276 炎爆
セリーヌはゆっくり立ち上がると、まだ驚きから覚めやらぬディールを見据えた。
「マルクはポータルストーンを完成させたわ。これで村から出て行っても問題は無いわよね?」
「ありえぬ……。子ど……いや、マルク、お前は一体……」
顔を強張らせわなわなと震えながら、ディールは初めて俺の名前を呼んだ。セリーヌはそんな彼を見つめたまま、首筋に流れた髪をかき上げて呆れたように言い放つ。
「ありえないもなにも、今あんたが見たまんまじゃない。……ディール、あんたはいつもそう。自分の思い通りにならない物事に直面すると、考えることを放棄して自分の都合のいいように思い込むのよね~」
「な、なんだと……」
「マルクのことだって、あんたなら普通の子供じゃないことくらいは、すぐに分かったことでしょう?」
「ぐぬっ、それは」
「それなのにあんたときたら、子供だの弟子だの、ウチのマルクに好き勝手に言ってくれちゃって……」
セリーヌの声色に怒気のようなものを感じる。俺からすると十分にディールが俺を認めているように思っていたのだけれど、セリーヌからするとまだ不十分だったらしい。
「少しは現実を直視する勇気を持ったらどうかしらん? 何も考えずにバカなまま生きるのも楽しいかもしれないけれど、そんなのがいつまでも続くなんて安易に考えないことね。私たちの寿命はまだまだ長いのだから」
「な、な……」
言葉に詰まるディールを気にも留めず、セリーヌは片腕を前方に伸ばした。ディールは動かない。いや、動けない。
「……なんてね。私だって村にたくさん迷惑をかけてるし、偉そうなことが言えた義理じゃないから聞き流したって構わないわ~。……でもね、少しでも考えを改める気になったのなら、今から言う言葉を今度こそ勇気を持って受け入れて欲しいわね。……結局のところ、私が言いたいのはこれだけよ――」
――ボウッ……
セリーヌの右手が炎に包まれた。ディールはそれを見ながらも魅入られたように固まったままだ。
「ディール、私は昔っから、あんたのことが――大大大大大大だいっっ嫌いよ! 炎爆!!!」
「そんっ――」
ボムッッ!
セリーヌの放った火球はまっすぐディールへ飛んで行き、そのまま直撃すると周囲は黒煙に包まれた。モクモクと立ち込める黒煙を見ながらセリーヌが晴れ晴れとした声を上げる。
「ああー、すっきりしたわ~。それじゃあちょっと準備をするからね」
俺に何やら断りを入れると、セリーヌはどこからかロープを取り出し、それを構えながら黒煙が収まるのをじっと見守る。
そして黒煙が風に流された後には、こんがりと焼けたディールが立っていた。火魔法をブチ込んでおいて、手足が吹き飛んだり焼け爛れたりしていないのはさすがの一言だ。
だがヤヨケドリの時のこんがり具合が1ド○フだとしたら、今回は3ドリ○くらいはあるだろうか。結構ギリギリのラインだと思う。それに今回は前回と顕著に異なった特徴がある。頭が――
『私この世界でアフロって初めて見ました。エルフのアフロってなかなか似合わないものですね』
ニコラがどうでもいい感想をよこした。けれどそれには同意だな。
「あびゅう……」
アフロディールは口から黒煙を吹き出すと、その場にバタリと倒れた。それを見届けたセリーヌはスキップしながらロープ片手にディールに近づく。拘束するつもりなんだろう。当たり前のように拘束をするあたり、以前そのまま放置して追いかけられた経験でもあるのかな。
「トーリ先生、怪我の治りが遅いようならこれを使ってあげてください」
俺は少しふらつきながらも立ち上がると、苦笑を浮かべてディールを眺めていたトーリにD級ポーションを一つ手渡した。
「おう。まあ大丈夫だと思うが、後で一応使ってやるとするか。……それにしても、お前は本当に最後まで驚かせてくれるよなあ」
「あはは……。セリーヌの精製の手伝いをしてる時から、自分ならどれくらいで出来るのかな? って、ずっと気になっていたのでスッキリしました」
「すごいけど、ボクが長年かかったものを一日というのは、さすがにちょっとショックだよ……」
