307 領都まで道のり
トルフェの町を出発して二日目。領都までの道のりは今のところ何事もなく快適だ。これまでの悪党とのエンカウント率がおかしかっただけで、これが普通のはずなのだ。普通って素敵だね。
昨夜の野宿にはもちろんコンテナハウスを使った。ティオが丹念に掃除してくれたお陰で、砂まみれだった床はキレイキレイに。土足禁止のスリッパ生活が復活した。
そんな俺ご自慢のコンテナハウスに是非ギャレットも宿泊して欲しかったんだけれど、アイテムボックスからコンテナハウスを取り出して腰を抜かした後、普段から慣れた馬車のほうがいいと宿泊を固辞されてしまった。
以前はカズールにも宿泊を断られたし、なにげに男性陣にコンテナハウスが不評な気がする。やっぱりコンテナハウスの女性率の高さが問題なのだろうか。部屋割は土魔法で組み換え自由だし、そんなに気にしなくてもいいのにね。
――とはいうものの、俺だって仮に前世で似たようなケースがあったとしたなら断ってたかもしれない。女性ばかりのグループでも気にせず参加できるようなコミュ力や積極性があったなら、前世で独身のままで死んだりしなかっただろう。
……そういや身体が育ってないせいか、いまいち恋愛方面には意欲が湧かないけれど、今生の俺って結婚出来るのかな――
「今日はこの辺で野宿にするぞ」
御者台のギャレットの声に、俺は思考を中断して顔を上げた。俺の向かいの座席では、セリーヌが腰を曲げながら手を伸ばして風避けの垂れ幕を押し上げ、外の様子を伺っているようだ。自然と大きな尻を突き出すような形になるので、隣席のニコラが大変良い顔を浮かべている。
「ふぅん。やっぱりこの辺になるのね」
そう言ってセリーヌが垂れ幕を上に巻き付ける。すると途端に締め切られていた馬車の中に冷たい風が吹きこんできた。
その寒さに首を縮めながら外を眺めてみると、目の前には果てしなく続く街道が伸びており、そこから少し外れた所には夕暮れの日差しを浴びて鮮やかな赤色に染まる湖が見えた。
ギャレットが馬車を停止させ、嘆息混じりに口を開く。
「まあ、ご覧の通りだ。風通しが良すぎてここいらで冬の野宿は辛いんだが、ここより先はゴブリンが棲息している森に近くなるからな。野宿するならここの方が幾分かマシだろうさ」
「別にここで問題ないわよん。……いや、むしろここが丁度いいわね。マルク、エステル、ニコラちゃん、外に出るわよん」
何かを思いついたらしいセリーヌに従って馬車を降りると、御者台からギャレットが声をかけてきた。
「あー、坊主。すまんが今日もアレ、やってくれると助かるんだが……」
「いいよー」
俺は土魔法を発動させると、昨日と同じように箱型の厩舎を作った。簡単な風避けくらいにしかならないけれど、こんな吹きさらしの場所ではそれなりに役に立ってくれると思う。
「ありがとな。昨日も見たけどよ、やっぱり夢じゃなかったんだな……よいしょっと」
ギャレットは御者台から降りると馬の世話を始めた。昨日は腰を抜かすほど驚いてくれたというのに、今日は悟ったように語るのが少し残念だ。俺を待ってくれていたセリーヌが声を上げる。
「それじゃあ私たちはちょっと湖の方に行ってくるから。ギャレットさんは少し待っててちょうだいね。夕食の準備をしてくるわ」
「おう。なんだか分からんが楽しみにしとるぞー」
コンテナハウスに宿泊をしないギャレットにせめてものおもてなしとのことで、夕食はこちらが提供して一緒に食べることにしている。
昨晩のヤヨケドリの唐揚げは酒が進むとギャレットにも好評だった。そして今夜もアイテムボックスから何か出そうと思っていたのだけれど、セリーヌに何か夕食の案があるのだろうか。
◇◇◇
セリーヌは俺たちを引き連れて、ひたすら湖に向かって足を進める。いつの間にか周辺の地面に生えている雑草は俺の膝くらいまで伸びていて、とても歩きづらい。湖が近いせいか地面も若干水気を帯びてべっとりとしているし、あまり長居はしたくない場所だ。
