321 都会のギルド
俺たちは歩いて庭園を抜けると、馬車ではなくそのまま徒歩で冒険者ギルドへと向かうことになった。
領都は城を中心に栄えており、冒険者ギルドもその中心部から少し外れたところにあるそうなので、徒歩移動でもさほど遠くはないとのことだ。俺としても、観光するならのんびりと歩きながらのほうがいいのでありがたい。
徒歩移動と聞いたニコラはまた買い食いをするつもりなのか、ピンク色のポーチから財布を取り出して残金をチェックしている。
だが思ったほど入ってなかったのか、ため息をついて財布をしまうと俺の方を見ながら物欲しそうに小首をかしげた。いや、小遣いはもうやらないからな?
庭園を抜けてからしばらくの間は、衛兵の詰所や訓練所など物々しい建物が続く。だが城門を通過して城を取り囲むように伸びている坂道をぐるっと下りると、領都の中央を貫く大通りが見えてきた。
そこには立派な邸宅やいかにも高級品を扱っていそうな商店などが軒を連ね、やはりここは領内で一番栄えている場所なんだと実感する。昨日は馬車の中で息を潜めていたので、ほとんど外を見れなかったからな。今日は思う存分観光したいところだね。
「うわあマルク、見てあのお店! すっごい金ピカだよ!」
俺と同じようにおのぼりさん丸出しのエステルが、遠くに見える金ピカの宮殿のような商店を指差す。
この世界でも金ピカ=成金趣味なのかは知らないけれど、なんとも趣味の悪い建物に見える。エステルは珍しい昆虫でも見つけたような顔ではしゃいでいるけどね。というか何を売ってる店なんだろう?
俺がその店のショーウィンドウに目を凝らしていると、外では自重しているのかセリーヌにくっついているニコラには近づかず、マイヤと並んで歩いているリアーネがエステルに声をかけた。
「エステルさん、でしたわね? あなたはどうしてお耳を隠されているのですか?」
やはり魔法に通じているリアーネにも、魔道具で耳を隠しているのは分かったらしい。突然話しかけられたエステルはあわあわとしながら答える。
「ひゃっ! あ、あの、リアーネ様! ボク、いえ、ワタクシは、その、ええっと……!」
まったく答えになっていなかった。コミュ障気味のエステルには貴族との会話はハードルが高いらしい。エステルは眉をハの字にしながら俺の方をチラッと見た。助けて欲しいってことだろう。
「リアーネ様。エステルは友達が少なく人付き合いが苦手なので、面倒事に巻き込まれないように目立つ長い耳を隠しているんです」
「わあっマルク! そのとおりだけど、言い方がひどいよ!」
「あはは、ごめんごめん」
助け舟を出した俺の言葉にエステルは口をぷくっと膨らませると、リアーネは俺の方を見ることなくねぎらいの言葉を送る。
「まあ……。せっかくかわいいお耳なのに残念ですわね。わたくし、エステルさんが一日でも早くお耳をお見せ出来るようになるよう祈っておりますわ」
「もも、もったいないお言葉ですっ!」
エステルは直立不動で返事をすると、くるっと前を向いてぎくしゃくしながら前進を始め、リアーネは話は終わりとばかりに俺たちから少し距離を取った。
俺はエステルの隣を歩きながら考える。……この際はっきりと認識しておこうか。俺ってやっぱり、リアーネに嫌われてるよね。
◇◇◇
さらに大通りを歩くと、ようやく庶民の生活感のあふれる建物がちらほらと見えるようになってきた。その中に一際大きい石造りの三階建ての建物が見える。今や見慣れたその看板ですぐに冒険者ギルドだと分かった。
ここには定番となっていたウエスタンドアはなかったが、今回もセリーヌは目を輝かせるエステルに先頭を譲り、エステルが満面の笑みを浮かべながら両開きの扉を押し開けた。
領都一と名高い冒険者ギルドの中は、さすがにこれまでのどの冒険者ギルドよりも広かった。だが壁に依頼書が貼られているのは他と同じようだ。
しかし今までのとは違い、どこか役所のような雰囲気がする。なぜそう感じるかはすぐに分かった。
ここには今までの冒険者ギルドと違い、飲食を提供するカウンターがないからだろう。食事をしながら笑い合う集団がいなければ、昼間から酒を飲んでるおっさんもいない。それだけでこんなにも雰囲気が変わるんだなあ。
「セリーヌ、ここって飲食は出来ないんだね」
「そうよう。これだけ人が集まる場所で食べたりくつろいだりされると、邪魔にしかならないからね」
たしかにここは今までに見た冒険者ギルドの中で一番の盛況ぶりだ。
ギルドの開店直後の時間は避けたはずなのに、未だに大勢の冒険者が壁の依頼書を眺めては、真剣な顔で相談したり冗談を言い合ったりしているし、食事があるわけでも無いのに、半分以上のテーブルは作戦会議中らしい冒険者パーティに使われて埋まっていた。
――そんな大勢の冒険者のうち、数人の視線はこちらに注がれているようだった。とりあえず入ってくる連中に視線を向けるのは冒険者ならではの習慣か何かなのかな。なんとなく居心地が悪い。
まあいい。また純真なエステルの仕草に毒気を抜かれるがいい――と、彼らの視線はエステルではなくその後ろに集中していた。セリーヌだ。すぐに彼らの声がこちらにも届く。
「お、おい、あれって」「セリーヌじゃないか」「戻ってきたのか」「ソロ好きがパーティ組んでるじゃねえか」「パーティじゃないだろ。ガキばっかりだし」「いや銀縁眼鏡かけてるのは結構歳が――ヒッ、なんだか寒気が……」
以前は領都を拠点にしていたらしいし、セリーヌはここではそれなりに有名人のようだ。だがセリーヌは我関せずといった様子で足を進めると、何列にも並んでいる受付カウンターの一番端に並ぶ。俺たちもそれに続いた。
すぐに俺たちの順となり、セリーヌは胸元からギルドカードを差し出す。
「個室でお願いできるかしら? 素材の売却をしたいのだけど」
「C級冒険者のセリーヌ様ですね。承知しました。お席でしばらくお待ちください」
既にセリーヌから聞いていたんだけど、この冒険者ギルドではC級以上は望めば個室で対応してもらえるそうだ。ちなみにファティアの町じゃ珍しかったC級冒険者も、領都ではそれほど珍しくはないらしい。さすがは都会である。
職員の指し示した椅子に俺たちはそろって腰掛け、しばらく待つことになった。周囲からは遠巻きにこちらを注目しているらしい視線を感じるけれど、話しかけてくる者は誰もいない。
しばらくすると職員に呼ばれ、俺たちは二階にある一室に通された。
中に入るとそこは中央に大きく頑丈そうな鉄製のテーブルが置かれただけのシンプルな部屋だった。テーブルはおそらく素材を置くのに使うのだろう。
そしてそのテーブルに手をつきながら、ニヤついた顔の中年の男が俺たちを待ち構えていた。
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