264 エナジードレイン
「……ド、ドレイン?」
「ああ、私が特殊個体にやられたのは対象の魔力を吸い取り己の物にするというマジックドレインだ。だがな、薪から水分を抜き取るならそれより下位のエナジードレインになるだろうし、エーテルを得たマルクなら出来るのではないかと思うのだが、どうだろうか?」
どうだろうか? って言われてもね……。他者から魔力を吸い取るマジックドレインは実に分かりやすい。魔力という訳の分からん不思議パワーを不思議魔法で吸い取るのだから、出来るかどうかはともかくイメージは単純明快だ。
しかしエナジードレインか……。それなら体力を吸収するってことになるのだろうけど、体力を吸収して自分のモノにすると言うのがよく分からないんだよね。体力ってなんだろうか(哲学)
それを行えば、疲れていても体がスッキリと回復するのだろうか? そしてなによりもだ、薪に含まれている水分ってエナジー的な物質に含まれるの? そりゃあ木は水がないと生きていけないけどさ。
俺が思案に明け暮れているとニコラから念話が届いた。
『お兄ちゃん、どうせ面倒くさいことを考えてるんでしょうけど、四の五の言わずにとりあえずやってみたらいいかと思いますよ。このままだとディールのせいでお通夜会場の雰囲気の中でバーベキューする羽目になっちゃいますし』
『発酵のときもそうだったけど、闇魔法ってなんだか難しいんだよねえ……。でもまぁ、バーベキューはみんなで楽しみながら食べたいよなー』
仕事が終わってこれからバーベキューってところで、新たな問題が降り掛かった状況だもんね。たしかに楽しくお肉を食べる空気ではなさそうだ。その中で唯一楽しめそうなのが空気の読めないディールというのも、若干イラっとするポイントでもある。
「うーん、とりあえず一度やってみるね?」
そう言って俺は薪の山に一歩近づく。するとノーウェルから声がかかった。
「いや、ちょっと待ってくれ。どうやらお手本がやって来てくれたようだぞ」
ノーウェルの視線の先には一人の男がこちらに向かって歩いて来ていた。レギオンシープの飼い主のタイランだ。確かに闇魔法で魔物を隷属させているタイランなら、闇魔法にも詳しいだろう。俺たちの傍までやって来たタイランにノーウェルがさっそく頼み込む。
「タイラン老、少しこの子にエナジードレインを見せてあげてくれないか?」
「お、おお……! なんじゃマルク。闇魔法に興味があるのか?」
タイランが信じられないように目を見開いて俺を見つめた後、声を震わせながら嬉しそうに尋ねた。
その表情は俺が知っているものによく似ていた。マイナージャンルの同志を見つけた時にする顔だ。俺も前世でSE○A派を告白した時には同志からよくこんな顔をされたよ。
「えーと、うん。一度見てみたいなって」
「そうか! ほほほ、よかろよかろ! 最近は使える者が少ないし、使えても酒を造るくらいにしか使われておらんからな。それならよーく見ておくがいい。この薪に使って見せればいいかの?」
「うん。タイランおじさんありがとう」
俺の声に頷いて見せたタイランは、薪の山に近づくと目を瞑り精神を集中させた。
「む……」
タイランの声に合わせて紐で括られた薪がひと束、黒い……闇属性のマナに包まれていくのが見える。
そしてタイランと薪が闇属性のマナで繋がったまま十数秒が経過。突然タイランがぷはっと息を吐きながら目を開くと、闇属性のマナは霧が消えるように跡形もなく消え去った。
「――ふうっ。ほら、マルクや。あの薪を手に取って他と比べてみい」
俺は闇属性のマナに包まれていた薪の束を紐ごと持ち上げ、次に隣の薪の束を持ち上げて比べてみた。
「おおー、本当に軽くなってる。これって水分をドレインしたってことなんだよね?」
「ああ、もちろんそうじゃよ」
「あの……、それじゃあ吸収した水分ってどうなるの?」
「もちろんそのままワシの体に吸収されるんじゃ。ちょっと喉が乾いていたから丁度よかったわい」
マジか。木の水分を体内に取り込むのか。なんだかすごくやりたくなくなってきたんですけど。
「どれ、次はマルクの番じゃな。セリーヌやらノーウェル、トーリからも色んな話を聞いておるぞ。さあさあ、気負うことはない。肩の力を抜いて、闇のマナの可能性を信じればいいのじゃ」
タイランの期待に満ちた目が痛い。薪の水を吸い取るって気持ち悪いんでやっぱ止めたいですとは言えない空気だ。……ここは仕方ない。俺は空気を読める九歳児。ディールとは違うところを見せるしかないだろう。
俺は魔力を練ると闇属性のマナを両手から放ち、集められていた薪の山を全て黒色のマナで覆い隠した。ちびちびとやるより、嫌なことは一気に終わらせたい。
そしてマナに覆われた薪の山を探ると、薪を未だ生き永らえさせる活力のような存在を感じる……これか。その薪の中に残る活力……水を、吸収するように念じた。フィルター付の掃除機を薪にピッタリとくっ付けて、フィルターを通して水だけをホースに吸い込んでいくようなイメージを起こす。
「うっ……」
闇属性のマナを通じて、水がこちらに吸い込まれてきたのを感じた。でも、いらないいらない。水は欲しくないから体に入れないで!
……すると俺の方へと向かっていたであろう水が、手の平で止まったような気がした。そして俺の手の平は手汗をかくようにじわじわと水で濡れ、それは次第にポタポタと地面に零れ出す。
「おお!?」
タイランの声が聞こえた。なにかに驚いている様子だ。
しかし今はとりあえずスルーして作業を続ける。幸いなことに水を取り込まなくても良いみたいなので、このまま薪から水を吸収し手の平で受け止めて破棄していく。
しばらくすると、薪から水が吸いにくくなったような抵抗を感じた。マナを強めればもう少し吸えるだろうが、あまり水分を吸い取りすぎても薪がパキパキに割れてしまうかもしれない、この辺が潮時か。
「ふうっ」
俺はエナジードレインを止めて息を吐く。ふと足元を見ると、そこには大きな水たまりが出来ていた。
「タイランおじさん、どうだったかな?」
「お、おお、マルクや、さすがじゃな。見事なエナジードレインだったぞ。しかも水を取り込まずに捨てるとは器用なことをするもんじゃな」
「あはは、体に入れたくなかったからね……」
「ほほ、変なことを気にするもんだの。だが本来こちら側が満杯になってしまうと、相手からは吸収出来なくなるからな。これならいくらでも吸い込めるのう。そんな技はこの歳まで生きて初めて見たわい。長生きはするもんじゃな!」
そう言ってタイランは満足げに何度も頷き、それからふと動きを止めてノーウェルに尋ねた。
「ところで今更なんじゃが……。どうしてわざわざエナジードレインで薪を乾かそうとしていたんじゃ?」
タイランの問いかけに、その場にいた全員が一糸乱れぬ動きでディールを指差したのだった。




