309 高級ドリンク
ランドタートルの解体作業はエステルも一緒に行い、あっさりと終わった。彼女も亀の解体は初めてだったらしいが、セリーヌから色々と教わりながらコツを掴み、サクサクと解体していく手際は見事なものだった。
ちなみに貴重な実技訓練の場ではあったのだけれど、俺はそれをすべてエステルに譲ることにした。
なぜかというと獲物の解体にはそれなりの技術が必要で、上手く解体できれば冒険者ギルドで売っぱらうときに解体の手数料分が浮くものの、逆に下手に解体してしまうと売値が下がることもあるらしい。
そもそも解体には腐敗の進行を遅らせたり、大きな荷物にならないように高価な部分だけを持ち運ぶという側面もある。それならアイテムボックス持ちの俺は無理に解体しないほうがいいように思えたのだ。
もちろん不要な知識ではないので、じっくりと見学はさせてもらったけどね。グロに慣れればなかなかの見応えだった。
そして解体が終わり食事の時間だ。冬の寒空の下ではあるけれど、今夜は野外バーベキュー。コンテナハウス内に肉の脂や臭いが付くと色々大変なので仕方ない。代わりに土魔法で周囲を風除けの壁で囲ったので、それほど寒くもなさそうだ。
今テーブルの上には、裏返しにしたランドタートルの甲羅がドンと鎮座している。甲羅はトレイ代わりに利用され、中には切り分けられたランドタートルの肉がこんもりと盛られていた。なんともワイルドなことだね。
甲羅はトレイとして使い終わった後、やはり冒険者ギルドで売っぱらう予定らしい。金欠疑惑のあるセリーヌはさっきからずっとホクホク顔だ。
俺はアイテムボックスから金網と炭を取り出し、土魔法で作ったバーベキュー台にセットした。この辺の作業はもうシュルトリアや旅の道中で何度もやっているのでお手の物だ。
金網の上でランドタートルの肉がジューッと音を鳴らすのを聞きながら、ふと気になったことをセリーヌに尋ねた。
「ねえセリーヌ、ランドタートルの甲羅とか血ってどれくらいで売れるの?」
セリーヌは樽からエールをコップに注ぎ終えると、顎に指を添えながら答える。
「んー、そうねえ……。前に狩った時は甲羅が金貨十枚、血が金貨二十五枚だったかしら?」
「えっ、血の方が高いの!?」
「そうよう~。お貴族様がこぞって購入するらしいわ」
なるほど。貴族が購入ってことになると、やっぱり精力剤的な使われ方をされてるのかもしれないな。なんといっても前世にはない魔物由来のものだし、スッポンなんかよりもずっと効果がありそうだ。
なんてふうに俺が一人で納得していると、一瞬ニコラの目が怪しく光り、直後にセリーヌに向かっていつもの無邪気――に見える笑顔で問いかけた。
「……ねえねえセリーヌお姉ちゃん。どうしてお貴族様が魔物の血なんかを買うの~?」
「ん? 精力剤として効果が――あっ、いやそのね」
やっぱり精力剤らしい。だが明らかに狼狽え始めたセリーヌにニコラは追撃を加える。
「せいりょくざいってなあに?」
「えっ、えっと、それは――その、アレよ! 元気になるお薬?」
「お貴族様は元気がないの? お医者様じゃダメなの?」
「ええと、その、元気は元気なんだけどね? 体の一部……いや、えーっと――」
どう考えてもニコラのセクハラだと思うが、そうとは知らないセリーヌは挙動不審になりながらも、なんとか説明しようと頭を働かせている。面倒見のいいところが変に出ちゃってなんとも不憫だ。
ちなみにエステルは解体を教えてもらっていた時のように、知識を吸収するべく目を輝かせながらセリーヌを見つめていた。そういう知識じゃないと思うよ……。
「はぁはぁ……体の一部ってどこなの~?」
「その、あの、えっとね――」
「――ウォッホン! おおっ、肉が焼けたようだぞ! そろそろ食べないか!?」
見かねたギャレットが声を上げる。セリーヌは九死に一生を得たような安堵の表情を浮かべ、すぐさま助け舟に駆け込んだ。
「んんっ! そうね! ほらほら焦げないうちに食べましょ! とても美味しいんだからね! んふー! いい匂い!」
セリーヌはテンションアゲアゲでテーブルに置かれていた皿を俺たちに手渡したり、ソースを用意したりとテキパキ働きだした。
正直白々しい気もするけれど、エステルは何かを察したようで顔を赤らめて俯き、つっこむものは誰一人いなかった。
