゃぷと泉を手ですくって遊んでいるディアドラだ。
「ああ、ええと、僕の友達かな」
「マジで!? すっげえかわいいじゃーん! なあなあ、彼女を俺に紹介してくれよー!」
くねくねと動きながら俺に手を合わせるウェイケル。ちなみにコイツは俺をセリーヌの隠し子だと勘違いして以来、俺のことを坊ちゃんと呼ぶ。誤解は解けたはずなんだけどな。
まあ、ノリが合わないだけで悪いヤツじゃないんだよね。これも彼なりに親しみを込めた呼び方なのかもしれない……たぶん。
「その言葉のまま、紹介するくらいなら別にいいけど……。それよりも、ウェイケルさんたちこそどうしてここに? 僕てっきりもう他所の町に行ったもんだと思ってたけど」
「おっ、それ聞いちゃう? 聞いちゃってるー? テンサゲなガチ話になっちゃうんだけど~?」
パンッと手を叩き、リズミカルに俺を指差すウェイケル。正直それほど聞きたくもないけれど、話の流れで聞いてしまった。
「ええと、なるべく短くね……」
「いいぜ! 他ならぬマルク坊ちゃんの頼みだ。青豹団のつらたんストーリー、せめてバイブスアゲアゲで聞いてくれよ!」
それから相変わらずのわけわからんテンションで、ウェイケルは身の上話を話してくれた。
身振り手振りを加え話してくれたつらたんストーリーとやらを要約すると、ウェイケル率いる青豹団は昨年のサドラ鉱山集落でのクエスト失敗以降、どうにもうまくいってないらしい。
メンバーが魔物相手に大怪我したり、複数の依頼を受けては手が回らなくなって両方失敗したり、果てにはタチの悪い女に騙されて貢がされたりと、大小さまざまな不幸が降り掛かったそうだ。
鉱山での失敗を取り戻そうと空回りしてるように思えるが、本人曰くツキが落ちているということらしい。
そしてツキが落ちているときは拠点を変えることにしているそうで、近いうちに景気のよい領都に行こうかと考えているとのこと。
だが大所帯のパーティが領都に移転するとなるとそれなりに資金が必要になる。そこで現在はパーティ総動員でとにかく金になる依頼を受けまくっているそうだ。
そしてそんななか、ソロ限定の割の良い依頼を受けることができたとのこと。それが隣にいる少年の護衛だそうだ。
「へえー。ウェイケルさんも大変なんだね」
「そっそ。でもな、俺らのパーティはこんなところで終わらねえから! 再起を目指して――」
「おいっ! もういいだろう!」
俺たちの話の腰を折ったのは、ずっと不機嫌な顔でウェイケルの隣にいた少年だ。
「サーセン! そういうわけで今はバリバリ任務遂行中なのよ!」
「そういうことだ。ウェイケル、この先に進むぞ!」
そう言い放ち泉の向こうへ進もうとする少年の進路をウェイケルが両手を広げて遮る。
「ちょまっ、ルアード坊ちゃま! ここで折り返して帰る予定だったじゃないすか~!」
「予定変更だ! こんな小さいガキを連れたデリカがここまで来ているんだ。俺が同じところで帰るなんて、みっともないことできるか!」
「ちょっとルアード! この際、私のことはいいけど、マルクやニコラのことをバカにしないでよね!」
ここまで黙っていたデリカが口を挟む。少年――ルアードを見てなんだか嫌そうな顔してたし、知り合いかなと思ってたけど、やっぱりそうだったみたいだ。
「フン、お前はピクニックを楽しんだらさっさと帰れよ。衛兵試験の主席は俺がいただくからな」
デリカを一瞥し、ウェイケルの脇を抜け再び足を進めるルアード。慌ててウェイケルが追いかける。
「え~ちょっと~。やめときましょうよ坊ちゃま~。こういうトキに調子に乗って先走るとロクなことにならないって、俺は去年さんざ思い知らされたところなんすよ~」
「俺は調子になんか乗ってない!」
「あーコレだよ~。調子に乗ってるヤツはみ~んな、そう言うんすよ~」
「うるさいっ!」
どうやらウェイケルは去年の鉱山での軽率な行動をそれなりに反省しているようだ。とはいえ依頼主には逆らえないのか、気になるディアドラをチラチラ見ながら、ウェイケルはルアードの背中を追いかけ森の奥へと消えていった。
騒がしかった泉周辺が再び静まり返る。俺は一息つくとデリカに尋ねた。
「デリカの知り合い……なんだよね?」
「うん、あいつは北地区に住んでるお金持ちの商人の子のルアードよ。五男坊とかでお店は継げないらしくてね、衛兵になるために私と同じ道場に通ってるの。見ての通りのイヤなヤツよ」
「ふーん。それじゃあ主席ってのは?」
