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【書籍化】異世界で妹天使となにかする。  作者: 深見おしお@『伊勢崎さん』コミックス1巻9/27発売!


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238 徒競走

 トーリが白線の近くまで歩いてくるのを見ていると、ニコラから念話が届いた。


『お兄ちゃん』


『うん? どうしたの』


『身体能力をチェックするだけだし、負けてもいいやー。くらいに思ってるんでしょうけど、やるからには勝ってくださいね? お兄ちゃんが負けると私に今度はアスリート組からのナンパがありそうですし』


『そりゃあ負けるつもりではやらないけど、負けても知らないよ?』


『そこで私からのアドバイスです。いきなり全力で走るのは控えてください。百パーコケますから。徐々に慣らしながら速度を上げてください』


『コケるて。そこまで運動オンチのつもりはないけどなあ』


 教会学校では鬼ごっこみたいに体を使った遊びにも付き合うこともあったけれど、同年代と比べても可もなく不可もなくといった具合のはずだ。


『いいからいいから。分かりましたね?』


『はいはい、気をつけるよ』


 念話を終わらせたと同時にトーリが俺のすぐ真横に立った。その手には筒型の魔道具が握られている。そしてその魔道具を上へと向けた。


「それじゃ行くからな。よーい……」


 ――パンッ!


 魔道具の空砲の音と共に徒競走がスタートした。


 俺はニコラのアドバイス通りに、まずはジョギング程度の速度で走り始めると、当然の如くお兄さん方は俺を置いてどんどん先へと走って行った。その速度は前世の小学校最上級生よりもずっと早い。


 負けて当然とはいえ少しは焦る。負けるとニコラをナンパする少年が現れる可能性があるというから余計にだ。そうなると俺にも面倒が降り掛かってくるのだろうけど……、それについてはもう必要経費として諦めよう、うんうん。


 そう考えながら心を落ち着けた。ただ、はるか前方を走るお兄さんが一瞬後ろを向き、俺を見てニヤっと笑ったのが少しだけ気に入らなかった。


 モヤモヤする気持ちを抑え、次はいつも走るくらいの速度で走ることにする。


 たったかと走り始めると、自然と足もついてきた。これはいつも通りの感覚だ。しかし自分で走っていても随分と余力を感じる。これがエーテルの力なんだろう。


 だけどこの速度では前を走るお兄さん方からは引き離されるばかりだ。よし、そろそろ速度を上げてみようか。


 ――と、脚に力を込めた瞬間、ぐんっと体が前のめりになり、思わずバランスを崩しかけた。


 うおっ! 危うくコケるところだったよ! 確かにこれはスタートから全力を出すと、いきなりすっ転んで恥ずかしい目にあったかもしれない。ニコラのアドバイスを聞いておいてよかったな。


『お兄ちゃんがんばえー』


 わざわざ念話でニコラがやる気のなさそうな声援を送ってきた。どうやらコケかけたのがバレたらしい。初っ端でコケるほどの精神的ダメージはなかったけれど、結局からかわれるのは変わらないんだな……。


 そうして速度と足の動きに慣れてきた頃、更に脚に込める力を強めてみることにした。――速い。前世の学生時代を含め今まで走ったことのない速度だ。するとお兄さん方との差が縮まってきた。


 一人抜き、二人抜き、三人抜き――ついに先頭に追いついた。


 先頭は俺を笑ったお兄さんだ。併走する俺を見て驚愕の表情を浮かべているが、ここでニヤっと笑い返してやるほどの余裕はない。足がもつれないようにバランスを取るので精一杯だ。


 どうせなら勝ちたい。俺はもう一段、脚の力を強めてみた。これが今の最速だと思う。隣のお兄さんが視界の端から消えたけれど、再び体のバランスを崩しそうになり、つんのめるようになりながらも足を踏ん張ってこらえた。


 なんとか持ち直したところで俯いた顔を前に向けると、目の前には白線が見える。そしてそれを走り抜けると――周囲からわあっと歓声が上がった。


 どうやら一着でゴールイン出来たらしい。歓声の中で一番大きいのはエステルだ。競技中もずっと声援を送ってくれていたのは俺にも聞こえていた。俺がそちらに向かって手を振ると、エステルがブンブンと振り返してくれた。


 そうしていると次々とお兄さん方がゴールに到着し、肩で息をしながら悔しそうな顔を浮かべている様子が見えた。


 何か言ったほうがいいのかなと思ったりもしたけれど、変に気遣うと余計にこじれそうな気もする。あまりそちらを見ないようにしながら上がった息を整えているとトーリが近づいてきた。


「ふむ、大型の魔物を狩ったことがあるとセリーヌに聞いていたが、さすがだな。それでは一着の景品をやろう。さて、何が出るかな?」


 そういえば一着にはトーリ特製の景品が進呈されるとか言ってたな。トーリは腰に備えた大きな布袋をごそごそと漁り、そこから何かを取り出すと、それを見ながら「ほう、大当たりだな」と呟いて俺に手渡した。


 手渡されたのは大人の親指ほどの大きさの楕円形の物体だ。金属で出来ていてツルっとしているが、その先端には極小さい魔石が付いているのが見える。


「魔力を込めてみろ」


 言われた通りに魔力を込めると、その楕円形の物体はブイイィィィィィン……と音を立てながら振動し始めた。おいコラこれって。


「先生、これはなんですか……」


 俺は顔が引きつりそうになるのを抑えながらトーリに問いただす。


「これは医療器具だ。肩に当てると凝りがほぐれる。分かったな? 医療器具だからな? ただし両親に見せるのは止めておいたほうがいい、とりあえず今すぐ懐に隠せ。お前の年齢ではまだ肩は凝らないだろうから、その時が来るまで大切に保管しろ。そしていつの日か俺に感謝することになるだろうよ」


 トーリは一息でそう答えると、ニタリといやらしい笑みを浮かべながら俺の背中をバンッと叩いた。


「はい……」


 俺はトーリに言われるがままにアイテムボックスにソレを片付けると、ペコリとお辞儀をしてこの場を立ち去ることにした。


 飛躍的に上がっていた身体能力に対する感動も、一着の達成感も失せ消え、なんとも脱力した気分でトラックの外で観戦していた三人のもとへと歩いて行った。


 ニコラは素面でセリーヌにくっついているが、セリーヌとエステルは満面の笑みで俺を迎えてくれた。


「ふふ、おめでとうマルク」


「すごいねマルク、おめでとう! ねえねえ、トーリ先生に何を貰ったの?」


「ありがと。何を貰ったかは内緒だよ……」


 笑顔で問いかけるエステルに、俺はそう返すのが精一杯だった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] アイテムボックスには何てラベリングされたんでしょうね( ̄ー ̄) マルクの認識が反映されるからやっぱり…
[良い点] 更新乙い [一言] 子供が参加してる催し物の景品に「ジョークグッズ」混ぜるとか、何かもう……
[一言] 本当に出す奴があるか!(波平並感) 小学1年の時、クラスメイトのお父さん(医者)にギャグボールが口にくわえる物だと教わった事を思い出したわ
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