271 黒い首輪
トーリの家に到着した俺たちは、トーリに迎え入れられテーブルを囲みながら行商人のカズールがやって来るのを待つことにした。
家の中にはトーリの他にひ孫のシーニャもいた。俺たち兄妹と仲が良かったこともあり、彼が気を利かせて連れてきてくれたのだろう。シーニャはクピクピとミルクを飲むと、口元に白い泡を付けながら眉を下げる。
「マルクくんとニコラちゃんいなくなると寂しくなるね~。ねぇ、ひいおじいちゃま。シーニャも付いて行ったら駄目?」
「駄目だぞ~。もっとお勉強して、ポータルストーンも作らないと村からは出れないんだからな」
「え~、そうなの? それじゃあシーニャは村から出なーい。マルクくんニコラちゃん、そのうちまた会いに来てね~」
「うん! シーニャちゃん、またいつか会おうね~」
キャッキャと言いながらシーニャとニコラが手を取り合う。素直なのかやる気がないのか分からないけど、相変わらずのんびりとした子だ。俺の癒やしともここでお別れとなるのは少し寂しいな。
「シーニャ、今はそれでいいんだが、大きくなったらもう少し頑張ろうな。我がひ孫ながら少し心配になってくるぜ……。それはともかくだ。マルク、これを見てくれ」
トーリが奥にあるごちゃごちゃとした棚から何かを取り出し、俺の方へと差し出して見せた。ベルト部分が黒い輪っかだ。輪っかの中ほどには鉄板が打ち込まれており、その中心部分には小さな黒い魔石が埋め込まれている。
「お前が色々と手伝ってくれた礼を何にしようか悩んでいたんだがな。タイラン老とも相談した結果、こいつにした。二つしか作れなくてすまんが、俺からの礼だ。受け取ってくれ」
「へえ~、良い物貰ったわね。これって結構高いのよ~」
セリーヌは俺が受け取った黒い輪っかを珍しそうに覗き込む。
「これは?」
なんて聞いてはみたけれど、タイラン老って辺りでなんとなく察しているけどね。
「隷属の首輪だ。魔物を無力化した後に闇属性のマナを込めながら首に取り付けるんだ。そうすれば丁度いい大きさに首に締まり、取り付けた者の言うことを聞くようになる。……あー、それからこれは魔物専用だからな。人間の女には使えないぞ。残念だったか?」
トーリがいやらしくニヤっと笑う。相変わらず九歳児に何を言ってるんだ、この人。しかも俺の隣ではエステルが真っ赤な顔をして俯いている。何を想像してるんですかね。
「タイランおじさんみたいに魔物を家畜にするのに使えばいいんですか?」
「ああ。反応する命令は『来い』『行け』『止まれ』くらいのもんだ。魔物を自由自在に操って敵を攻撃するなんて芸当はとても出来んから、あくまで家畜用だと思っておけ。家畜に適した魔物は色々といるからセリーヌやエステルに聞いて試してみるといい。増やせるようにつがいに使うのがオススメだぞ」
「でもこれって、つがいの子供はどうなるんですか?」
「隷属させた後に産んだ子供は首輪を付けなくても従順だ。ただし三世代目となると隷属の効果は無くなる。家畜の数を増やしたいなら二世代目で活きの良いつがいに首輪を付け替えて、そいつらに次の子供を産ませる必要があるな」
近親交配とか大丈夫なんだろうか。まぁ魔物だからいいのかな……。
「分かりました。トーリ先生ありがとうございます」
「いや、普通に作れば何年もかかるようなデカい公園を作ってもらって、これくらいしかやれるものがなくてすまんな」
「ううん、他にも色々と魔道具を貰ってるし、勉強も教えてもらったし、十分良くして貰ってます。本当にありがとうございました」
「……やれやれ、お前は本当に変なガキだよ」
そう言ってトーリは言葉に困ったように俺の頭に手を置くと、乱暴にガシガシと撫でた。
しかしトーリには本当にお世話になったのだ。材料として魔石を提供することはあったけれど、ほぼ無償みたいなものでこちらのリクエストした魔道具を幾つか作ってもらった。
例えば水をお湯にする魔道具だ。温水盤と名付けられたそれは、水槽に沈めておくと弱中強と三段階で設定された温度まで水を温めてくれる。
俺自身は魔力でお湯を沸かすことは生活の一部のように手慣れたものなので不要なんだけれど、この魔道具があれば少ない魔力で簡単に風呂を沸かせることが出来る。
すっかり風呂好きになった母さんが、俺が不在の間に自力で風呂を再現してみたものの、とにかくしんどいと共鳴石越しに愚痴っていたので、お土産として作ってもらったのだ。
うちの両親は二人とも火魔法が使えるけれど、浴槽を満たすような水を適温まで沸かすのはかなりの魔力が必要になる。二人がかりでようやく沸かせることが出来ても、魔力を使い切ってヘトヘトに疲れるそうだ。コンロでお湯を沸かして浴槽に移し替えるにしても結構な手間だしな。
自分で言うのもなんだけど、ホイホイとお湯を沸かせる俺の魔力は結構すごいのだ。日々の特訓の成果だね。
そんな俺が実家に帰ると母さんの風呂も沸かすことになるので、結局温水盤は不要になるかもしれない。けれど今後も町から出かけることがないとは限らないし、何なら風呂好きの誰かに貸し出してもいいと思っている。予備も幾つか作ってもらったしね。
この三ヶ月で他にも色々と魔道具を作ってもらったり譲ってもらったし、魔道具の作り方を初心者向けにやさしく書いたトーリ直筆の本まで貰った。本当にトーリには感謝の言葉しかないのだ。
これでエロい冗談を言わなければ完璧なんだけどな。ままならないものだね。