250 火魔法
一通り考えをまとめたところで走るのを止め、エビルファンガーを見据えた。するとその直後、エビルファンガーは触手を大きくしならせ木の実を投げ飛ばす。
「石壁」
俺は目の前に土魔法の壁を作り出しそれを防ぐと、壁の向こうからパキッと軽い音が聞こえた。おそらく木の実から胞子が飛散することだろう。こちら側に入ってこないように、目前の壁を特に高く作りながら横にも広げる。
この状況で本体が接近してくると面倒だと思ったけれど、どうやらあちらは体を修復させながら木の実を投げるのが精一杯のようだ。今のうちに場を整えさせてもらおう。
コンテナハウスなんかを作るときの応用だ。普段は真っ平らな壁を四方で合わせて箱型を形成するが、今回は最初からUの字になるような一つの壁を作る。そう考えるとドームハウスの作り方に近いかもしれない。ある程度左右に壁を伸ばしたら、次は奥に伸ばして奥行きを作るのだ。
速度を高めるために普段よりも魔力の出力を高める。魔力がぎゅんぎゅんと吐き出されているのを感じるけれど、共鳴石の吸いっぷりに比べるとまだまだヌルい。俺は更に出力を高める。
壁が生成される先には石や倒木株が転がっているが、そのまま力任せに壁の中に飲み込ませた。不格好な壁になるけれど気にしない。
不意にパキッと壁の向こうで木の実が再び投げつけられた音がする、もちろん無視だ。俺は構わず壁を奥へ奥へと伸ばしていく――
――出来た! 俺からは石の壁がそびえ立つ姿しか見えないけれど、絨毯爆撃で木々をふっ飛ばしたお陰で空間感知は容易い。今はエビルファンガーを中心に、石壁がUの字で取り囲んでいるのをはっきりと感じることが出来た。
この巨大な壁ならきっと炎の延焼を防いでくれるはずだ。ぐるりと全周を囲ってやることも考えたが、突貫作業で壁の天辺はデコボコなので上に立つには不向きだし、レビテーションでは木の実を避けきれないのでこういう形になった。
俺は数十メートルはあろうかという石壁に沿うように駆け出す。全速力で森の中を疾走し石壁の終点にたどり着くと、そのままの勢いで唯一囲われてない一面に身を躍り出した。
視線の先にはエビルファンガーが三方を石壁に囲まれているのが見えた。木の擬態は剥がれたままだが、穴ぼこだった白い繊維はすっかり元通りになっている。
俺が足を踏み入れた瞬間、エビルファンガーの無いはずの目と目が合った気がした。直後に木の実を飛ばしてきた――が、さすがにそれくらいは予想していたよ。レビテーションで素早く上空に避ける。
「ボギュルルルルルルル!」
どこから発しているのだろうか、空気が震えるような鈍い音を上げたエビルファンガーは、根っこの触手を激しく前後させると俺に目がけて突進を始めた。そのスピードは今までよりずっと早い。
俺は再び地面に降り立つと、真っ直ぐ突進してくるエビルファンガーに両手を向ける。
ここで火魔法だ。石壁のお陰で火事が燃え広がることはないだろう。しかしそれでもセリーヌのファイアアローのような射撃系は的を外しそうで不安だ。
だから手元から火が伸び続け、そのまま目標に当たるような魔法がいい。イメージはガスバーナー。火属性のマナを燃焼させ、まるで芯があるかのように真っ直ぐ、ただ真っ直ぐにだけ伸ばすのだ。
俺は火属性のマナを全身で練り込むと、それを手の平から放出させ……あれ? この感覚は?
なにやらしっくりしすぎる感覚があった。しかし敵が迫りつつある中で違和感に構ってはいられない。俺は感覚に任せるがまま火魔法を発動させた。
「炎噴!」
俺の手の平から放たれた炎の一閃は、突進を続けるエビルファンガーに直撃する。そしてボウッと音が鳴ったかと思うと一瞬で全身に火がまわり炎の柱と化した。
突進を止めたエビルファンガーは炎に包まれながら、まるで鉄板の上で鰹節が踊るようにうねうねと動き、やがて動きを止めたかと思うと、ドシャリと体を崩壊させながら倒れ込む。
「あっ……」
身体の中にエーテルの流入を感じた。どうやら討伐に成功したらしい。ここまでの苦労は何だったかと言いたくなるほど簡単に終わってしまった。
そしてなによりの驚きは、思っていたよりもすんなりと火魔法が使えたことだ。
随分前に練習した時は、まるで蛇口を全開まで捻ったホースに振り回されてるかのように、暴れまわる炎をうまくコントロール出来ずに軽くトラウマになりかけた。
それ以来土魔法があるからいいやと練習は敬遠気味になったのだけれど、練習不足にも関わらず今回は自分の思い通りに動かせた。……どうして上手くいったのか? その心当たりは一つしかない。
セリーヌの魔力供給で火属性のマナを調整しながら送り続けていたお陰だ。
セリーヌに対して強くもなく弱くもなく、一定の火属性のマナを供給しつづけるという地味に疲れる作業は、どうやら火魔法のコントロールの上達に一役買ったらしい。
森の中にいるということで、いつにも増して火魔法の練習はしなかったけれど、川の近くででも少しくらいやっておけば、早くに上達に気付いて今回ももっとあっさり倒せたのかもしれない。
俺はまだパチパチと焚き火のような音を立てて燃え続けるエビルファンガーを見つめ、思わず苦笑を漏らした。




