260 秋晴れの日
「ふむ。キリがいいし、今日はここまでにしておくか。解散」
青空教室にトーリのそっけない声が響くと、すぐに数人の元気のいい生徒が飛び跳ねるように実験場の空き地から出て行った。
今日の授業は読み書き計算がメインだったことだし、それで溜まったストレスを自然公園で体を動かして発散するのだろう。そろそろ肌寒くなってきたのに元気なことだ。
青空教室に参加して二ヶ月ほど経つ。さすがに俺という存在にも慣れてくれたらしく、恐る恐る遠ざかるように離れていくということは無くなった。相変わらず友達はシーニャ以外いないけどね、ふふ……。
ちなみに恐れられる原因を作ったニコラは持ち前の外ヅラの良さを発揮して、歳上歳下分け隔てなく多くの女友達をゲットしている。今もシーニャや他の女の子と歓談中だ。正直うらやましい。
俺もああいった愛されキャラにイメチェンをしたほうが良いのだろうか。『ねぇねぇお兄ちゃんお姉ちゃん、マルクともお話してくれる?』……うん、無いな。
そんな風に俺がぼっちの悲しみに堪えていると、トーリが近づいてきて申し訳無さそうな顔をしながら頭を掻く。
「マルク、毎度すまんが片付けを手伝ってくれるか?」
「はい!」
俺はガタッと椅子を鳴らして立ち上がると、喜んで青空教室の後片付けを開始した。何かをしていればこの悲しみは紛れるからね。
「お、おう。すまんな……」
思わず大きい声が出てしまい少し引き気味のトーリを横目に、長机と椅子、黒板をアイテムボックスに収納した。後はこれらを倉庫に移し替えれば終わりである。楽な仕事なのでトーリに申し訳なさそうな顔をされるのが、こちらからすると逆に申し訳ない。
俺が全てをアイテムボックスに収納して倉庫に移動の最中、トーリが話しかけてきた。
「全くお前がいると楽が出来て助かるが、これも後しばらくすると終わりか。もうじきセリーヌのポータルストーンが出来上がるんだろう?」
トーリはセリーヌのポータルストーンの心配をしていたので、魔力供給で早く精製が出来ることについては軽く説明をしている。
「はい、残りひと月かからないんじゃないかなって思ってます」
「ったく、セリーヌが連れてきたから只者じゃないとは思っていたけどよ、ポータルストーンの精製まで早めるとはな。くれぐれも村を出る時にはディールに勘付かれないようにしろよ?」
「あー、やっぱり面倒なことになりますか?」
「おうともよ。前の時もあのバカが騒いでセリーヌがブチ切れて、そりゃあもう大変だったからな!」
トーリがかっかと笑いながら答えた後、俺の頭をくしゃりと撫でた。
「だが俺には先に知らせてくれよ? お前には公園の借りを作ったままだし、餞別くらいは受け取ってもらわないとな。……でもなあ、お前はなまじっか何でも出来ちまうから、何をやればいいのか悩むんだよなあ」
「あはは、おかまいなく……」
そんなことを話しながら倉庫に用具を収めた時、なにやらバカでかくてバカみたいな声が聞こえてきた。
「フハハハハ! トーリはいるか? どこだ!?」
この声は間違いない。丁度話題に上がっていた人物だ。
俺たちがすぐに倉庫の陰から姿を現すと、実験場の広場にはディールの他にも五~六人の男がいた。ディールの隣には頭一つ長身のノーウェルの姿も見える。
ちなみにノーウェルとはエビルファンガーの一件以降、よく話をするようになった。マティルダと出会って引退するまでは結構名の知れた冒険者だったらしく、色々と面白い話を聞かせてくれるのだ。嫁のノロケ話も多いけどね。
「ああ、そうか。今日だったなあ」
トーリがディールたちを迎えながら声を上げた。俺もなんとなくトーリに付いていく。
ディール、ノーウェルの他にいるのは、線の細いハーフエルフの村では珍しい体格のゴツめの男たち。その後ろには首輪から鎖で繋がれた大きな羊が一匹連れられていた。
実物を見るのは初めてだけれど、闇魔法で隷属させているというレギオンシープだろう。毎朝のミルクでお世話になっております。
俺の姿を見たディールがニヤリと笑った。
「フハハ! 子供もいるではないか。丁度いい、お前にも手伝わせてやろう!」
「まあ待てディール。普通ならガキにやらせる仕事ではないだろう。……と言ってもマルクだしな。マルク、お前どうせ家に帰ってもヒマなんだろ? なら暇つぶしに見学でもしていけ。それでやりたくなったら手伝ってくれればいい」
トーリのお陰で何をするか分からぬまま、手伝わされるということは回避されたようだ。……しかし何気にボッチと言われた気がする。
お、俺だって普段は家でエステルとボルダリングで遊ぶくらいの予定はあるんだからね! 学校がある日は来ないから、今日は家に帰っても畑仕事くらいしかすることないのは事実だけど!
俺が内心で憤っていると、ニコラが俺の傍まで歩いてきた。どうやら歓談していた女の子たちは、ムサい男たちに気圧されるように家に帰ってしまったようだ。
『なんですか、このおっさんたちは? 私のキャッキャウフフタイムを邪魔した罪は重いですよ』
ニコラが念話で愚痴をこぼすが、俺だって知りたい。
「トーリ先生。これから一体何をするんですか?」
「フハハ! 子供よ! 知りたいか? ならば教えてやろう! これから行われるのは神聖なる労働! シュルトリアの守護者たる俺が村を想い! 村と寄り添い! 村と共に生きる――」
「あーはいはい、お前はしばらく黙っておけ。これからやるのは村の冬支度だよ」
トーリがディールの口上を面倒くさそうに遮ると、そう口にした。ほう、冬支度ですか。




