375 三度目の森
デリカに同行の承諾を得てから数日後。
俺、デリカ、ニコラ、ディアドラの四人は町の近くにある森に足を踏み入れた。最初はセリーヌと冒険者体験のために、二度目は行方不明になったジャックを捜索に行った、あの森だ。
「ふわわ……森の匂い……すき、すき……」
久々に森に戻ってきたことで、ディアドラはいつも以上に上機嫌。普段はのんびりてくてくと歩く彼女だが、今は軽くスキップするように前へ前へと歩いていた。
そしてそんなディアドラに、デリカが言いにくそうに告げる。
「あの、ちょっと、ディアドラさん……。あんまり前に出ないでね? 私の剣の特訓が……」
「そうだよ、ディアドラ。デリカの邪魔をしないようにね。それに一番前にいると、ゴブリンに襲われちゃうかもしれないよ?」
「あう……ごめんなさい……。ゴブリン、怖いの……」
デリカと俺の言葉にぴたりと足を止めたディアドラは、首をひっこめながらおずおずと後ろに下がってきた。そしておもむろに俺の手を握る。
「マルクに……掴んでもらえば、前に出ない、出れない……。手……つないで?」
なんだか手をつなぐというより、お散歩中のワンちゃんのリードを持つような気分だ。でも前に出られるよりはいいだろう。
「いいよ。デリカの邪魔をしないようにしようね」
「ん……」
「ディアドラちゃん! ニコラとも手をつなご!」
「うん、いい、よ……」
「わーい!」
『すべすべおててゲットです!』
ニコラからいつもどおりの念話が聞こえた。たしかにディアドラの体はマナを元に実体化しているからか、他の誰とも違う不思議な感触がして、触っているととても気持ちがいい。
そしてディアドラを中心に三人仲良くおててをつないだ俺たちを見て、デリカががっくりと肩を落とした。
「うう……。特訓の同行を許可したの、間違いだったかしら……」
あーたしかにコレはゴブリンを切った張ったするような雰囲気じゃないよね。完全にピクニックの空気だ。そう考えるとデリカに少し悪い気がしてきた。
「ごめんねデリカ。それじゃあ……こういうのはどうかな?」
ディアドラと手をつないでいるし、ちょうどいい。俺はその場でギフト《隠密》を発動させてみた。途端に俺たちと周囲の境目が無くなるような、不思議な感覚に包まれる。
俺たちを見ていたデリカが目を瞬かせた。
「……え? あれ? マルクとディアドラさんが……? ん? いるよね? でもなんかヘン……」
やっぱり直接触れていないニコラには効果は薄いようだ。しかしやらないよりマシだろう。俺は隠密を発動させたままデリカに説明する。
「気配を消すギフトを使ったんだ。これなら特訓に集中できるんじゃないかな」
「えっ、気配を消すギフト? マルクってそんなものまで授かってたの!?」
「あー、うん。そうだったみたいなんだよね」
本当は野盗のルモンから偶然奪ったものだが、それを知るのはあの時現場にいたニコラ、セリーヌ、エステルだけだ。デリカを信用しないわけじゃないけれど、知る人は少ないほうがいい。
曖昧な返事をした俺だが、デリカが特に気にした様子もなく言い放つ。
「まあ、初めて会ったときからマルクはすごかったし、ギフトをいくつも持ってたって、いまさらよね。……よし、それじゃあ後ろで私の特訓を見てるのよ!」
デリカは気合いを入れるように鞘から剣を抜き、ブンッとひと振り。そして前へと向き直ると、けもの道をずんずん歩いていくのだった。
◇◇◇
気分を入れ替えた俺たちは、森の中を奥へ奥へと進んで行く。すると突然木陰からゴブリンが飛び出してきた。
――ザンッ
だがゴブリンが手に持つ棍棒を振るうよりも早く、デリカの剣がゴブリンの胴を切り裂いた。
「フン、不意打ちなんて甘いのよ」
剣を鞘に収めながらポツリと呟くデリカ。まあ体が木陰から半分見えててバレバレだったもんね。
それにしても、デリカが真剣を扱うのを見るのは久しぶりだ。サドラ鉱山集落までの道中で、死にかけのグラスウルフを斬ったのを見た以来である。
そんなデリカの腕前だが――以前、ジャックの兄貴のラックがコボルトを屠るところを見せてもらったことがあった。
それに比べるとデリカの剣術にはそこまでの力強さはないものの、足さばきや剣を振るうスピードなんかはなかなか良いものを持っているように見える。まあ素人目+贔屓目なんですけどね。
ちなみにエステルの短剣の腕前はラックと比べても、もっと速くてエグかった。そしてさらにその上をいくのがマイヤである。
……師弟関係となったあの二人、領都で仲良くやってるかな――っと、いけないいけない。今はこちらに集中しないと。
「ねえ、デリカ。それで今日はどこまで進むことになりそうなの?」
特訓とはいえ、お小遣いにはなるゴブリンの耳を刈り取り中のデリカに声をかけた。森に入る前にも聞いてはみたのだけれど、その時は「状況次第ね」としか言ってくれなかったのだ。
「そうね……。父さんには一人でいるときはゴブリンの森までって言われてたけど、今日はマルクがいるってことで、コボルトの森まで行っていいって言われてるのよね」
コボルトの森は今いるゴブリンの森よりもさらに奥地だ。集団戦闘が得意なコボルトがいるということで、初心者が足を踏み入れるものではないとラックに聞いたことがある。
そんなコボルトの森に俺がいるなら行ってもいいだなんて、ゴーシュにずいぶんと信用されたものだ。
……そういえば森に同行することが決まった翌日、ゴーシュがウチの両親に挨拶に来たのだが、その時たまたま食堂にいたセリーヌともなにやら熱心に話をしているようだった。
たまにこっちをチラッと見ていたし、あの時は俺への恨み言でも言ってるのかなと思っていたけど、もしかしたら俺の腕前みたいなものをセリーヌに聞いていたのかもしれない。
デリカはゴブリンの耳を革袋に詰め込み立ち上がると、こちらに向かってニヤッと笑みを浮かべた。
「だからね、今日はディアドラさんのお気に入りだっていう泉まで足を伸ばしてみようかなって思ってるの」
泉に行くと聞いて、ディアドラの表情がぱあっと輝く。
「わあ……泉、行くの? デリカ、すき!」
ディアドラが俺の手を離して、デリカの背中に抱きついた。よっぽどうれしいようだ。今まで言わなかったのはデリカなりのサプライズなのだろう。大成功だね。
「ちょっ、ディアドラさんっ。ああもう、くすぐったいからっ!」
と照れながら悶えるデリカ。
『ああいう無邪気を装って抱きつきにいく奥義を習得しているとは、ディアドラちゃんもなかなかやりよる……』
などと感心しているニコラだが、お前と違って本当に無邪気なだけだと思う。
だがディアドラはピタリと動きを止めると、すぐにデリカから離れて俺の元に戻ってきてしまった。
「どうしたの、ディアドラ?」
「デリカ、ゴブリンくさいの……」
それを聞いたデリカは服の首元をつまみ、スンスンと体の臭いを嗅いで、顔をしかめた。
「ちょっとみんな、私に近づかないでね……」
悲しそうに呟くデリカ。ゴブリンと差し向かいで戦えば、いろいろ飛び散っちゃうしね、しょうがないね。
『近づくなと言われると、余計に嗅ぎにいきたくなってくるんですけど、ここは特攻すべきでしょうか……?』
性癖をこじらせつつあるニコラからの念話が届くが、それは本気に怒られそうなので止めたほうがいいと思うよ。
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