261 冬支度
「冬支度?」
男たちを案内するトーリの横を歩きながら、俺はオウム返しに問い返した。
「ああ。今年の……ではなく来年以降使う分になるんだけどな。毎年この時期には村の男衆が木を切って、暖炉に使う薪を備蓄しておくんだよ」
「そういうのって、各自で用意するものじゃないんですか?」
セリーヌ宅やエステル宅にも裏庭には薪棚が建てられており、そこにはびっしりと薪が積み込まれている。他にも俺の知る限りでは薪を準備出来ないような家庭は無いように思えるのだけれど。
「そりゃあもちろん各自で用意するもんだ。だがこの地域はたまにクソ寒くなって、自前の薪だけじゃ足りないなんてこともありうるんだよ。それで万が一に備えて村の共有資源として薪を備蓄しておくわけだ。まぁ何事もなく冬が越せたとしても、春には行商人が金や資材なんかと交換してくれるしな。それは村の共有財産になるし損は無いんだよ」
確かにこの辺りは俺の住んでいる町に比べて少し寒い。本格的に冬になると雪なんかも積もるという話も聞いているし、出来ればそうなる前に村を出たいところなんだよね。
「フハハ! そして今年、その誉れある伐採場所に選ばれたのが、この魔道具実験場なのだ! トーリよ、感謝するがいい!」
「へいへい」
ディールの言葉に、トーリが面倒くさそうに明後日の方角を見ながら答える。
なるほど。ディールが中心になって村の開拓を推し進めているという話を聞いてはいたけれど、どうやってあのディールが気ままに暮らす村人たちをコントロールしているのかは疑問に思っていた。
どうやら計画的に伐採させることで、整地された土地を広げているようだ。ディールって相変わらずアレなのか有能なのかがよく分からないな。
「そうそう、薪を作った後は保存食も作るぞ。まぁ、それはついでみたいなもんだがな」
トーリは思い出したようにそう付け足すと、レギオンシープの方をちらりと見た。……ああ、あれはそういうことですか。
◇◇◇
「それじゃあさっそく始めるか。トーリ爺さん、この辺りでいいのか?」
後ろにいたゴツいおっさんが、斧というよりこれもう戦斧じゃね? といった感じの業物を肩に乗せながら前に出る。
「おう、その辺で問題ない。適当に満遍なく頼む」
「分かった。よし、始めるぞー!」
「おおおぉー!」
その声と共にゴツい男たちが二人一組で周囲の大木に取り付くと、一斉に斧を振るい始めた。カコーン、カコーンと周辺にはのどかな音が響くが、男たちの顔は真剣そのものだ。
その男たちに混じって、ひょろりとした体格のノーウェルも斧を振るっている。こちらも戦斧とまではいかないまでも立派な斧を慣れた手付きで大木に打ち込むと、その幹には深い切り込みが刻み込まれていく。力を込めているようには見えないんだけどな。熟練の技ってすごいね。
しばらく男たちの伐採作業に見入っていると、不意に野太い男の声が聞こえた。声の主はあの戦斧の男だ。
「倒れるぞー」
すると男の近くにあった大木は、メキメキと音を立てながら広場とは反対側、森の方へとゆっくりと倒れていった。男は木が完全に倒れたのを確認すると、すぐに相方の男と隣の木の伐採作業に移った。
あれ? そういえば伐採に魔法は使わないんだな。風魔法ならスパーンと切れそうだけど。こんな時にバカ笑いしながら魔法を披露しそうなディールは、俺の隣で腕を組みながら伐採作業を見つめている。
「ディールさんは伐採作業をしないんですか?」
「うむ。俺にはこの後の仕事が控えているからな。魔力を無駄にするわけにはいかんのだ! それより子供の方こそ、俺が伝授したウィンドエッジで開拓に貢献してもいいのだぞ! フハハハハ!」
「うーん、僕なら木を雑に吹き飛ばしちゃいそうなので、とりあえず見学しておきます」
「フハハ! まだまだだな! 俺ならその気になれば全て同じ方向に木を倒して伐採することも可能だぞ! 弟子たる子供に手本を見せられんのが残念である! フハハハハ!」
ディールはこう見えてセリーヌも魔法の扱いにかけては一目置いてる存在だからな。俺は魔力量じゃ負ける気はしないけれど、繊細なコントロールとなると、やっぱり熟練者には劣ると感じる。
……しかし風魔法な~。エステルにもっと早くから魔力供給を行っていれば、今より少しはマシに扱えただろうと思うんだよなあ。
そんな風に俺が今更考えても仕方のないことでため息をついている間も、男たちは黙々と木々を伐採し続けていた。
ムキムキの筋肉からはうっすらと汗が浮かび、周囲には斧を木に打ち込む甲高い音と野太い声が響く。俺は気分を切り替えて、再び伐採作業を見学することにした。
そんなムキムキムンムンおっさんワールドの中、突然場違いなかわいい声が聞こえた。ニコラの念話だ。
『お兄ちゃん、やたら熱心におっさんたちを見てますけど、やっぱりお兄ちゃんって……』
『へ? いや、止めてくれよ。俺はノーマルだ』
『大丈夫、大丈夫です。なにかと寛容が尊ばれる昨今、私もしっかりお兄ちゃんの嗜好を受け止めたいと思います。でも私の趣味には合わないので、ちちくりあうのは私がいない所でしてもらわないと――はっ!』
そこでニコラは急になにかに気付いたように愕然とした表情を浮かべた。
『お兄ちゃんのカレシとは言え、私のかわいさにあてられて両刀に目覚める可能性は十分に考えられますよね。そうなると面倒くさいことこの上ないですし……もしかして私が夢見る悠々自適な寄生生活って、お兄ちゃんがBLるだけでいとも簡単に崩れ去るのでは……? こ、これは不味いですよ! お兄ちゃんはしっかり女の子を好きになってもらわないと私の人生設計が……。これはもうセリーヌをけしかけて既成事実を作ってもらうしか――』
『それも止めてくれる? とにかく俺はノーマルだから』
『本当ですか? ムキムキおっさんに欲情してなかったと誓えますか? 何やら熱い眼差しでおっさんたちを眺めてましたけど』
『あのね、普通にこういった作業って見るのって楽しいじゃないか。お前はそういうのは無いの?』
するとニコラはキョトンとした顔を浮かべる。
『別に……? 私の意図を勝手に汲んでくれた上で、遊んで戻ってきたら望む物が完成していた、みたいなのは憧れますけどね。過程や方法なぞ、どうでもよいのだァー! って偉い吸血鬼の人も言ってましたし』
『ああ、そう……』
『とりあえずお兄ちゃんがノーマルならそれでいいです。……あっ、なにか始めるみたいですよ』
そう言ったニコラの視線の先では、いつの間にか俺たちと一緒に作業を見学していたおじさんが伐採場所で屈み込んでいた。その隣には鎖に繋がれたレギオンシープが佇んでいる。これから一体何を始めるのだろう。




