255 決意
挙動不審なエステルとどう接していけばいいのかと考えていた矢先、意外なところからエステルの豹変の原因が判明した。
エステル宅に到着した時のことだ。家の中で迎えてくれたスティナと挨拶を交わし、エステルがそそくさと逃げるように厨房に入ると、料理練習も兼ねたニコラもそれに続いた。
俺は薪を運んだり食材の整理をするのがここで最初にする仕事なのだけれど、外の薪棚に行こうとしたところでスティナに声をかけられたのだった。
「スティナさん、ルミルを見てなくていいの?」
「んふふ~、今寝たところだからちょっと空いてるの。少し私の話に付き合ってよ」
スティナはニマニマとした笑みを浮かべながら、俺の腕を掴んでもみもみと揉みしだいた。上機嫌だなあ。
こういう時はロクな話じゃないのは、これまでの付き合いでなんとなくわかるが、腕を振りほどいて逃げるほどでもない。俺は不承不承ながら頷いてみせるとスティナは話を続けた。
「マルク君。昨日の夜のことなんだけどね? エステルがね、私に男と女のことを色々と聞きに来たの」
「男と女?」
性教育とかその辺の話のことだろうか。
「そそ、マルク君も知りたいなら私が教えてあげてもいいんだけどね? まぁそれは今は置いときましょ。とにかく今までは恥ずかしがってちゃんと聞いてくれなかったエステルが、顔を真っ赤にさせながらそういう話を聞きに来てくれたのよ!」
スティナが俺から手を離すと、自分の肩を抱くようにしてクネクネと悶え始めた。とりあえず悶えるほどに喜んでいるらしい。
「その時の様子がすごく可愛いかったし、なにより娘の成長が嬉しくてね、誰かに話さずにはいられないのよお! まず初めに旦那に話したら真っ青な顔をしてたけどね、あっはっは!」
ミゲルは娘離れがまだっぽかったからなあ。ご愁傷さまとしか言えない。
それにしても友達が少ないとはいえ、デリケートな話を母親に聞かねばならない上に速攻バラされたというのは不憫すぎる。セリーヌに聞くという選択肢はなかったのだろうか。せめて俺だけは聞かなかったことにしてあげようと思う。
「とにかく、お子様だったあの子がようやくお年頃になったってことよ! ぬふふ、マルク君。後は君次第だからね! がんばって!」
スティナはバンバンと俺の背中を叩くと、上機嫌にルミルのベビーベッドの元へと歩いて行った。いつもながら自由な人だな。
しかしこれでようやく、今日のエステルの様子にも理由がついた。
エステルもいい歳だし、いつ男女のアレコレに興味を持ってもおかしくはない、むしろ遅いくらいだ。それでスティナに尋ねてみたところ、きっとスティナのことだ、過激な話を聞かせたであろうことは想像に難くない。
そういうことなら、唯一の男友達である俺を意識してギクシャクすることだってあるだろう。俺も前世でそういうアレコレを知った時には、周囲の女の子たちをやたらと意識したものだしね、うんうん。
ようやく原因が判明し、スーッと胸のつかえが取れたような気がする。俺は外に出て大きく深呼吸をすると、清々しい気分で仕事を始めることにした。
――――――
それから一週間ほど経過した。
待ちに待ったルミルの新しいお包みも完成した。鮮やかな緑が美しいモコモコとしたお包みだ。
この村では緑は縁起のいい色として知られ、病魔退散を願い健康を祈願して、幼児には緑色の衣服を着せることが多いらしい。
そう言った意味でも、成人してからも緑色を身に纏うディールは浮いているのだそうだ。いい歳こいて子供が好むデザインの衣服で着飾っているようなものなのかな……? ディール曰くエルフの伝統装束らしいけど、どこまで本当なのかは疑わしい。
とにかく、そのお包みは狩りに行った皆でエステル宅を訪問して、代表としてエステルからスティナに手渡した。狩りに行ったことは知っていたみたいだが、お包みを作っていたことを知らなかったスティナとミゲルはそれは大層喜んでくれた。
そして次第に慣れてきたのか、エステルが挙動不審になる回数は日が経つにつれて減ってきていた。
ただ、向こうから手を握りにくることが殆ど無くなった。握るのはいつものクセで握ってしまったような時くらいだ。
少し寂しい気持ちもあるけれど、成長するというのはこういうことだろう。俺としても新しい距離感でエステルとの仲を構築していく必要がある。
そしてお包みを渡した翌日。いつもの日課の魔力供給を終えて、セリーヌとニコラの風呂の世話をしてから先に家に戻った時のことだった。
ボルダリング壁の前には仁王立ちをしているエステルがいた。どうやら俺を待っていたようだ。
「どうしたの? エステル」
俺の問いかけにエステルは足を一歩前に踏み出し質問を返す。
「あの、最初に念の為に聞いておきたいんだけど、マルクとセリーヌってさ、恋人同士じゃないんだよね?」
「へ? 違うよ」
今更何を言っているのだろう。しかし思春期に突入すると、知り合いの男女の仲を疑うのはよくあることのような気もする。誰と誰が付き合ってる~みたいな話だ。とても微笑ましいね。
「そ、そっか。やっぱりそうだよね……」
俺の言葉にエステルは納得したかのようにウンウンと頷くと、何かを決意したように両手をきつく握りしめる。
「あの、それじゃボクにも、その……、マルクが、セリーヌにポータルクリスタルでやっていたことをして欲しいんだ。……ボクじゃダメかな?」
「え? アレを?」
「そう、アレを!」
エステルは顔を真っ赤にしながらぎゅっと目を瞑ると、振り絞るように声を上げた。