『ニコラ……。言葉責めはもう止めなよ?』
俺がじろりと見つめながら念話を送ると、ニコラは満足げに深く頷いた。
『ええ、ええ。十分いいものを見させてもらいました。この辺が頃合いでしょうフヒヒ。……おや、思っていたよりもいい匂いがしますね』
そう言ってクンクンと鼻を鳴らす。しかし食べようとはせず、俺の方をチラッと見ただけだ。はいはい、わかったよ。俺が毒味すればいいんだろ。
「それじゃあ食べるねー」
俺は金網からいい具合に焼けたランドタートルの肉をフォークに突き刺し、皿の上のソースをつけることにする。
ちなみにソースはエステルの両親から餞別として何につけても美味しい、さっぱりオニオンソースとこってりトマトソースの二種類を貰っている。まずはオニオンソースをつけて口に運んだ。
「はむっ」
――むむ、棲んでいたところが湿地帯だったし、多少は泥臭さを覚悟したんだけれど、そういう雑味はなく淡泊な味わいだ。
しかし食べていくうちにどんどんと旨味が湧き出るような不思議な感覚がある。これが魔素の影響なんだろうか。それにこのプリプリとした食感も病みつきになりそうだ。やはり魔物の肉は一味違う。
『ニコラこれ美味し――』
隣を見ると、俺の表情を見てイケると判断したのか、既にニコラはパクパクと口の中に肉を放り込んでいた。いや、別にいいんですけどね。俺もニコラは放っておいて食事を楽しむことにしよう。
「いやあ本当にうまいな! まさか野宿でこんないい肉が食べられるとは」
ギャレットの言葉に、落ち着きを取り戻したセリーヌが胸を張る。
「ふふ、感謝してよ? ランドタートルのお肉は高級食材なんだからね」
「んくっ……。冒険者になったら毎日こんなお肉が食べられるの?」
エステルが美味しそうに顔を綻ばせながら肉を飲み込み、セリーヌに尋ねた。
「いやーさすがにそれは無理よ。今日は本当に運が良かったわね」
「そっかー。ありがとね、セリーヌ」
「どういたしまして。……ってあら、ニコラちゃん!?」
「ふぐぐっ……!」
セリーヌの声に隣に目を向けると、ニコラが肉を喉に詰まらせて真っ赤な顔で胸を叩いていた。そりゃあれだけ肉を頬張って食い続ければこうなるだろう。
セリーヌは慌てて水の入ったコップを差し出すと、ニコラは涙目で受け取り水を一気に喉に流し込む。
「ごくっごくっ……ぷふうっ! はーはーあー……。あ、ありがとうセリーヌお姉ちゃん……」
「もう、あんまり急いで食べちゃだめよ~? お肉はまだたくさんあるんだから、ゆっくり食べるのよん?」
「はーい、ごめんなさい……」
しゅーんと眉を下げたニコラの頭を、セリーヌはポンポンと撫でるのであった。それを見て俺はニコラの脇腹をつつきながら念話を送る。
『セリーヌをからかった天罰が当たったな』
『少しは反省しますけど、天が人の行いを見て罰を与えるなんてナンセンスにも程がありますよ』
ぷいっとそっぽを向くと、ニコラは食事を再開した。さすがに今度はゆっくりもぐもぐと食べている。少しは大人しくなればいいと思ったけれど、元天使の言葉は説得力がありすぎて困るね。
◇◇◇
バーベキューも終わり、最後は後片付けだ。後片付けといっても、金網を水魔法で濯ぐくらいで、土魔法製の食器やテーブルは俺が掘った穴に放り込み、土に戻して埋めるだけなのであっさりと終わった。
土魔法製食器は洗えば何度も使えるけれど、土魔法の練習で作りまくってはアイテムボックスに貯め込んでいるお陰で、在庫はいくらでもあるのだ。洗って乾かして~の手間のほうが面倒くさい。
「……なあセリーヌさん。手練れの冒険者というのは、みんなこうなのか?」
後片付けを見学していたギャレットが俺を顎で指し示すと、セリーヌが甲羅を丁寧に水洗いしながら首を軽く振った。
「まさか。マルクが特別なのよ。こんなにすごい子、今まで見たことないわよ。ギャレットさんもわざわざ言いふらしたりはしないようにね~?」
口調は軽いが目だけは笑っていない。そんなセリーヌの言葉にギャレットは肩をすくめる。
「ああ、わかっている。大人がかかわると坊主にとって煩わしいことにしかならないだろうからな。子供は伸び伸びと育てるに限る。……なんて、俺は伸び伸びと育てすぎて子供にも女房にも逃げられたけどな!」
そう言ってガハハと笑った。いや、全然笑えないんですけどね。




