296 右手は添えるだけ
セリーヌは俺に顔を向け、大きくため息を吐きながら肩をすくめる。
「はぁ~……。嫌な予感、当たっちゃったわね~」
「これって野盗なのかな?」
「魔物にしてはまとまりのある動きをしているようだし、野盗でしょうね~。まぁどっちも似たようなもんだけど」
「セリーヌ! 準備出来たよ!」
エステルが腰に短剣ホルスター付きの革ベルトを巻きながら駆け寄ると、少し遅れてニコラとティオもやって来た。
ニコラはいつも通りだけれど、普段気丈なティオの顔には若干の怯えが見える。深夜に突然の襲撃なんだから当然だろうけどね。俺だって人生三度目の野盗エンカウントに、未だ心穏やかにはなれそうにないし。
「よーし、それじゃあ手はず通り行くわよ、マルクお願い」
「うん、分かった」
そう短く答えセリーヌに近づく。不安を煽られたこともあり、食後にセリーヌと打ち合わせとちょっとした仕込みくらいはやっているのだ。俺は手はず通りにセリーヌの尻に右手を添えた。
「いくよー」
そのままセリーヌをお姫様だっこすると、空中浮遊で浮かび上がった。『公然セクハラうらやまC』と言うニコラの念話はもちろん無視だ。
天井にはぽっかりと穴が空いており、木の板で雑に蓋をしている。セリーヌがその板を手で押し開け、二階の風呂部屋も通り抜け、同じように空けておいた天井穴から一気に屋上へと到着した。
屋上はこれまで何の飾り気も何もなかったけれど、今は土魔法で作った150センチほどの高さの柵でぐるっと周囲を囲んでいる。階下に通じる穴は転落防止用に石壁で囲み、その姿はまるで煙突のように見えた。
月明かりの下、セリーヌがしゃがみながら柵に近づき、柵の隙間から地上を覗き込んで呟く。
「んー、十数人ってとこかしら。結構な人数ねえ」
俺もセリーヌの横に並んで覗き込む。暗闇に松明の炎を揺らめかせながら幾つもの人影が近づいてくるのが見えた。
「うへえ……」
その様子に思わずうめき声を漏らす。空間感知でおおよその見当はついていたけれど、それでも実際に野盗が集まりつつあるのを目にすると、背筋に少し寒気を感じた。それを知ってか知らずか、俺の背中をポンとセリーヌが叩く。
「マルク、しっかりなさい。あんたが今まで倒してきた特殊個体の魔物なんかよりよっぽど雑魚なんだからね」
そりゃまあ確かに、野盗は触手をムチのように振るったり、毒の胞子を飛ばしたりはしないだろう。……うん、そう考えると少しは楽になったかな? 俺はセリーヌに向かって頷いて見せると、階下に通じる穴から声が聞こえた。
「お兄ちゃーん、ニコラたちもー」
おっと、そうだった。ニコラたちも上に連れていかないとね。
◇◇◇
俺は空中浮遊でティオ以外を屋上へと運んだ。寝る前に窓は小窓程度の大きさに調整、一階二階の入り口は内側から土魔法で封鎖、二階の階段も既に分解しているので、一階は安全だと言える。
今このコンテナハウスの中に入るには、俺がコンテナハウスを作る際に念入りにマナを込めたカチカチの外壁を壊すか、もしくは屋上まで登ってきてから階下に降りるしかない。ティオは今、セリーヌの指示通りにテーブルの下に潜り込んでじっとしているはずだ。
しばらくして、ついに先頭を歩いていた二人の野盗がコンテナハウスの前で立ち止まった。俺たちは柵の陰に隠れながら地上の様子を伺う。上から観察されているとは思いもしないのだろう、男の低く潜めた声が漏れ聞こえた。
「なんだぁ? この建物……」
「俺に分かるわけねえだろ。カシラは獲物に冒険者が一人いると言ってたし、なにかの魔道具なのかもなあ……。だがこいつも頂けるとなると儲けが増えるってもんだぜ」
「違いねえ。冒険者がいると言ってもこの人数だ。寝込みを襲えばどうとでもなる」
「そうだな。ヒヒッ、女は上玉揃いらしいじゃねえか。これまで獲物を厳選した甲斐があったってもんだぜ」
男二人の会話が続いている間に、コンテナハウスの周辺に次々と野盗が集まってきた。一番後方にいる男が手でなにやら合図を送り、それを見た先頭の二人は頷いて返すと、ゆっくりと玄関へと歩き始めた。
「よし、じゃあ入る――」
バキッ――ドンンッ!
乾いた音と共に、玄関に手を伸ばした野盗とその相方が突然姿を消し、それからすぐに鈍い音が辺りに鳴り響く。
見事に玄関前に仕込んだ落とし穴に落ちてくれたようだ。薄い木の板の上に土魔法でカモフラージュを施した簡単な物だったけれど、どうやら足元はよく見てなかったらしい。
落とし穴は俺のアイデアだ。打ちどころが悪ければ死んでしまうかもしれないが、俺の悪人に対する心構えも据わってきたと思う。
襲ってくるなら迎撃する。なるべくなら死なないで欲しいし殺したくもないけれど、結果として死んだら死んだで仕方がない。ゴブリン、コボルトといった二足歩行の魔物から始まり、野盗に襲われた経験を経て、俺も随分とこちらの世界に染まってきたような気がしないでもない。
「んなっ!?」「おい、大丈夫か!」「ダメだ、返事がねえ」「おいっ、声がデカいぞ!」
想定外の事態に野盗がざわつき始めたところで、セリーヌがスクッと立ち上がり、作り出した光球を頭上に掲げる。屋上が煌々とした光で照らされた。
セリーヌが地上の野盗たちに向かって普段と変わらぬ様子で声を上げる。
「あー、野盗のみなさん? ここが私たちの寝所と知っての狼藉かしら? これ以上近づこうものなら命の保証はしないわよん」
おかげさまで3月25日、本作品が一周年を迎えました!
今後も頑張っていきますので引き続きよろしくお願いします!




