376 精霊の泉
かつてラックと一緒に泉へ向かった道筋はなんとなく覚えていたので、その道をデリカに指示しながら進むこと小一時間。ゴブリンの森とコボルトの森、互いのテリトリーを隔てる川が見えてきた。
「ん……? ねえ、マルク。川の中に何かあるわ。ほらあそこ」
先頭を歩くデリカが剣で指し示したのは、川の中に点々と浮かぶ飛び石だ。
ほほう、なつかしいね。俺が足を濡らさないように土魔法で作った飛び石が、今もそのまま残されているようだ。
そんな飛び石には、何度も人が利用したような細かい傷や土なんかが付いていた。どうやら今では冒険者が向こうに渡る際に使われているらしい。役に立っているようでなによりだね。
そんな話をデリカにしながら川の中の飛び石をぴょんぴょん飛んで川を渡る。ディアドラだけは気にせずざぶざぶと川に入ったりしたけれど、とにかく俺たちは川を渡りコボルトの森へと侵入した。
◇◇◇
「――シッ!」
コボルトの森に入ってもデリカの快進撃は止まらない。デリカの斬撃にコボルトはガクリと膝から崩れ落ちた。これで三度目の遭遇だ。
コボルトは仲間を呼ばれるとやっかいな魔物と言われているが、デリカはそのすべてを仲間を呼ばれる前に一撃のもとに斬り伏せている。一応逃げられた時には石弾で援護するつもりでいたのだけれど、そんな心配をする必要はなかったようだ。
ちなみに以前の俺とニコラの場合は、発見したコボルトを向こうに気づかれる前にすべて石弾でやっつけていた。サーチ・アンド・デストロイである。少しかわいそうな気がしないでもなかったが、やらないとやられるのはこちらだからね。
コボルトは基本的に森から出てこない。しかしそれでも人を見かけると敵意むき出しで襲ってくる、ゴブリンと同じく人とは相容れぬ生き物なのだ。
さらに森を進み、ディアドラが前のめりに進みそうになるのを手を引っ張って抑えながら歩いていると――目の前の木々が途切れ視界が広がり、ついに目的の泉が目の前に現れた。
鬱蒼とした森の中で、この場所だけはまるで切り取ったかのような別世界。泉の周辺にはセジリア草が生い茂り、日の光が降り注ぐ水面はきらきらと輝いている。以前来た時となにも変わらない美しい光景だ。
「ふわわ……。泉、うれしいの……、いい匂い、ひさしぶり……」
俺が手を離すと、ぴゃーっと泉に向かってディアドラが駆け出す。ここにはなぜか魔物が来ないようだし、まあ今は好きにさせておこう。
泉の周辺をぱたぱたと駆け回るディアドラを見ながら、残った二人に声をかける。
「それじゃあここでお昼を食べようか」
だがデリカは俺からずさささっと距離を取ると、
「わ、私はちょっと泉で体を拭いてくるから! 誰も来ちゃダメだからね!」
ディアドラと同じようにデリカも泉へと駆けて行き、泉で素早くタオルを濡らすとすぐさま離れた木陰へと入っていった。
「別に気にしないでいいのにな」
俺がぼそりと呟くと、ニコラがやれやれといった風に肩をすくめる。
「なーにを言ってるんですか。デリカもお年頃ですからね。仕方ないこととはいえ、面と向かって臭いと言われれば気にもなりますよ。それとも『ガハハ! 臭いがそれがなにか?』とか言っちゃうデリカがご希望ですか?」
「まあ、それはたしかにね……」
などとデリカが入って行った木陰の方を見ながら呟いていると、
「コラー! こっちを見ないで!」
デリカの怒声が響き渡り、俺は慌てて後ろを向いた。木陰に隠れてこちらからは何も見えちゃいないんですけどね。
さて、ここで突っ立っていても仕方ない。今のうちに昼食の準備をしよう。
今回はいつもの土魔法のテーブルではなく、変わった趣向を試してみようと思う。
俺は魔力を木属性のマナに変換し、地面に向かって念じる。するとぴょこんといくつもの木の芽が生えてきた。
「むんっ……」
俺が気合を入れてさらに意思とマナを込めると、四ヶ所に生えたそれらの木の芽は絡み合いながらどんどん太くなり伸びていき、テーブルの脚を形作る。
それらはある程度の高さで直角に折れ曲がるとぐるぐると渦巻きながらそれぞれが重なり合い、テーブルの天板を形成していった。
「……よし、完成だ」
