339 こいつ直接脳内に
突然のニコラからの念話に俺は足を止めた。急に立ち止まった俺を見てリアが眉をひそめるが、今は念話に集中しよう。
『ニコラ!? なんだか声が途切れているけど、一体どうしたの?』
ニコラがどこにいるかは知らないけれど、離れた場所にいることには違いない。距離と念話の質が関係しているのだろうか?
と思いきや、けろっとした声でニコラが答える。
『……あーすいません。雰囲気も大事かと思いまして、ちょっとやってみたかっただけです。……まあ、この距離での念話は初めてですし、届かない可能性もあるかなー? とは思いましたけど』
『普通に話せるんかい。はぁ……それで、今どこにいるの?』
『私はセリーヌと一緒に、ダルカン邸を囲んでいる兵隊さんたちの近くにいますよ。指揮を執る領主さんの護衛役にセリーヌが雇われましたので、私はこんなこともあろうかとセリーヌにくっついてきてた次第です。領主さんには難色を示されるかもと思ったんですけど、あっさり許可を出してくれましたよ。なんだか見透かされているようで、私も苦手ですねーあの人』
てっきりセリーヌやニコラは城で留守番をしているのだと思っていたんだけど、そういうことになっていたのか。
『それで、わざわざ念話をくれたってことは、なにか用事があるんだろう?』
俺は淡い期待を込めてニコラに尋ねる。ニコラからの返答は俺の思ったとおりのものだった。
『ずっとお兄ちゃん周辺の感知をしていたんですけど、一人だけお兄ちゃんから逃げるように離れていく気配があったんです。それを追いかけていたお兄ちゃんが見当違いの方向に進んでいるようでしたし、ダルカンを見失ったんじゃないかと思って連絡しました。状況はそれで合ってますか?』
『うん、合ってるよ。食堂であれだけ啖呵を切っておいてコレなんだから、本当に情けないよ』
『あらら、ダメなお兄ちゃんですね。……とはいえ、こないだの野盗の時は私もちょっと、その、役には立ちませんでしたから、今回はビシッと決めてやりたいと思います。それじゃあ私の言うとおりに進んでくださいね』
『ありがとう、助かるよ』
『あーはいはい、感謝は後で食べ物でお願いします。それではまずは来た道を後退してください。お兄ちゃんたちは速度を落とさず真っ直ぐに移動してましたし、一本道だったんでしょう? きっと途中に隠し扉でもあるかと思います。ダルカンはそっちに逃げ込んだんじゃないですかね』
『さすがにあの体型で足早すぎ持久力ありすぎとは思ったけれど、そういうことか……』
何もない一本道だと思いきや、そんな仕掛けがあったとは。これは急いで戻らないといけない。
「リア、ダルカンはこっちにいないみたいだ。引き返そう」
「えっ、マリー様。突然無言になったと思ったら一体どういう――」
「とにかく今はついてきて欲しいんだ。戻るよ」
ここで詳しく説明している暇はないし、なによりニコラとの念話に関しては話せない。俺は自分の能力についてはさほど隠していない自覚があるけれど、念話は俺だけの能力ではなくニコラの能力でもある。
俺はリアの言葉を遮るように彼女の手を握った。そしてそのまま通路を引き返して走り始めると、当然リアからは困惑の声が上がる。
「あっ、あのっ、マリー様」
「ごめん、嫌だと思うけど今は説明している時間が惜しいんだ。少し我慢しててね」
「い、いえっ! 驚いただけで、嫌というわけではありませんわ!」
俺と並走しながらリアがはっきりと断言した。食堂での言い争いを思えば、ずいぶんと態度が軟化してきたみたいだ。きっと魔道具を破壊したことで、実力を認めてもらえたことが大きいのだろう。
この際だ。我ながらズルいとは思うけれど、今のうちに言っておきたいことがあった。
「リア、あの……食事の席ではごめんね? 僕は少し言い過ぎたと思う」
俺の言葉にリアはきょとんと俺を見つめた後、戸惑いがちに瞼を伏せた。
「いえ、わたくしの方こそ今となっては恥じ入るばかりです……。マリー様のお力も測れずに、大変失礼な物言いをしてしまいました」
「それは別に気にしないでいいんだけど……。それじゃあ許してくれるかな?」
「ええ、もちろんです。わたくしもマリー様には謝罪をしたいと考えておりました。どうかわたくしの謝罪も受け入れてくださりませんか……?」
「うん、もちろん。それじゃあこれで仲直りってことで」
「ふふっ、仲直り……。わたくし、仲違いをしたのも仲直りをしたのも、初めての経験ですわ」
リアが照れたように笑うと、お互い強く握りあっていた手が少し柔らかく解ける。
どうやら俺の中ではモヤモヤしたものが残っていたらしく、謝れたことで胸のつかえが取れてすっきりしたような気分だ。これでガマガエルのおっさんを追いかけている最中でなければ、なお良かったんだけどね。
その時、ニコラから念話が届いた。
『――っと、そこっ! その辺です。なにか不審な所はありませんか?』
俺は足を止め、握っていた手を離す。リアが握っていた手をさすりながら何かを言いたげな顔をするが、それよりも隠し扉だ。
周辺の壁を近くで調べてみると……。うん? 土魔法で舗装されたのっぺりとした壁なのに、よく見るとここにだけ継ぎ目が見えるな。ここで間違いないだろう。
「リア、少し下がって」
隠し扉には鍵が必要なのか、侵入者を防ぐ仕掛けがあるのか、何もわからない。ここは手っ取り早くいこう。
「石弾」
壁から距離を取った俺は九つの石弾を宙に浮かべ、怪しい壁に向かって全力で撃ち込むと――
ドガンッ! とトラックがブロック塀にぶつかったような音が響き、思った以上に脆かった壁は一瞬で瓦礫の山へと変わった。
……うーむ、最近は非殺傷魔法の泥玉ばかり撃っていた気がするけれど、やはり石弾をぶっ放すのはスカッとして気持ちがいい。城での生活で色々とストレスも溜まっているのかもしれないな。
俺がもうもうと舞い上がる砂煙を見つめていると、同じように砂煙を見つめながらリアが俺に尋ねる。
「マ、マリー様……。今のが石弾ですの?」
「うん、これにはちょっと自信があるんだ」
「そ、そうですの……。私の知っている石弾とはかなり勝手が違いますのね……」
以前セリーヌもそんなことを言っていたな。未だに自分以外に石弾を撃っている人を見たことがないのでいまいちピンと来ないけど。
そんなことを思い出しながらしばらく砂煙が収まるのを待っていると、次第に瓦礫の向こう側に通路がまっすぐに伸びているのが見えてきた。やはりここが隠し通路らしい。さっそくニコラに連絡だ。
『ニコラ、通路があったよ』
『ふふり、さすがは私ですね。その通路をまっすぐ進むと、その先にダルカンがいるはずです。なんか変なのも一緒にいるみたいですが……』
『変なのってなんだよ。嫌な予感しかしないんだけど』
『そこまでは私にもわかりません。まあ、健闘を祈っておきますね。せいぜいリアにいいところ見せてあげてください』
『はあ、わかったよ……』
ニコラの感知もそこまで万能ではないのだろう。事前に心の準備ができるだけマシといったところだ。
『あと、それから』
『ん、まだ何かあるの?』
『――ファミ○キください――』
『そうか、ありがとな。じゃ、また後で』
俺は念話を打ち切ると、リアを引き連れて隠し通路へ向かって駆け出したのだった。




