268 送別会
念願のポータルストーンを完成させ、俺とニコラは普段よりも軽い足取りで森の中のけもの道を歩いていく。逆にセリーヌは普段よりも長時間魔力供給を頑張ったのでヘトヘトの様だ。早く風呂でリフレッシュしてもらいたいね。
ここ最近は寒くなってきたので湯冷めを考慮して、セリーヌとニコラが利用するのは偽岩風呂の方ではなく俺の自宅二階の風呂だ。入浴後は汗が引くまで自宅で寛いでもらっている。
俺はいつ雪が降ってもおかしくなさそうな寒々しい空を見上げながら、さっそくセリーヌに尋ねた。
「いつごろ村を出ることになりそう?」
この村はとても過ごしやすい、いい村だと思う。けれどポータルストーンの作成という目的を達成した以上、なるべく早く実家に帰って両親を安心させてあげたい。まぁ両親とは毎日のように共鳴石で通話をしているし、それほど心配はしていないと思うんだけれどね。
ただし爺ちゃんは孫ツンから孫デレに転じた途端にお預けを食らった形なので、まるで何かの歌詞みたいに会いたい会いたいと連呼している。震える前に会ってあげねば。
「……そうねえ。普段なら一番近い村まで数日かけて歩いて行くんだけど、幸いまだカズールさんは来ていないし、カズールさんが村から出る時に馬車に乗せてもらうのが一番いいわね」
カズールとは行商人でハーフエルフの男性だ。ひと季節に一回ほどの頻度で村を訪れては、様々な物資をお金や物々交換で村に供給してくれている。
前回は収穫祭の直前くらいに来ていたので、その時に商品を見させてもらった。出品されていたのは普段使うような日用品がメインで特に興味のあるものはなく、勝手に期待しておいてガッカリとしたのをよく覚えている。
「でもあまり遅くなりそうなら雪が降らないうちに村を出ましょうか。今日から一週間以内に来なかったら、徒歩で決行しましょうね~」
『とほほ、徒歩は結構です~』
俺は激寒ニコラをスルーしてセリーヌと会話を続ける。
「それじゃあいつ出発してもいいように、旅支度を始めないとだね」
「ディールに気取られないように準備をしながら、いつでも出られるようにしておきましょ。まぁ食料なんかはコツコツとあんたのアイテムボックスに貯めていたから大丈夫だけど……って、あら? ニコラちゃんお顔が赤いけど、どうかしたのん?」
「ああ、寒いからって厚着し過ぎただけだと思うよ……。それよりも家に戻ったらエステルにも連絡しに行かないとね。二人がお風呂に入っている間にエステルの家に行ってくるよ」
エステルはポータルクリスタル完成直前はなんとも情緒不安定な状態だったが今ではすっかり調子を取り戻し、俺たちと一緒に村を出るための準備や鍛錬に勤しんでいた。きっといつでも出発オッケーな状態で待っててくれているはずだ。
自宅に到着するとエステルがボルダリングで遊んでいる最中だった。どうやら連絡に行く手間が省けたようだ。さっそくセリーヌがエステルにポータルストーンの完成を知らせる。
「……そっか、ついに完成したんだね。それじゃあ家に戻って旅立ちの準備をしてくる!」
エステルは長い耳をピーンと立たせると興奮冷めやらぬ様子ですぐさま走り去って行った。さすがに今日明日ってことはないだろうに、慌ただしいことだな――と、この時は思った。
◇◇◇
セリーヌとニコラが風呂に入り、俺は夕食の時間まで自宅周辺の整理をすることにした。いつかまたこの村に来ることがあるかもしれないけれど、しばらくはその予定も無い。このまま放置していくわけにもいかないだろう。
畑は全て収穫し、未成熟なものは燃やして灰にしておいた。自宅を囲う壁は害獣避けなので今はまだ必要だ。旅立つ直前にでも土に戻すことにしようと思う。
偽岩風呂も埋めておこう。自宅周辺と偽岩風呂、森にポッカリと二箇所の空白地帯が出来てしまうけれど、トーリに相談しておけばきっと有効に活用してくれるに違いない。
そういった作業が一段落し、夕食を食べるためにセリーヌ宅へと出向いたのだが、エクレインの一言で急に慌ただしくなってしまった。
「あらあら、カズールさんならさっき村に着いたみたいよお?」
「えっ、ちょっと母さん。それ本当!?」
「本当本当。私って飲み始めると数日は家から出ないこともあるし、ご近所さんがわざわざ知らせに来てくれるのは知ってるでしょう?」
「ああー、そうだったわね。私トーリ爺さんのところに行ってくる!」
セリーヌはそう言い残すと、さっさと外へと飛び出してしまった。カズールは毎回トーリの家に泊まるらしい。
それにしても今日到着とは、タイミング的にはギリギリセーフと言ったところか。
カズールは村に到着した日は村で宿泊し、翌日の早朝物々交換の時間帯に広場に出店すると、その日の昼には帰ってしまう。セリーヌが今日無理やりポータルストーンの精製を終わらせたのは無駄にはならなかったようだ。
「あらあら、せわしないわねえ。……えーと、それじゃあ今夜は送別会をしないとね! マルクちゃん、ご馳走を頼むわよお。私はお酒を出すからね!」
歓迎会の時は俺の自前で準備をしたけれど、送別会も自前になるらしい。俺とニコラは酒も飲まないので釈然としないけれど、エクレインにはたくさんお世話になったしね。感謝の意を込めてお酒のつまみになりそうな食べ物をたくさん提供しよう。
自分たち用にも父さんの料理を在庫一掃する勢いで放出することにした。実家に帰ればいくらでも食べられるのだ、もう惜しくはない。ニコラもこれには大喜びだ。さっきはスルーしてすまんかった。
それからしばらくして帰ってきたセリーヌによると、無事に馬車の乗り合いの約束を取り付けたらしい。明日は早朝から色々と忙しくなりそうだ。
そして賑やかな送別会が始まった。と言ってもエクレインがほぼ一人で酔っ払って騒いでいただけなんだけどね。いつもは飲みすぎを嗜めるセリーヌも、今日ばかりは何も言わずに一緒に酒のコップを傾けていた。
俺たちとは逆にセリーヌとエクレイン親子はしばしの別れとなるのだが、さすがに見た目以上に大人である二人は、しんみりとすることもなく「またそのうち様子見にくるから」「はいはい」と、あっさりとしたものだった。
そのように送別会を過ごし、エクレインが酒に酔い潰れた頃、俺とニコラは明日に備えて早めに家に戻って就寝した。こうしてセリーヌの生まれ故郷シュルトリア最後の夜は、少し慌ただしくも普段とさほど変わることなく過ぎていった。




