242 授業料
収穫祭の翌日。普段通りに戻った早朝の物々交換の最中に、さっそくニコラが例の約束を果たしてくれるようにエステルに呼びかけた。
その結果、早くも翌日に決行されることに決まった。思っていたよりも早い日程に、もう少し後でもいいんだよと言ってみたところ、エステルは「後に伸ばすほど辛くなりそうだから」と少し泣きそうな顔をしながら力なく答えた。
相変わらず友達以外には対人距離が遠のくエステルを気の毒に思うのだけれど、さすがにニコラがいくらニコラとはいえ、そこまで無体なことはしないはずだ。この機会にコミュ障気味なのが少しは改善すればいいんだけどな。
そして更にその翌日、ニコラ待望の混浴の日が訪れた。混浴って言い方もおかしいはずだが、どういうわけだか混浴と言う言葉がしっくりとくる。不思議だね。
今は収穫祭が終わり木々が色づき始めた森の中を、俺、ニコラ、セリーヌ、エステルの四人で偽岩風呂に向かって移動の最中だ。
いつも通りにエステルが俺の手を繋いで歩いていると、エステルの前に躍り出たニコラが笑顔を浮かべて話しかける。
「楽しみだね! エステルちゃん!」
「はは……、お手柔らかにね」
「あらあら、エステルったら恥ずかしがり屋さんね~」
エステルのぎこちない返答に、セリーヌがからかうように笑いかけた。そんなセリーヌは普段なら魔力供給後に風呂に入ることになるはずなのだが、本日の魔力供給はお休みだ。
せっかく三人でお風呂に入るのなら、いつものように魔力供給後にへとへとで入るよりも、今日くらいはお風呂を楽しんだらどうかな? とセリーヌに提案したのだ。セリーヌもエステルの前でいつものお見せできない姿を晒すのは躊躇われたのか、即答で承諾した。
収穫祭に続いて今日も魔力供給が休みになったので、少し休みすぎかなと思わなくもない。しかしセリーヌもほんの少しだけれど、俺の魔力の受け止める量が増えてきているので、このペースでも大丈夫だと思う。
ちなみに魔力を受け止める量が増えつつあるせいなのか、最近は以前よりも火魔法が出力が上がり、魔力の器も若干広がってきているそうだ。
つまり魔力供給には魔力を鍛える効果もあると言うことだろう。それならこれで商売とか出来ないかな? なんて何気なく呟いたところ、セリーヌに「それは絶対に止めておきなさい」と強張った顔つきで忠告された。
いやね、俺もさすがに本気じゃなかったけどね。相性次第ではアヘ顔を晒すことになる鍛錬所とか絶対変な噂が流れるし、客には男もいるだろうけど、さすがに男の汗の臭いを嗅ぎながら魔力供給をするのは嫌だもんね。
……そう考えると美人のセリーヌだからこそ魔力供給を続けていられていると言えるのかな? 俺も少しは性の目覚めに近づいているのだろうか。
そんなことを考えていると、いつの間にやら偽岩風呂に到着した。さっそく蓋を取り外して浴槽に手を突っ込んでお湯を沸かす。しばらくすると湯気が立ち、いい温度になってきた。すると俺の横でエステルがかがみ込みながら肩を揺さぶる。
「ね、ねえ。マルクも一緒に入らない? それならボクも心強いんだけど」
「僕も?」
「えっ、マルクもお風呂に入るのかしら!?」
エステルのお誘いを聞いたセリーヌが少し焦ったような声を上げる。いつ頃からかセリーヌは冗談でも俺を風呂に誘わなくなった。そろそろお風呂も男女別にするお年頃だと気を使ってくれているのかもしれない。そんなセリーヌに答える。
「ううん、入らないよ。僕ももう九歳だからね。女性は女性同士でどうぞ」
「そ、そうよね。マルクも立派な男の子だもんね……」
なにやら神妙な表情で頷くセリーヌからエステルに視線を戻す。とりあえずエステルの不安は取り除いてあげないとな。ちなみにニコラは既に脱衣所だ。
「ねえ、どうしてそんなにニコラと入るのが嫌なの? 嫌がることは絶対にしないと思うよ?」
「……うん。それは分かってるんだけどね。ニコラに見つめられると、なんだか首の後ろのほうがぞわっとする時があるんだ……」
何という勘の鋭さだろうか。きっとそれはニコラがエロい目で見ている時なんだろう。しかしここは心を鬼にする。
「大丈夫だよ、女の子同士でお風呂に入るなんて普通だもの。それに何でもするっていったのはエステルだよ? 今日くらいは一緒に入ってあげてね」
女の子が軽々しく何でもするなんて言っちゃ駄目なのだ。それがこのくらいの授業料で身にしみればお得といってもいいだろう。
「う、うん。分かった。ボク頑張るね」
ぐっと拳を握りしめたエステルは立ち上がるとセリーヌと共に脱衣場へと歩いて行った。さて、それじゃあ俺は少しランニングで汗を流してから屋上風呂の方にでも入ろうかな。
俺は浴槽を適温に仕上げると、エステルの健闘を祈りつつ駆け足で自宅へと戻った。