「本当なら今年は衛兵を募集しない年だったの。でも領都で新しく兵士を募集するってお触れがあって、この町の衛兵から領都の兵士に鞍替えする人もでるらしくてね。それで今年は急遽衛兵の募集が決まったわけなんだけど……」
そういや深くは聞かなかったけど、領都ではお貴族様関連でキナくさいこともありそうだったもんな。領主が事を起こすのか自衛なのかはわからないけど、とにかく軍備を整えてるのだろう。デリカが言葉を続ける。
「それでね、急募したせいで衛兵の質が下がらないように、試験で主席の成績を取った者を今年は特に厚遇することにしたみたい。その方が志願者も競い合うからって」
「そうなんだ。デリカも主席を目指してるの?」
「うーん……。そうありたいとは思うけど、無理して母さんを心配させたらそれこそ衛兵になれないかもしれないからねー……」
「でもあの子はデリカをライバル視してたね」
「アイツいっつも私に突っかかってくるのよ。北地区に住んでるのに、わざわざ南地区の剣術道場までやってくるし」
「前から知り合いだったの?」
俺の問いかけにデリカがポニテを縦に振ってプリプリしながら答える。
「そうよ! アイツは北地区で爆炎のフレイムドラゴン団のリーダーをやっていたの。月夜のウルフ団とは直接なにもなかったけど、父さんと一緒にアイツの家にシーソーを設置するときに知り合ったのよね。それからは北地区のお金持ちの家にシーソーを設置するたびにアイツがどこからか現れて、色々と張り合ってきて大変だったんだから!」
おおう、ついにファティアの町のなんとか団が東西南北そろってしまった。なんとなく感慨深いものがある。
ちなみに南地区 月夜のウルフ団、東地区 闇夜のダークスカル団、西地区 濁流のブルーサーペント団、そして北地区 爆炎のフレイムドラゴン団である。
それはともかく、わざわざやってきてちょっかいかける系の男の子ということは……そういうことなのかな?
まあデリカはお転婆なところも減ってきて女の子らしくなってきたし、十分ありうる。などと思っていると――
『おおっと~。デリカモテちゃってますねー。お兄ちゃんもウカウカしてられませんよー? うっしっし』
ずっとだんまりだったニコラから念話が届く。相変わらず恋愛トークが好きなようだが、今はニコラのからかいに反応するよりデリカに聞きたいことがある。
「あの子、森の奥にいったけど、そもそもこの森の奥地ってなにがあるか知ってる?」
「私が父さんに聞いた話だと、コボルトの巣が見つかることがあるみたい。コボルトは増えすぎると森からあふれて町に被害を及ぼすから、巣を見つけたら町に報告する義務があるのよ。それで後から衛兵か依頼を受けた冒険者が巣を潰しにいくんだけど……」
そこまで言って、デリカがはぁ~とため息をついた。
「ルアードのあの様子じゃ、巣を見かけたらちょっかい出しそうよね……悪いことが起こらなければいいんだけど」
心配そうに眉根を寄せるデリカ。さすがにイヤなヤツと思っているとはいえ、大怪我やそれ以上のことになるのは望まないらしい。
「うーん、そっか。それならもうちょっとだけ、ここにいて様子を見とく?」
万が一怪我して戻ってきたなら俺は回復魔法で治療ができる。それにディアドラがもう少し遊びたそうにしているしね。たっぷりディアドラを楽しませたい。もともとそれが目的なんだし。
「そうね、あと少しだけここにいましょうか。ルアードはともかく、ウェイケルさんは町に戻るまでの間、いろいろお世話になったしね。馬車を魔物の群れから守ってもらったり、空いた時間に剣を教えてもらったりとか」
へー、やるじゃんウェイケル。こういう面倒見の良いところがウェイケルの美点なんだろう。まあ距離が近すぎてニコラみたいに拒否反応を起こす人もいると思うけどね。
そういうことで俺たちは後しばらくの間、泉で時間を潰すことにした。
――三十分ほど経過しただろうか、木魔法で作ったブランコでニコラと仲良く遊んでいたディアドラがふいに声をあげた。
「わ、わ……。なに、なに……?」
ブランコをぴょんと飛び降り、上の空といった感じに呟くディアドラ。
「どうしたの? ディアドラ?」
俺が声をかけるとディアドラはニコラの手を引き、こちらにとたとたと走ってきた。
「なにかね、よくないもの……こっちに向かってきてるって。逃げなさいって……ママが言ってるの」
え? よくないもの?
……というか、ママってなに!?




