317 清き一票
リアーネはニコラから腕を離し、イケメン父親と同様に端整な顔立ちでしばらく俺をじっと見つめ――突然驚いたように口に手をあてた。
「まあっ、本当にそっくりですのね。もしかして双子さんなのでしょうか……?」
「あ、はい。ニコラの双子の兄です」
おや? 似ていないと言われることには慣れているが、似ていると言われるのには慣れていない。以前同じく似ていると言ったエステルについて、ニコラは気配や魔力を感じ取っているのではと推察していたけれど、これもその類なのだろうか。
俺の思案をよそに、ニコラが焦ったように声を上げる。
「ええっ? ニコラとってもやさしくて頼りになる双子のお兄ちゃんがいるって、リアちゃんにたくさん言ったよ!? マルク、マルク、マルクお兄ちゃんです。マルクお兄ちゃんをどうかよろしくお願いします!」
ニコラが選挙カーのように俺の名前を連呼する。どうやら部屋に連れ込まれている間も俺に興味を持つように仕込んでいたらしい。
もちろんニコラが俺を過剰に褒めているのは、シュルトリアで少年たちに囲まれたときのように面倒事を俺になすりつけたいからだろう。持ち上げられてもまったく嬉しくはない。
必死に俺をアピールするニコラに、リアーネが頬に手をあてて首を傾げる。
「あら、そうだったかしら? ニコラちゃんのかわいいお声を聞いているだけで夢心地だったものですから、内容は頭に入ってなかったのかもしれませんわね。うふふっ、今もニコラちゃんのちょっと取り乱したお声を聞いてゾクゾクしていますもの♡」
「ヒッ……そ、そうなんだ……」
ニコラは恍惚顔のリアーネから慌てて距離を取り、鳥肌でも立ったのか腕をさすっている。そんなニコラの様子をひとしきり愛でたリアーネは、再び俺に視線を戻す。
「ニコラちゃんのご兄妹ということはファティアの町にお住みなんですよね。そしてお父様のお知り合いということは、もしかして……」
リアーネが俺の瞳を覗き込むようにまじまじと見つめる。するとトライアンが種明かしでもするように得意げに答えた。
「そうだよ、リアーネ。ファティアの町に視察に行った時に、石玉をお土産に渡しただろう? アレを作った子がこのマルクだ」
「あの石玉の……。そう、そうでしたのね……」
トライアンの言葉にリアーネが独り言のように低い声で呟くと、それまでの表情を一変させ、眉根を寄せて不機嫌そうに俺をじっと見つめた。
そんな顔をされるような覚えはない……と言いたいところだけれど、どうやら俺が作った石玉がリアーネへのお土産となったようだし、そういうことなら分からないでもない。
長期出張から帰ってきた父親のお土産が石玉だもんね。そりゃあ恨み言の一つも言いたくなるものだろう。そう考えると、あの顔つきも納得……いやいや、プレゼントにしたのは俺じゃないし、やっぱりとんだとばっちりだよ!
――なんて焦ったものの、険しい表情は一瞬で消え失せ、何事もなかったかのようにリアーネはにこりと微笑んだ。
「わかりましたわ。明日以降、わたくしも皆様にご同行させていただきます。よろしいかしら?」
その表情はとても柔らかく愛らしい。さっきのは俺の見間違いだったのかな? ……まあいいや、藪はつつかないに限る。それよりも同行の件だ。明日は冒険者ギルドを見学したり素材を売ったりする予定だったんだけど……。
「あの、ウォルトレイル伯爵様。私たちは明日、冒険者ギルドに行く予定なんですが、構わないのでしょうか? 少々お行儀がよろしくない連中も出入りしておりますけど……?」
恐る恐るセリーヌが尋ねると、トライアンは快活に笑った。
「ははっ、私も以前は通っていたクチだからね。自分が良くて娘はダメなんて言うつもりはないさ。当然君たちの邪魔にならないように後で言い聞かせておくし、娘の護衛もこちらでするから気にしないでいい」
「そういうことでしたら……」
セリーヌが了承すると、リアーネはポンと両手を合わせて大喜びだ。
「まあっ、ありがとうございます! ふふっ、ニコラちゃんっ! 明日は一緒にお出かけですわね!」
「うんっ、ニコラもリアちゃんとお兄ちゃんと一緒にお出かけできるなんてうれしいな! お兄ちゃん、楽しみだね! お兄ちゃん!」
さりげなく俺を巻き込むことを忘れないのはさすがである。でもリアーネの俺に対する第一印象はよくない気がするし、無駄な努力だと思うよ。
女児ふたりがキャッキャと話し合うのを横目に見ながら、俺は食事を再開した。ちなみに食事の席で一言も言葉を発していないエステルは、一人幸せそうにもくもくとステーキを食べていたよ。正直うらやましい。
◇◇◇
夕食を食べた後は明日まで自由時間となった。夕食の間にこちらからも色々と尋ねたのだが、どうやらこの城には来客用の大浴場があるらしい。
領都での入浴を諦めていた俺だったが、一転してお貴族様の大浴場を体験するという、めったにない機会を得ることができたのである。
お貴族様の浴場ともなると、それはとても豪華な物だと思う。自作風呂の機能はともかくデザインが微妙すぎると感じていた俺にとって、その経験は今後のお風呂ライフの発展にきっと役立つことになるだろう。
夕食を終えた俺は食休みもそこそこに、さっそく大浴場に行ってみることにしたのだった――。
「う~~お風呂お風呂」
今、お風呂を求めてテクテク歩いている俺は、教会学校に通うごく一般的な男の子。強いて違うところをあげるとすれば、魔法の訓練に興味があるってとこかナ――。名前はマルク。
そんなわけで伯爵城にある大浴場にやって来たのだ。
更衣室で服を脱いだ俺は、すりガラスがはめこまれた引き戸を空けて浴場に入った。もくもくと湯気がけむる浴場内。果たしてお貴族様の風呂とはどんなものなのか。俺は期待に胸を膨らませて中に足を踏み入れ――。
ふと見ると、浴場内の長椅子に座る、一人のシルエットが見えた。
「やあマルク」
晴れ晴れとした声と共に湯気が薄れる。そこにはにこやかに笑みを浮かべるトライアンが座っていたのであった。もちろん全裸で。




