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364 精霊のいる日常

 ディアドラと精霊の契約を交わした翌日の早朝。


 俺は目を覚ますとすぐに窓へと向かい、二階の子供部屋から裏庭を見下ろした。


 薬草の花壇や風呂小屋が建てられているその場所には、新たに二階にも届く程度の大きさの木が生えている。窓を開け、その木に向かって声をかけた。


「おはよう。ディアドラ、いる?」


「おはよ、マルク……朝、早いね。まだ太陽、あまり出てない……よ?」


 俺の声に反応したように木の幹が薄く光ると、そこからディアドラがふわりと抜け出し、木の枝に座りながら挨拶を返す。


「ぼ、僕はいつもこのくらいに起きるんだ。……ところで実体化するのって、こう……木の枝をにょきにょきしなくていいの?」


 昨夜はそうやって実体化したはずなのに、今回はノータイムでいきなりの実体化だ。実はめっちゃびっくりした。


「枝で芯を……作ったほうが、マナ、減らないの……。でも、これからはたくさん……マナ、もらえるの。にょきにょき……ふふっ」


 どうやら俺からのマナをあてにしているようだ。その期待からか、それともにょきにょきがツボに入ったせいなのか、ディアドラは口元をにまにまと緩ませている。


 昨日見た感じではぼんやりとした雰囲気があるので、あまり表情は表に出さない方かと思っていたのだけれど、そうでもないらしい。


「そっか……。それじゃあさっそくだけどマナをあげるね」


「ん……」


 ディアドラは俺に向かって手を差し出す。意味がわからず首を傾げた俺に、彼女はさらにずいっと手を伸ばした。


「直接のほうが、新鮮で……おいしいの」


 そういうことならと、俺はディアドラの白くて細い手を握り、直接土属性のマナを流す。昨夜よりもやさしく、ゆっくりと地面に水を染み込ませるように――


「ふわわ……。……マナ、たくさん。ありがと、マルク」


 満足したように微笑みを浮かべたディアドラは俺の手から離れ、ぷかぷか浮きながら再び元いた木の中へと入っていった。


 この木――精霊の宿木は、ディアドラの家みたいな物だそうだ。昨夜、裏庭へと案内されたディアドラはこの一本の木を生み出し、そこに住むと言い出した。


 実体化したままディアドラを連れて回るという心配がなくなり、ほっと胸を撫で下ろしたけれど、それでも実体のある者が透けるように木の中に消えていくというのはすごい違和感を覚えたものだ。


 まあ魔法が存在するこの世界で、こんなのをいまさら()にしても仕方ないかもしれないけどね。()だけに。


「さむっ! 今日はなんだかめちゃ寒いですね。一気に目が覚めましたよ。……って、お兄ちゃん窓開けっぱじゃないですか。閉めてくださいよー」


 まだ起こしてもいないのに、ニコラが珍しく目を覚ましたようだ。なにやら失礼なことを言われたような気がするけど、偶然……だよな? 俺は窓を閉め、布団から顔だけ出したニコラに向き直る。


「おはようニコラ。ディアドラにマナをあげてたんだ」


「おはようです。もうディアドラちゃんにマナあげちゃったんですか? あーあ、私も見たかったです。あの幸せそうなトロ顔は毎日見ても飽きそうにないですからね~」


「それならこれからは俺より早く起きなよ」


「えぇ……それはちょっとしんどいですね……。お兄ちゃんがマナをあげる時間を遅くしてくれてもいいんですよ?」


「それはディアドラ次第だね。……っと、そんなことより、起きたのならそろそろ下に降りる準備しなよ」


「ふぁーい」


 外着を手に取ったニコラは再び布団に潜り込み、もそもそと着替えを始めた。さて、俺も着替えないとな。


 今日は朝の手伝いよりも、まずはディアドラのことを両親に説明しないといけないのだ。まあ母さんのことだから、何も問題はないと思うけど。



 ◇◇◇



「――そういうことで、空き地の件は一件落着したんだ。そしてその木の精霊なんだけど……ディアドラ、出てきてくれる?」


 俺は腕輪に軽くマナを流しながら呼びかける。そうすることでディアドラは庭にある精霊の宿木と、この腕輪を行き来することができるらしい。


 腕輪はほんのり光り、すうーっと浮き出るようにディアドラが現れた。そしてふわふわと浮いたまま、父さんと母さんにぺこりと頭を下げた。


「マルクの、お友達の……ディアドラなの。よろしく……なの」


 昨夜の第一印象では、ディアドラはあまり人に興味がなさそうだった。


 そこで昨日のうちに、父さんと母さんにはお行儀よく接しないと僕との契約を許してくれないかもしれないよと、みっちり教え込んでいたんだけれど、これなら上出来だろう。


 母さんは宙に浮かぶディアドラを見上げながら、嬉しそうに両手をパンと合わせた。


「あらあら、精霊さんとお友達になるなんて、マルクはやっぱりすごいわね~! ディアドラちゃん、よろしくね。マルクもしっかりお世話をするのよ? ……あっ、そうそう。あの突然生えてた裏庭の木がディアドラちゃんのお家なのよね? あれはもう少し横に移動させてくれると嬉しいわ~。お洗濯物を乾かすときに少し邪魔になっちゃうの~」


