350 銀色の怪鳥
後書きにお知らせがあります!
人語を発する銀色の怪鳥は、木の枝に留まりながら興味深そうに俺をじっと見つめている。
その体躯は先日助けたフェルニルよりも一回りどころか二回りほど大きく、留まっている太めの枝はぐにゃりと垂れ下がり、いつ折れてもおかしくないほどだ。ていうかなんで折れないの?
などと不思議に思いよく見てみると、怪鳥の周囲をうっすらと緑色のマナが覆っているのが視えた。どうやら怪鳥がなにかしらの魔法を使っているらしい。
そこまでして枝に乗るくらいなら地面に降りればいいのにな――っと、分析は後にして、それよりもまずは返事をしないとね。
「えっと、フェルニルの子供のことでしたら、たぶん僕だと思います……」
『ほう……。我の念話が通じるのか。珍しい子供よな』
言われて気づいたが、落ち着いて聞いてみるとこれは確かに念話だ。普段当たり前のようにニコラと念話を交わしているので、とっさに判別がつかなかったみたいだ。
「通じてますけど……なにが珍しいんですか?」
相手が念話を試みたのなら、それが俺に届いても当たり前だと思う。そう思い尋ねたところでクイクイと袖を引かれた。セリーヌだ。
「ね、ねえマルク。もしかしてあの鳥の言葉がわかるの……?」
怪鳥と俺を交互に見ながらセリーヌが頬を引きつらせる。
「うん、わかるけど……。えっ、セリーヌにはわからないの?」
「うわっ、本当にわかるの!? もうマルクのことでは驚かないと思っていたのに久々に驚いたわ。あんたって本当に……。もう私をドキドキさせるのはやめてほしいものね~」
そんなの言われても困る。俺は話を変えるように尋ねる。
「それじゃあセリーヌには、どういう風に聞こえてるの?」
その問いかけにセリーヌは気持ち悪そうに顔をしかめた。
「私の方はね……なんていうか、頭の中にグルルルルって音が響いてるだけよ。この音を長い間聞いていたら、頭がどうにかなりそうね」
どうやら念話はセリーヌにも届いているみたいだけれど、人語には聞こえていないようだ。そこで怪鳥が再び念話を発する。
『そこの女のように感じる者がほとんどだ。しかしウォルトレイル家のように言葉が通じる者もいるのでな。それで一応声をかけてみたのだが……。驚いたぞ、お前は我の言葉を認識し、しかもよく理解しているように思える。今のウォルトレイル家の者には片言でしか通じておらんというのにだ』
怪鳥が言うには俺のような事案は珍しいことのようだ。しかしそもそも俺にはこの怪鳥の言葉が普通に聞こえるんだけど、どういうことだろう?
そこでふと、念話に慣れているニコラになら俺と同じように聞こえているのではないかと思った。俺はいつの間にか革の垂れ幕の隙間からにょっきりと顔を出していたニコラに話しかける。
「ニコラ~。ニコラはあの鳥さんの言葉はわかる?」
「んーん。わからないー。変な鳴き声が頭に響いてるだけだよ」
『ぐぬ、変な鳴き声とは無礼な娘だな……』
怪鳥から苦情が入るが、それに被せるようにニコラの念話が届いた。
『これは推測なんですけど、お兄ちゃんの持っている異世界言語翻訳のギフトの影響じゃないですかね?』
『あー、そういえば……』
たしかに俺はそんなギフトを神様に貰っていた。生まれた時ならともかく、普通に言葉を覚えてからはまったくといっていいほど活用されていないので、その存在を忘れかけていたのだけれど。
もうひとつのギフトであるアイテムボックスと比べて影の薄いギフトが、意外なところで存在を主張してきたな。
『ちなみに私は上司からそのギフトを与えられていませんからね。転生前の詰め込み学習で、この世界の言葉を無理やり覚えさせられたんですから。……あの時の地獄の日々を思い出すと、今でも体に震えがあばばばばばばば――』
天界なのに地獄の日々ってなんだよと言いたいところだが、なにかのトラウマを掘り返して白目を剥いているニコラをこれ以上つつくこともないだろう。疑問が解決したことだし、いい加減本筋に戻ることにする。
「ええと……よくわかんないですけど、僕は言葉がわかるみたいです。それで、あの……銀鷹様ですよね?」
