354 パワー系飛行魔法
飛翔を駆使して滑空するように地表へ向かう。するとやがてうっすらと轍の刻まれた道が視界に入ってきた。その道の先には馬車らしきものも見える。たぶんアレだろう。
そのまま馬車の方へと飛んでいくと、思ったとおり御者台から手を振るセリーヌが見えた。俺は手を振り返し、馬車の前まで飛んでいく。
「おかえりマルク」
「お兄ちゃんおかえりー」
御者台のセリーヌと垂れ幕から顔だけ出したニコラが迎えてくれた。
「ただいまセリーヌ、ニコラ」
返事をしながら御者台の手前で空中停止すると、セリーヌが感心するように俺をじろじろと見ながら声を上げる。
「へえ~、本当に前よりずっと速く飛べるようになったのね。たいして時間がかからなかったけど、銀鷹から何か加護でも貰ったの?」
「ううん、特訓をしてコツを教えてもらっただけだよ。まあ死ぬかと思ったけどね……」
「あははっ! 大げさねえ~」
セリーヌが大口を開けて笑い飛ばす。そういえばセリーヌもあっち側の人だからな。仮に俺が銀鷹に空から落っことされたと言っても、顔色ひとつ変えないかもしれない。
そんなことを考えて苦笑を浮かべていると、ニコラも俺を見上げながら真剣な顔で念話を届けてきた。
『まさかお兄ちゃんが舞空術をマスターするとは……。てっきり魔力ごり押しのお兄ちゃんのことですから、土魔法で作った石柱を魔法で飛ばして、それに乗って移動するようになると私は予想していたんですけど』
『どこの殺し屋だよソレ。将来的にサイボーグになりそうでイヤすぎるよ』
ニコラのアホな念話に答えて軽く息を吐く。すると少し興奮気味のセリーヌから声がかかった。
「ねえねえマルク! もう少し飛んでるところ見せてくれる?」
「うん、いいよ」
セリーヌのお願いに応え、俺は馬車のまわりをぐるぐると飛んでみせた。それを眺めながらセリーヌがうらやましそうに目を細める。
「うわあー、本当にいい魔法ね~。空から魔法を撃てたりもするの?」
「飛翔中はかなりマナの操作が難しいからまだ無理かな。でも浮遊中ならいけるよ」
「そういえばフォレストファンガスの特殊個体を狩る時、浮きながら石弾を撃ってたわね。……あーあ、私もせめて浮遊が使えれば、高いところから一方的に火の矢を撃ち込んだり、空を飛んで死角に回り込んだりとか、戦い方の幅が広がるのにねえ~」
「浮遊って、使える人が少ないんだっけ? 僕はディールさん以外に見たことはないんだけど」
「そうよう~。あのバカを含めても、今まで数えるくらいしか見たことないわね」
「他にいなかったわけでもないんだね。その人たちに教えてもらったりはしなかったの?」
さすがにディールに教えてもらわなかったの? とは聞かない。聞くわけないのはわかってるし。
「手の内を明かすようなものだから、普通はそうそう教えてはもらえないのよね。でも、たまたま貸しを作った冒険者が浮遊を使えたから、頼み込んで教えてもらったことはあるわ」
そこでセリーヌは一度言葉を切り、眉根を寄せた後に続けた。
「でもね、ホラ、あんたもあのバカから習ったでしょ? あれと同じで説明が下手というか感覚的すぎるというか……。私にはさっぱり理解できなかったわ。それでも副産物として緩降下だけでもなんとか習得できたのは幸いだったけどね」
緩降下。飛び降りた時にゆっくりと地面に着地する魔法だ。俺は浮遊ができるようになったら自然とそっちもできるようになったけど、本来なら順番が逆だったのかもしれない。
マナの操作の難易度や魔力の消費量的にも飛翔>浮遊>緩降下の順になるだろう。
俺は飛翔を止めて御者台に降り立つと、席に座りながら隣のセリーヌに質問をした。
「……セリーヌって風魔法もそこそこ使えるんだよね?」
「そうねえ……。火魔法ほどじゃないけど、一応はね」
緩降下や風属性のマナを消費する共鳴石だって持っていたし、やっぱりそれなりに扱えるようだ。
それなら風属性への理解を深めれば……。いつも教えてもらってばかりだし、少しでも恩を返せるいい機会なのかもしれない。俺はセリーヌの瞳をじっと見つめて問いかける。
「セリーヌさえよければ馬車の移動中に浮遊を教えようか? 飛翔ができるようになった時に風属性のマナの扱い方のコツを掴んだから、もしかしたら教えてあげられるかもしれないよ」
「えっ、本当!? お願いするわマルク!」
「うわっ!」
セリーヌは俺の手を引っ張ると、そのまま自分の懐に抱きかかえた。どうやらよっぽど嬉しかったようだ。胸に抱かれて顔は見えないけれど、はしゃいだセリーヌの感謝の声が次々と耳元に降り注いでいる。ここまで喜んでもらえるとは思わなかった。
俺としてもまだ冷えていた体がセリーヌの体温に包まれて、なんだかようやく人心地ついたようで全身の力が抜けていくのを感じた。すごく気持ちがいい。人の温もりって素晴らしいなあ。さっき死にかけたと思えばなおさらだ。
そうしてセリーヌに抱かれたまま、その温もりと柔らかさに浸っていると突然冷たい視線を感じた。
そちらに顔を向けると、相変わらず垂れ幕から顔だけ出したニコラが俺を嫉妬の眼差しで睨みながらお菓子を食べている姿が目に入った。
どうせなら睨むか、お菓子を食べるかのどっちかにしてほしい。最近ストレスの解消法がお菓子ばかりになってるようで、俺は少し心配だよ。
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