「ん……。わかったの」


 精霊だろうと物怖じしない母さんはさすがと言える。父さんはただただ口をあんぐりと開けているだけなんだけど、あれが普通だと思う。


 こうしてディアドラはうちの家族に無事受け入れられることになった。ちなみにニコラの早朝手伝いの刑期も本日で終了だ。張り込みではセクハラをしているだけで特になにもしていなかった気がするけれど、次回の活躍に期待したい。



 ◇◇◇



 そして朝の手伝いが終わり、俺とニコラは自由時間となった。これからは待ちに待った木の精霊魔法の練習の時間だ。新しい魔法を覚えるのってわくわくするよね。レアなものとなるとなおさらだ。俺は少し早足になりながら裏庭へと向かう。


 一緒にいるのはニコラ、この見学のために今日は仕事を休んだセリーヌ、そしてデリカだ。


 デリカも昨日、俺が空き地に張り込むことを知っていたので、いつものアルバイトの就業時間より早めに来店し、事の顛末を聞きにきたのだ。そこで昨夜の事情を説明がてら裏庭にも誘ったわけである。ちなみにネイは残念ながらまだ仕事中だ。


「来たよ、ディアドラ」


 俺の呼びかけに反応し、庭の端の方に移動した精霊の宿木からディアドラが現れる。


「木の場所移動させてくれたんだね、ありがとう。これ、ひとつ厨房から持ってこれたんだけど、よかったら食べてね」


 俺は手に持っていた魔法トマトをディアドラに差し出した。木を動かすにもマナを使っただろうし、手間賃みたいなものだ。


「ありがと、マルク……。もぐもぐ」


 すぐにトマトにかぶりついたディアドラを、デリカが目をまんまるに広げて見つめている。


「うわあ……これが精霊……。私、見るの初めて……」


「ふふっ、デリカちゃん、ほとんどの人が初めて見ると思うわよん?」


 デリカの言葉にセリーヌがくすりと笑って返す。冒険者としてあちこち渡り歩いているセリーヌも昨日が初見だもんな。あまり知られるとアイテムボックス以上に変なのを呼び込みそうなので、気をつけたほうがいいかもしれない。


「……マルク、この子……だあれ?」


 早くも食べ終わり、指についたトマトの汁をぺろぺろ舐めながらディアドラが俺に尋ねる。


「デリカだよ。ええと、僕の……親分?」


「親分……? 親分って、なあに……?」


「マルク、親分とは言わない約束でしょ!? それに私はもう月夜のウルフ団の団長でもないんだからね!」


 俺の返答にデリカが腰に手をあててぷんすこと怒る。こういうやり取りも久しぶりでなんだか楽しいな。


「あはは、ごめんごめん。デリカは僕の友達だよ」


「もうっ、最初からそう言ってよね……」


 俺がシュルトリアに滞在中、デリカは教会学校を卒業し、月夜のウルフ団の団長も引退した。今は名誉顧問とかいう肩書で、団長は一歳下のラングが引き継いだそうだ。


 そしてデリカはここでアルバイトをしながら、剣術道場で鍛錬を重ね、もうすぐ募集があるらしい衛兵の入団試験に挑戦する予定となっている。


「デリカ……マルクの、お友達。デリカは、なんの精霊……?」


「えっ? どういうこと?」


 ディアドラとデリカが二人してきょとんとした顔で見つめ合う。そういやディアドラにとってお友達ってのは精霊の契約のことだったな……。俺は軽く誤解を解くと、ついに本題へと進んだ。


「それでね、ディアドラ。これから精霊魔法の練習をしようと思うんだ。どうすればいいのか、教えてくれるかな?」


「……? わたし、お友達、マルクが初めて。なにも……知らない……よ?」


 ディアドラがこてんと首を傾げる。あれ? いきなり出鼻をくじかれてしまったんですけど。

 久々にレビューをいただきました! ありがとうございます!

 レビューや感想はいくらあってもありがたいものですので、お気軽にカキカキしてくれるとうれしいです!\(^o^)/

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[一言] マルクママの胆力と心の広さが相変わらずすごい! セリーヌは契約した方が良いってすすめていたけど精霊魔法を知ってたりしないかな? 知らなければ、精霊魔法を教わりにまた旅に行くことなっちゃうの…
[一言] 創造するのださすればなんとでもなる 先ずは荊の蔦を思い浮かべて、巻き付けるイメージで一つ
[一言] > まあ魔法が存在するこの世界で、こんなのをいまさら気にしても仕方ないかもしれないけどね。木だけに。 魔ルク「気にするな!」 >あれ? いきなり出鼻をくじかれてしまったんですけど。  ガー…
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