我が子を助けたとかウォルトレイル家とか言ってるし、この怪鳥はウォルトレイル家で祀っているという銀鷹なのは間違いない。偉そうなオーラが出ているので、とりあえず様付けで呼ぶことにしよう。
すると様付けするにふさわしく、怪鳥は鷹揚に首を縦に振った。
『うむ。我はこの地に住まい、ウォルトレイル家を守護する役目を担う銀鷹と呼ばれる者である。そういうお前は何者か、知ってはいるが一応聞いておこうか』
「僕はマルクと言います。それで僕になにか御用でしょうか?」
『この度の我が子をめぐる事件についての話だ。今から百と六日前……我が子が悪党どもによって拐かされてしまったのだ。だがフェルニル種は強靭でなくてはならぬ、屈強でなくてはならぬ。我は我が子を自ら救出はせず、我が子とそのついでにウォルトレイル家を試してやろうと、しばらく放置することにしたのだ』
誘拐された子供を放置とか、俺からするとちょっと考えられないけれど、厳しい子育てで有名な種族みたいだもんな。獅子は我が子を千尋の谷に突き落とすのガチ勢だ。
ここまで話した銀鷹は、嘆かわしいとでもいいたげに首を左右に振った。
『だが、あの家の者は即座に動き出さないどころか、まったく気づきもせぬし、我が子が自力で戻ってくることもない。もはや我が自ら出向くしかないのかと思っていたところで、ようやく我が子が救出されたのだ』
などと銀鷹は手厳しい言葉を投げるが、実際のところ定例なら年に一度参拝するだけのウォルトレイル家がこの異変に気付くのはかなり厳しいとは思うんだけどね。俺のそんな思考には気づかず銀鷹は言葉を続ける。
『その時は呆れはしたものの、なんとか及第点かと思っておったのだ……。だが我が子に救出されたことの詳細を尋ねると、なんと幼い男子に助けられたと言うではないか。あの家の子供は女子しかおらぬはず。ウォルトレイルではない部外者が我が子を救ったのかと、あの家のふがいなさを嘆いていたところで当代のトライアンが我が住まいまで謝罪にやってきてな。そこでお前のことを聞いたのだ』
トライアンは銀鷹との仲をこじらせることを危惧していたけれど、さっさと謝罪に訪れていたわけか。まあどうせバレるなら謝罪は早いほうがいいだろうね。
『まったく……。我と契約を交わした初代のウォルトレイルは見込みのある人間であった。それと比較して当代も悪くはないと思っておったのだが、どうやら我の目は曇っておったらしい。たしかに当代は若い頃、放蕩者と言われておったが、それでも我は――』
その後も銀鷹の愚痴が続く。会う前から面倒くさそうな生き物なんだろうなと思ってはいたけれど、どうやら予感は的中したようだ。愚痴ばかりで話が進まないので口を挟むことにする。
「あの、それでどうして僕に……?」
『おお、そうであったな。なに、用件は簡単なことだ。我が子に聞いたのだが、お前は浮遊の魔法を会得しているらしいな?』
銀鷹の目がギラリと光る。たしかにあの子供を助けるときに浮遊は散々使ったからね。知っていて当然だろう。
しかしそれをわざわざ尋ねてくるとか、もしかして空を駆け巡る鳥類的には縄張りの意識があったりするのだろうか? 俺は恐る恐る答える。
「はい、浮遊の魔法は使えますけど……」
『我が子が自分が雛の時よりも不格好な飛び方だったと笑っておってな。ウォルトレイルの尻拭いをしたお前に我からも褒美を与えねばならんと思っておったのだが、それなら我にも手助けができる思うのだ』
たしかに垂直に飛び上がるか、ふわふわ移動することしかできないけれど、あのフェルニルめ。せっかく助けてあげたってのに、ひどい言い草だなオイ。
でも手助けしてくれるというのには興味がある。一体何をしてくれるんだろう?
「異世界で妹天使となにかする。」第二巻の発売日が来年2月10日(水)と決定いたしました!
つきましては書籍の情報等を公開いたしますので、是非とも活動報告をご覧くださいませ!
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