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332 ウォルトレイル伯爵令嬢リアーネさんの話

 まったく、まったく、まっっったくなんですの! あの無礼な男の子は! 仮にもわたくしはトライアン・ウォルトレイルが長子、リアーネ・ウォルトレイルですのよ! あのような態度、とても許せるものではありませんわ!


 わたくしは苛立ちを抑えることができずに両手を強く握りしめると、マルクさんが引きずられていった食堂の扉を睨んでしまいました。ほんとにっ、ほんとにっ、こんなに腹が立ったのは生まれて初めての経験ですわ! 


 そもそも、どうしてお父様は彼をここまで気に入っておられるのでしょう。たしかにわたくしの知らない知識をお持ちになり、魔法もお上手なことは認めます。


 けれどそれは、たまたま旅人から珍しい料理の調理法を聞き取っていたり、多少(こま)やかな魔法の操作が得意というだけではないのでしょうか。


 それなのにお父様ときたらファティアの町の視察から戻ってきてからというもの、ことあるごとにあの子の話。ついには私と彼が恋仲になってくれたら面白いとまで言い出したのです!


 もちろん、ご冗談がお好きなお父様です。本心であるとまでわたくしも思ってはおりません。けれどもその言葉は、わたくしの心を深く揺り動かしました。


 お父様はよく「恋愛を楽しむのは人生において大切なことだ」とおっしゃります。いずれ婿を取る際には、わたくしの好きになった人で良いとまでおっしゃってくださりました。


 そんな恋多きお父様の昔話は普段からよく聞かされております。たまにお母様以外のお話が混ざるのは(しゃく)(さわ)りますけれど……それでも昔話を語るお父様の楽しそうなお顔を見ていると、お父様の言うことも一理あるのだろうと思います。


 ですがわたくしが恋愛を楽しむことはないですし、その必要もありません。なぜならわたくしにとって一番大切なことは、お父様が大変な苦労をなさってお継ぎになられたこのウォルトレイル領を、盤石なものにして次代へと受け継がせてゆくことだからです。


 ――ウォルトレイル家では直系の不幸が重なり、三男のお父様が当主となりました。しかしそれは親戚筋に(ねた)みや反感を抱かせ、その結果、大変な軋轢(あつれき)を生じさせたとお祖父様から聞いております。その火種は未だ(くすぶ)っており、決して盤石とはいえない。それがこのウォルトレイル家なのです。


 領民のために日々頑張っておられるお父様が、どうして身内から足を引っ張られなければならないのか。そういった(やから)からこの領土を守り、領民が安心して暮らせる領土にしていくためには、どうすればいいのか――


 そこでまずわたくしが考えたのは有力貴族との婚姻でした。伯爵領の婿ともなれば喜んで立候補する貴族もいることでしょうし、有力貴族と友誼(ゆうぎ)を結べば親族も簡単には口を挟めなくなるはずです。


 しかしそれが同時に新たな災いを招き入れることにもなりかねないことにも、すぐに気づいてしまいました。身内ですら一枚岩でない貴族が治める領土。それはさぞかし美味しく見えることでしょうから。


 もちろん手を挙げる貴族の中には、ウォルトレイル領の繁榮を願ってくださる方もおられるかもしれません。ですが信頼のおける人物なのかどうか、それを婚約に至るまでに判断するのはとても難しいですし、婚約してからやはりこの方では駄目だと婚約破棄ができるはずもありません。


 そうなるとわたくしに残された手段はひとつ。自分のこの目で優秀だと思える人材を探し出し、その方を婿に迎えて共に領土を盛りたてていく――これしかないと思いました。


 幸いにも優秀な人材と出会う機会がわたくしにはありました。十三歳から入学することが決まっている王立学園。そこで優秀な成績を収めることは、他の優秀な人材との知己を得ることに繋がるでしょう。


 そこでわたくしの意に沿った殿方を見つけ、後はわたくしがその方を射止めれば……正直、その辺りはまだ自信はないのですけれど、そこはこれまでどおり努力を重ねるだけですわ。


 とにかく! ウォルトレイル領の未来のために将来を捧げる覚悟のあるわたくしが、ご冗談とはいえお父様が私と恋仲になどとおっしゃる町の子供に負けるわけにはいかないのです。


 たしかにお父様がお見せになった、マルクさんの作った石玉の精密さには目を見張るものがありました。けれども(ろく)に魔法の教育も受けていないであろう町の子を凌駕できなくてなにが貴族でしょうか。


 マルクさんはわたくしが乗り越えるべき壁の一つ。ただそれだけ。それ以上でもそれ以下でもないのです。


 ――ふうっ……。思索に没頭している間に、体中をぐるぐると駆け巡っていた怒りの熱は冷めてくれたようです。


 それにしてもマルクさんは遅いですわね。潜入のための変装をすると伺っておりますけれど、いつまでかかっているのでしょうか。


 わたくしは体に残った最後の熱を吐き出すように、大きくため息をつきます。するとそれに気づいたニコラちゃんが、わたくしの顔を見てにこりと笑いました。


 くうううううう! かわいいっ! かわいすぎますっ!


