239 特別な日
腹ごなしには十分すぎる運動を行い、今は昼過ぎといった時間帯だ。そろそろ頃合いだろうな。ニコラもなんだかソワソワしているように見える。
すると俺と目が合ったニコラが不満そうに口を尖らせながら、俺の服の裾をぐいぐいと引っ張った。はいはい、分かってるよ。俺は仲良く立ち話をしているセリーヌとエステルに声をかけた。
「セリーヌ、エステル、これから家に戻って共鳴石で実家に連絡してくるよ。少し長くなると思うから、後は二人で楽しんでね」
「分かったわ~、いってらっしゃい。今日の夕食はエステルも招待してるんだから、忘れずに来なさいよね~」
「あっ、そうなんだ」
「そうなのよ。まっ、楽しみにしてなさい~」
「ふふっ、楽しみだね!」
セリーヌとエステルが俺たち兄妹に楽しげに笑いかける。俺たちには聞かされていなかったが、収穫祭はみんなでごちそうを食べるみたいな風習でもあるのだろう。
詳しく話を聞いてみたいところではあるけれど、ニコラは俺の裾を掴んだまま離さずに早く帰りたそうにしている。普段の外面の良さに比べると随分と余裕がないことだが、まぁニコラの気持ちは分からないでもない。俺たちはそのまま二人に別れを告げると、足早に家へと帰った。
――――――
家に戻るとすぐにテーブルに共鳴石を置いて椅子を引く。ニコラは既に椅子に座ってスタンバイだ。それを横目に見ながら椅子に座り、共鳴石に風属性のマナを送り込む。もう何度も繰り返し慣れ親しんだ作業だ。
ひと月もの間欠かさず行っているからだろう、最初の頃よりかなり通話時間も増え、疲労も軽減されるようになってきた。つまりそれだけ魔力の器が広がっているということだと思う。思わぬ魔力鍛錬になってるよなあコレ。
「マルクです。誰かいますかー」
いつものように呼びかける。とはいえ、今日はきっと家族が待ち構えていることだろう。すぐに母さんの声が聞こえた。
「いるわよー。マルク、ニコラ。……お誕生日おめでとう!」
「ありがとう」
「ママ、ありがとうー!」
今日は俺とニコラの九歳の誕生日だ。
前世の経験があるせいか、俺は誕生日を祝われるとなんだか照れくさい気持ちになるのだけれど、ニコラは違う。毎年誕生日の一週間くらい前から機嫌とテンションが三割増しになるくらいには、誕生日に家族からお祝いされるのを楽しみにしているのだ。
それゆえに家族と離れている現状で迎える誕生日に少し落ち込んだ様子だったのだが、今は共鳴石を目の前にして満面の笑みを浮かべながら母さんと話をしている。
「うおおお! ニコラたん! マルクたん! 九歳の誕生日おめでとう!」
突然野太い声が共鳴石から聞こえた。どうやら爺ちゃんもいるらしい。
「お爺ちゃんもありがとー!」
「おう! これまでの誕生日はよお、独りで寂しく二人の誕生を祝っていたってのがよ、ついに今年は一緒に祝ってあげられると思っていたのにな。目の前に二人がいないってのが本当にほんとう~っに残念だぜ」
当事者不在のエア誕生会でもしていたんだろうか。爺ちゃん、さすがにそれは引く。
「誕生日プレゼントもたくさん買ってるからな! 早く戻ってきてくれよ! あっ、でも旅を急いで怪我なんかしちゃあ駄目だからな!」
「そうそう、お爺ちゃんったらね、どんどんプレゼントを買い足していくのよ? さすがに買い過ぎだからもう止めさせたけどね」
「だってよお、かわいい孫のことを想うとついつい買っちまうんだ。仕方ねえだろ! ……って、おう、ジェイン。お前もマルクたんとニコラたんを祝ってやれよな!」
パンと背中を叩いたような音がした後、
「……マルク、ニコラ、誕生日おめでとう」
シャベッタアアアアアアアアアアアアア! いや、普通に父さんは話をするけどね。何となくそう言いたい気分だったのです。
「ありがとう、父さん」
「パパありがとうー!」
「……ああ。今日も無事に過ごしているか?」
「うん、パパ! 今日はね、村で収穫祭をやってるんだよ! そこでお兄ちゃんがキュウリを配ってたんだけどね――」
ここから長くなりそうだ。俺はアイテムボックスから飲み物を取り出して自分とニコラの前にそっと置くと、二人の話に聞き入った。
――――――
「――それじゃあマルク、ニコラ。また明日ね~」
「うん、また明日」
「バイバイ、ママパパお爺ちゃん!」
マナの供給を止め一息つくと、大きな石から緑の光が消えた。テーブルの上の飲み物は既に空っぽとなり、今日は今までで最長記録の通話となったが、なんとか魔力は持ったようだ。
ふと隣のニコラに目をやる。ニコラはまだ余韻の中にいるようで、単なる割れた石となった共鳴石を見ながら口元に笑みを浮かべている。
そんな俺の視線に気付いたのだろう、ニコラは笑顔を一転させ、ジロっとした目つきで俺を見つめると頬を膨らませた。
「……どうしたんですか? まるで妹を見守るお兄ちゃんみたいな生暖かい目で私を見てますけど」
「俺は生まれた時からお前のお兄ちゃんだよ。なにか問題あるの?」
「くっ……! なんですか、その余裕は。……あー、もう、ほら! 私はしゃべって喉が渇いたしお腹も空きました! 早急なおやつタイムを要求します!」
珍しくうろたえた様子でテーブルをバンバンと叩きながらニコラが言った。少し顔が赤い気がするが、気づいていないことにしようか。
「はいはい。今日は誕生日だし、とっておきを出すよ」
今日は実家から持ってきた父さん特製のガレットを出そう。実家では一番出番の多いおやつだ。いつもは苦いからあまり好きじゃないと愚痴っていたニコラだけれど、今日ならきっと喜んで食べてくれるはずだからね。