「セリーヌ、湖まで行くの?」
「行かないわよ。この辺にいると思うんだけれど……。うふふ、居たわ~」
上機嫌にセリーヌが見つめる先には、周辺の雑草を物ともしないほど目立つ、立派な黄色い甲羅を背負った全長百五十センチほどの大きな亀がいた。するとニコラがもったいぶったような渋い声で念話を送ってきた。
『むう、あの亀は……』
『知っているのか、ニコデン!?』
『あれは古代中国に伝わ……りませんけど、もちろん知ってますとも。天界でしっかり予習はしてましたからね。当然、民○書房も履修済です』
『ああ、そう……。それであの亀は?』
『普通の亀じゃなくて魔物ですね。ランドタートルと呼ばれています』
『へえ、大きい亀くらいにしか見えないけれど……』
あの亀が魔物だとすると、魔素の影響で普通の亀より格段上の身体能力を持っているということだ。
『普通の亀とは比べ物にならないくらいに凶悪ですよ。獲物を感知すると亀とは思えないスピードで近づき、その噛みつき攻撃は一度食らいつくと肉を噛み千切るか獲物が絶命するまで離れないらしいです。もちろん手足には鋭い爪があり、噛みついたまま手足を振り回し相手を装備ごと切り刻みます。相手は死ぬ』
なにそれ怖い。
「セリーヌ、あの亀をどうするの? なんだかすごく強そうなんだけど……」
「あら、それが分かるなんてやっぱりマルクはすごいわね~。アレは本来ならC級冒険者が数人で狩るような魔物なんだけど……。ふっふー、少し見てなさい」
セリーヌは魔法の杖を取り出すと、いつものように縦に構えた。そして手の中から火の矢を作り出し、亀に向かって弓を引くように狙いをつける。
「火の矢」
セリーヌの言葉と共に火の矢はまっすぐランドタートルに向かって突き進み、見事その甲羅に直撃した。今まで狩っていたような魔物なら、これで爆散したところだったんだれど――
どうやら思っていた以上に甲羅は頑丈らしい。甲羅にはヒビ一つ入っていないようだ。そしてランドタートルは自分に危害を加えた存在に気付き、こちらに向かって牙を剥いた。うわっ、キザキザの歯がすごく怖いんですけど!
「セリーヌ、倒せてないよっ!?」
「そうね。あの甲羅はちょっとした魔法くらいは弾くのよん」
「ええっ、駄目じゃない! どうするの!?」
俺が喚いている間にランドタートルはドゴドゴと足音を鳴らしながら、こちら向かって突進を始める。俺の隣ではエステルが強張った顔で短剣を引き抜き迎撃の構えだ。
「マルク、エステル。大丈夫よ~。『火の矢』」
――ドゴンッ!
鈍い音を立てて二発目の火の矢が再び甲羅に当たる。だが一瞬動きを止めたものの、再び亀は突進を始める。
「火の矢」
少し動きが鈍っただろうか? しかしランドタートルはこちらに牙を剥きながら前に進み続ける。
「火の矢」
「火の矢」
火の矢を甲羅に当てるたびに亀の動きは鈍り、そしていよいよ――
「次で終わりかしらね? 『火の球』」
ドゴォッ!
派手な音と共に火と熱風の直撃を食らったランドタートルはひっくり返って腹を見せると、そのままピクリとも動かなくなった。ほんのりと手足が赤くなったランドタートルからはホカホカと湯気が立ちのぼっている。
「ランドタートルの蒸し焼きが完成よ~」
「ふわあ、すごーい!」
エステルの歓声に、セリーヌが得意げに胸を張りながら魔法の杖を腰に戻した。
「これは甲羅が硬くてね。火の矢を当ててもなかなか壊れないから、こうやっていいカンジに蒸されてくれるのよね~」
直接当たらなくても中身に熱がこもるということらしい。セリーヌは「まあ本気を出せば甲羅も壊せるけど」と付け足すと、懐から縄を取り出して、ランドタートルの首に慣れた手付きで巻きつけ始めた。
『なんだかえっちいですね。ぐふふ……』
ニコラがゲスい笑顔を浮かべながら念話を届けてきたのを無視しながら、俺とエステルは黙ってセリーヌの作業を見学するのだった。