エステルが少し困ったような顔で口を挟む。気持ちは分からないでもないけれど、今回の結果は出来すぎかなと思わなくもない。単純な魔力量だけではなく、様々な要素がうまく噛み合った結果のような気もする。二個目は一個目ほど魔力は要らなかったしね。
そしてディールの襲来以降、一言も喋らなかったカズールもホッとしたように頬を緩めながら俺たちの会話に加わった。
「俺もあんなの初めて見たよ~。それに噂には聞いてたセリーヌとディールの争いの方も初見学さ。今回は火事にならなくてよかったね。俺はそれが心配でさ~」
まあ彼からすればいい迷惑だっただろうな。馬車に被害が出なくて本当に良かった。
そんな話をしている間にディールの拘束は完了したらしい。セリーヌが俺たちの方へと歩いてきた。
「終わったわ~。ねぇトーリ爺さん、私考えたんだけど、アイツが死ぬまで治らないレベルのバカじゃなければ、いい加減少しは懲りたと思うのよね。そろそろアイツにお見合い相手でも紹介してあげたらどうかしら?」
「うーむ、そうだなあ。今までそういう話は全く聞く耳を持たなかったんだが……、もしかすると今なら受け入れるかもしれんな。といっても、この村ではバカなのが知れ渡ってるし、他の村に話を通してみるか」
「そうね。村の外に目を向けるのも、アイツにとって悪くないことなのかもしれないわね。それじゃあ任せたわよん」
「ああ、任せとけ」
どうやら本人の預かり知らぬところでディールのお見合いが決まったらしい。いい人が見つかればいいね。
その後しばらくトーリとセリーヌが会話を続け、それが終わるとセリーヌが俺を心配そうに見つめた。
「どうマルク、歩ける?」
「うん、もう大丈夫だよ」
走ったりするならともかく、馬車のあるところまで歩くくらいならどうってことはない。
「それじゃあそろそろ行きましょうか。トーリ爺さん、後片付けはお願いね~」
トーリはディールを引きずりながら家まで連れて帰ってくれるらしいので、ここでお別れだ。
「トーリ先生、今までありがとうございました。シーニャ、またね」
「ああ、気が向いたらまた来るといい」
「ばいばい、マルクくん。ニコラちゃんもまたね!」
「うん、またね~!」
俺たちはトーリとシーニャに手を振りながら、色々と思い出深い場所となったポータルクリスタルの地から立ち去った。
◇◇◇
「よーし、それじゃあ出発するよ~」
俺たちは今度こそカズールの馬車に乗り込んだ。そして馬車は出発し、大して舗装されていないデコボコ道をゆっくりと進み出す。俺はさっそくアイテムボックスからクッションを取り出して全員に配った。馬車に乗る時の必需品である。
しばらくすると、まるでトーテムポールのような、やけに細かい細工のされた太くて高い柱が二本立っているのが見えた。あれがこの村の正門なんだそうだ。
門の近くの切り株には男が一人座っていた。周囲は森だらけなので外敵にはガバガバな気がするけれど彼が門番らしい。男は俺たちの方を見ながらのっそりと立ち上がると、それを見たカズールが馬車を停止させる。
「おーう、カズール帰るのかい? ……って、セリーヌたちも今日出ていくのか」
男は馬車の中の俺たちに気づいたようだ。セリーヌがひらひらと手を振った。
「ええ。カズールさんにお願いしてね、乗せてもらえることになったの」
「へえ~。……それで、ディールとはもうやりあった後なのか?」
「今は真っ黒になってお昼寝中ね」
「そうかい、あいつも懲りねえな!」
男はガハハと笑うと馬車から離れた。カズールが男に向かって声を上げる。
「次は春頃に来るからね~。さようなら~」
「おう、気をつけてなー!」
カズールが再び馬車を発進させ門を通り抜けた。門を抜けた先もなんとか馬車が通れる幅のぐねぐねとした山道が続くが、カズールの慣れた手綱さばきで馬車は何事もないように進んでいく。
門が、そして村が、少しづつ遠くなっていくのを、俺は馬車の後ろの幕を少し開けてじっと見続けた。
やがて大きく道を曲がりその姿が視界から消えると、長かったシュルトリアの滞在がこれで終わったという実感がじわじわと湧いてきたのだった。