 そう、絶対に負けたくはないマルクさんですが、こればかりはわたくしでも(かな)うまいと思うことが二つだけあります。


 一つは双子の妹ニコラちゃんの存在。


 とにかくとてもかわいい、そしてとても美しいのです。それはわたくしが今まで見てきたどの人物よりもはるか上を超えていき、見目には多少なりとも自信のあったわたくしも、ニコラちゃんを見た瞬間に我を忘れて夢中になるほどでした。


 ちなみにその兄にあたるマルクさんもお顔は整っている部類に入るとは思いますけど、お父様が趣味で集めさせた我が城の使用人たちに比べると一段下がりますわね。


 そしてもう一点。


 ニコラちゃんの陰に隠れて、まったく気付いていなかったマルクさんを初めて拝見した時のことなのですが……。わたくしの審美の魔眼で捉えた彼の力の波動は、これまで見た誰よりも美しいものでした。


 それはニコラちゃんの波動にとても似ており、双子であるというのは疑う余地のないものでした。しかしそれだけに留まらず、魔眼が捉えた彼の姿はニコラちゃんよりもさらに神秘的で、例えるならばその姿はまるで――いえ、よしましょう。


 『審美の魔眼は魔力や魂のありかたを捉え、それを自分のイメージとして変換し視認するだけのもの』そのようにお父様から伺っております。


 お父様とわたくしでは同じ人物を見ても、同じようには映らないといった不確かなものなのです。あれやこれやと論じたところで意味はありません。


 審美の魔眼を止めてありのままに見た彼は、お忍びで町を出歩くときに見かけるような、ごくごく普通の男の子でした。その男の子から()()()()()印象を思い浮かべるだなんて、わたくしのギフトもまだまだ研鑽していかねばいけないようですわね。


 ――そのようにわたくしが決意を固めたところで、扉からノック音が響きました。マルクさんがようやく戻ってきたようです。


 ニコラちゃんがニヤニヤと口元を緩め(そのお顔もかわいい!)、お父様が待ちきれないといったように目を輝かせています。お父様が軽く頷いてみせると、使用人が静かにドアノブに手をかけました。


 音も立てずに扉が開くと、そこにはマルクさんと思われる人物がうなだれるように(うつむ)きながら立っておりました。


 どうやらわたくしが変装して出歩く際にたまにつけるウィッグ、それと衣服も身にまとっているようです。もちろん女性用ですから、少し見つめた程度ではマルクさんとはわからないでしょうけれど、女装とはあまりに安直すぎて少々呆れますわね。


 後ろのマイヤに背中を押され、俯いていたマルクさんが顔を上げて前へと歩き始めました。その時、さきほど魔眼のことを考えていたせいか、わたくしはその姿を魔眼で捉えてしまったのです。


「……っ!」


 思わず息を飲み込みました。


 魔眼を通して視た彼には神々しいまでに光の帯が降り注ぎ、その身体からは神聖なる輝きが穏やかな水流のように揺蕩(たゆた)っています。そこまでは以前と変わりません。ですが、それに加えてお着替えをされたマルクさんの愛らしさたるや、それはもう……もうっ!


 わたくしは自分の頬が熱くなり、胸が激しく高鳴っているのを感じました。そして思わず声に出してしまったのです。


「天使様……!」


 先ほどは考えるのも(はばか)られた言葉でしたけれど、それ以外に彼を表す言葉がわたくしの頭の中には存在しなかったのです。


 そうして声を上げた瞬間、わたくしは天使様との邂逅(かいこう)を果たした歓喜と興奮に全身を打ち震わせたのでした。

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[一言] マルク、なんて事を、もう、助からないぞ!
[一言] まーたマルクさんが女の子引っかけてるよ・・・ 他はともかくとして貴族親子に目をつけられたらもう逃げられないねぇ・・・?
[一言] てかやっぱ名目上は監視下に置かれてるマルク達が潜入捜査に協力するのってなんか違和感あるな もう屋敷で大人しくしとけよって
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