木の幹を絡めたテーブルの完成である。これが俺の新しい木の精霊魔法の使い方だ。日々の練習で単純に木を生やす以外にも、ある程度は意図した形を作れるようになったのだ。
こうしてできた木のテーブルは細い木の幹を絡め合わせたものなのでボコボコとしているけれど、森の中の泉には無機質なコンクリじみた土魔法のテーブルより、温かみを感じる木製のほうが似合ってる気がするんだよね。
そして椅子も同じように作っていると、
「ほほー。お兄ちゃんにしてはセンスがいいですねー」
じっと様子を眺めていたニコラが、珍しく俺の仕事を褒めながら完成した椅子をぺしぺしと叩いた。そしてそのまま椅子の上にぴょこんと飛び乗ろうとして――
「あっ、やさしく座らないと――」
「――えっ」
ポキンッと椅子の脚の中程が折れて、ニコラがころりと芝生の上に転がった。
今回は形を意識するあまり、硬さは二の次になっていたのだろう。強度に関してはまだまだ修行中なのだ。ゆっくりそ~~っと座っていただきたい。
ニコラは地面に寝っ転がったまま、じとっとした目を俺に向ける。
「前言撤回です……」
「すまん……」
「うふふ、ふふ。ごろごろ、楽しい……ね」
いつの間にか戻ってきていたディアドラが、ニコラが遊んでると思ったのか、ニコラの隣でゴロゴロと芝生を転がっている。
「うん、そうなの! ごろごろ楽しーね!」
やけになったニコラがそれに追随する。
『ほらお兄ちゃんも!』
『ええ……』
とは言ったものの、ニコラを転がした負い目もある。
「うわーい、ごろごろたのしー!」
ゴロゴロゴロゴロ!
半ばやけくそに芝生の上を転げ回る俺の隣では、体中に草をいっぱい付けたディアドラが転がりながらにこにこと笑う。
「マルク、たのしいね、ニコラ、たのしいね……!」
「うん、たのしー!」
「わーいわーい!」
「――あ、あんたたち、何をやってるの……?」
そしてそれは体を拭いて戻ってきたデリカが声をかけてくるまで続いたのだった。
◇◇◇
ニコラの監修のもと、より強度が増すように太めの木で作られた椅子に座ってもらい、昼食が始まる。俺はアイテムボックスから取り出した弁当をテーブルの上に広げた。
今回のメニューは、旬の食材をたっぷり閉じ込めたオムレツ、ニコラの大好きな熱々のハンバーグ、嫌いな人間は世界に存在しないと言われているからあげ、ディアドラ用にはふんだんに魔法野菜を使ったサラダ等、相変わらず父さんは腕によりをかけて作ってくれたようだ。
俺は別に残り物でもかまわないと思うんだけど、ニコラが弁当を楽しみにしていたのを父さんも知っていたからなあ……。まあせっかくなのでありがたくいただくとしよう。
「うわあ……すごくおいしそうね!」
デリカが料理を見ながら瞳を輝かせる。初めてのコボルト相手の特訓も順調なこともあり、彼女もお腹が空いたことだろう。お腹いっぱい食べてほしいものだ。
「野菜……きらきらしてるの……。これ、食べていい、の……?」
きれいに盛り付けられドレッシングがかけられたサラダを、ディアドラはまるで宝石を見るような目で見つめている。
「食べていいよ。ほら、ニコラはもう食べてるし」
「ハムッ ハフハフ、ハフッ!!」
ニコラはハンバーグにかぶりつき、一心不乱に食べている。もはやなにも言うまい。
そんなわけで泉のほとりで木でできたテーブルをみんなで囲み、なんともメルヘンチックな昼食が始まったのだった。
◇◇◇
楽しい昼食が終わり、俺たち子供三人は椅子にもたれるように食休み。一見、一番歳上に見えるディアドラが疲れを知らない子供のように泉の周りを駆け回っている。
そんな光景をぼんやりと眺めていると、がさがさと草を分け入る音が聞こえた。
この泉の周辺にはセジリア草が生えており、知る人ぞ知る場所だ。誰が来てもおかしくはない。しばらくすると木々の間から二人の男が現れた。
一人はデリカと同じくらいの少年で、もう一人、大人の方は……あれ? なんだか見たことあるな、あれは――
「ん……? お? おおっ! マルク坊っちゃんじゃないっすか、ウェイケルっすよ! 覚えてますか!? ウェーイ!」
そうだ、ウェイケルだ。サドラ鉱山集落で会った陽キャ系冒険者のウェイケルが、相変わらずチャラそうな顔で俺に手を振ったのだった。




