340 フェルニル
瓦礫を飛び越え、俺と並走するリアが周辺に目を凝らしながら尋ねる。
「マリー様、この通路は……!?」
「隠し通路だね。どうやらこの先にダルカンはいるようだよ」
「なるほど……。たしかにいつまで走ってもダルカンに追いつかないのなら、隠し通路の可能性を考えるべきでした……。それに気づいて折り返すや否や、すぐさま隠し通路を見つけるだなんて、さすがはマリー様ですわ!」
リアは感心したように手を合わせると瞳を輝かせた。自分のことなら得意げな気分になるところだけれど、これはニコラの手柄なのでさすがに居心地が悪い。
「あははは……」
俺は愛想笑いを浮かべながら尊敬の眼差しを向けるリアから顔をそらし、通路をひた走ることにした。リアもコケないうちに前を向いて走ろうね。
しばらく走ると通路の先に部屋の入り口が見えてきた。俺たちは入り口付近で一旦止まり、慎重に中へと足を踏み入れる。
その場所は地下にあるにしては不釣り合いなくらいに広く、天井の高い空間だった。周辺には木で作られた大きな的や人体を模したボロボロの彫像が並び、壁際に置かれた壺の中には、たくさんの杖が詰め込まれるように立てかけられているのが見える。
シュルトリアで似たような場所を見たことがあった。トーリの魔道具実験場だ。ここもおそらく同じような用途で使われているのだろう。
元々ダルカンは魔道具屋の店主だし、もしかしたらこの地下の魔道具実験場がずっと以前に作られ、カティが囚えられていた地下牢はこの数年で作られたのかもしれない。そう思えるくらいには、この広間は使い込まれて年季が入っている。
そうして周辺を観察していると、ドタドタと足音が聞こえてきた。音がする広間の向かい側に顔を向けると、通路からダルカンが体を揺らしながら息も絶え絶えの様子で歩いてくるのが見えてきた。
ダルカンは俺たちに気づくと足を止め、手の甲で額の汗を拭う。
「ぐひぃ、ぶふ、ぶはぁ~っ……。ど、どうやら隠し通路を見つけて追いかけてきたようですが……残念ながら間に合わなかったようですねえ?」
全身汗まみれの濡れガエル状態だが、その顔にはまだまだ余裕がありそうだ。その余裕の源はダルカンの後ろに控えるモノにあるのだろう。薄暗い通路でよくは見えないけれど、それはダルカンよりも圧倒的な存在感を放っていた。
「まだまだ幼鳥ですが、その戦闘力はなかなかのものですよ? ぐふふふ……」
俺たちに紹介するようにダルカンが体をのっそり横へとずらすと、背後に控えていたシルエットが広間の照明で明らかになった。
胴体の大きさは大型犬くらいだろうか。鋭いくちばしと銀色の翼が印象的な鳥の魔物だった。銀の翼を折り畳んだ怪鳥は、伺うようにこちらにくちばしを向け――
「泥玉」
俺は即座にダルカンに向けて泥玉を撃ち込んだ。ニコラの言っていた「一緒にいる変なの」とはあの怪鳥のことだろう。それが戦闘体勢に入るよりも、さっさと飼い主を倒したほうがいいよね。
バリンッ!
だがマイヤがダルカンを攻撃した時にも聞こえた音が広間に響き、泥玉が弾け飛ぶ。そうじゃないかと思っていたけれど、おそらくたくさんの護符をその太い体に装備しているのだろう。
「ぐふふっ、そんなもの私には効きませんよ? ほおら、ごらんなさい……私が金をつぎ込み作り上げた、この大量の護符をっ!」
ダルカンは大きな腹を突き出しながら上着の前を開くと、そこには俺の持っている銀鷹の護符とは形が違うが護符らしい物が、まるで腹巻きのように幾重にも巻き付けられていた。ダルカンは自慢げに薄い眉を上げ――
「泥玉」
バリンッ!
「ぶほっ!?」
「泥玉」
バリンッ!
「ぶふふ、子供ながらに大した魔法だとは思いますが……」
「泥玉」
バリンッ!
「む、無駄だと言っているでしょう!」
「泥玉泥玉泥玉」
バリバリバリンッ!
いやいや、護符もいつかは無くなるだろうし、無駄ではないよね? バリンバリンと音が鳴るのも少し気持ちよくなってきたし、やっぱりストレスが溜まっているのかな? どうして俺はこんなにもストレスを抱えているのだろう。
俺が絶え間なく泥玉を連打していると、顔を真っ赤にしたダルカンが叫ぶ。
「ええいっ! これだから空気の読めない子供は嫌いなのです! フェルニル!」
「クルゥゥゥゥウッ!」
フェルニルと呼ばれた銀翼の怪鳥はダルカンと入れ替わるように前に飛び出し、翼を広げて甲高い鳴き声を上げた。その声に反応したかのように俺の撃ち込んだ泥玉が怪鳥の手前で弾け飛ぶ。
「やれやれ、高価な護符を無駄に消費してしまいましたよ。これは少々痛い目にあわせて教育してさしあげる必要がありそうですねえ……ぐっふっふ」
フェルニルの陰に隠れたダルカンがいやらしく笑う。それにしても今の現象は……。俺が手を止めフェルニルの様子を伺っていると、リアが小声で呟いた。
「マリー様、あの銀の鷹……フェルニルは我がウォルトレイル伯爵家が代々祀っております守護鳥ですわ。その神聖な鳴き声と美しい銀の羽根には、危険から身を守る加護の力が宿っておりますの」
「えっ、あの鷹が例の守護鳥なの? ってことは、もしかして……」
「はい。フェルニルの羽根はわたくしやマリー様が持っておられる銀鷹の護符の媒体にもなっております」
リアは痛ましいものを見るように顔を歪め、フェルニルに視線を投げかける。
「ダルカンの言うとおり、あの子はまだ幼鳥のようですわ。きっとフェルニルの巣から盗み出し、親鳥から引き離して魔道具で無理やり言うことを聞かせているのでしょう。そのうえあんなに羽根をむしり取られて……なんて可哀想……」
リアの視線の先で威嚇するように翼を広げたフェルニルの羽根は、たしかにところどころがボロボロの櫛のように抜け落ちているようだった。護符の材料として無理に採取されているのだろう。
俺が手を止めたのを怯えたと見たのか、ダルカンが上機嫌にニンマリと笑う。
「ぐふふふふ、まったく最初からそうやって大人しくしていればよかったものを……。しかぁし! 教育はまだ始まっていませんよ? さあフェルニル、あの小娘を痛めつけてやりなさい!」
「クルルルルルルル!」
ダルカンが命令と共に手を大きく振ると、フェルニルは鋭い眼光を俺に向けたまま力強く羽ばたき、高い天井すれすれまで舞い上がった。
本小説のコミカライズ版となる「異世界で妹天使となにかする。@COMIC」がニコニコ静画内にて10/12(月)公開予定となりました!\(^o^)/
なんともう来月です!詳しくは下記のURLからご覧くださいませ!
https://info.nicomanga.jp/entry/2020/09/24/110152