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【書籍化】異世界で妹天使となにかする。  作者: 深見おしお@『伊勢崎さん』コミックス1巻9/27発売!


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235 キュウリの一本漬け

 時間帯はいつもより少し遅いが、やることはほとんど変わらない。俺たちはエステル宅を出発すると、エステルが惣菜を積んだ荷車を引き、それを俺とニコラが後ろから押しながら広場へと向かった。



 ほどなくして広場へと到着した。さすがに収穫祭ということでいつもよりも人は多く、食べ物を片手に談笑しながら楽しんでいるようだ。広場の中央には昨日までは無かった木製の舞台が設置されており、たくさんの野菜や肉、果物などが丁寧に並べて置かれている。祭壇のように見えなくもないけれど……。


「食べ物を提供する人はあそこに自分の持ってきたものを一品お供えして、神様に今年の収穫の感謝と来年の豊作を祈願するんだよ」


 俺が問いかける前にエステルがそう教えてくれた。やはり祭壇のようだ。そういうことなら俺も後でキュウリをお供えしておこうかな。



 その後いつもの定位置で俺たちが出店の準備をしていると、まだ準備中にも関わらず周囲にちらほらと人が集まり始めた。


 俺のキュウリもこのひと月で随分と認知度も上がったので、今回の無料提供ですぐに無くなる前に一度もらいに訪れたのだろう。キュウリの伝道師としてはこの上ない喜びだね。


 しかしエステルの用意しているビーフシチューはそれほどの量はないけれど、俺のキュウリは普段の出店の三倍は用意しているので、すぐに無くなることはないと思われる。普段はコスパの悪いマヨネーズとセットになるので出品を抑えているけれど、今日はその枷もないので大盤振る舞い出来るのだ。


 しばらく遠巻きにこちらを伺う人々の視線に晒されながら作業をしていると、その中から一人の男が俺の目の前へと歩いてきた。緑のイケメン、ディールである。


「フハハハハ! 子供よ、今日の祭に対価は必要ないことは聞いているな? それではその大皿に乗っているキュウリを全てもらおうか!」


 俺が長机の上の大皿にようやく並べ終えた大量のキュウリの一本漬けを指差し、悪びれる様子もなくディールがのたまう。相変わらず状況が飲み込めていない発言にいつものディールだなと安心はするけれど、さて何と言えばやんわりと断れるかな。


 すると俺が口にするよりも早く、ディールの後ろから呆れたような声が届いた。


「馬鹿か、ディール。こういうのは普通一人一本なんだよ。お前もいい年なんだから、そろそろ空気を読むことを覚えな?」


 以前ディールに物々交換とは何なのかを教えてくれたおじさんが、声そのままの呆れ顔をディールに見せる。どうやら今回も彼に任せておけばよさそうだ。するとおじさんの一言にディールは思案するように顎に手をそえる。


「ぐぬう……。ゴドイよ、そういうものなのか? ……分かった、それなら仕方あるまい。非常に口惜しいが一本だけ貰っておくか……。むむ、今日はマヨネーズは無いようだが、これはもしやキュウリが出し汁に漬けこまれているのか?」


 ゴドイおじさんの言葉に素直に従ったディールが一本漬けをひとつ取り上げると、竹串を摘みつつ様々な角度から観察を続ける。


「はいそうです。せっかくなので変わったものをと思って。あっ、準備は出来たのでみなさんもどうぞ」


 俺の声を合図に、周囲の人々の手がワッと大皿の上に伸びたと思うと、あっという間に大皿からキュウリは消えて無くなった。よし、どんどん補充していこう。俺は容器から漬け込んだキュウリを補充しながら周囲の反応を伺う。


「おお、これはあっさりして、いつものとは違う味がするな」「私はこっちのほうが好みかも」「脂っこいものを食べた後によさそうだな。全部食わずに先に向こうの鹿肉の屋台に行ってみようぜ」「ぬうう! この爽快な酸味と香り、そして深い味わいはまるでこの世に緑の神が降臨し――」


 なにやら大げさな食レポが聞こえてきたが、おおむね好評のようだ。これなら今後はこちらを併用して売り出すのもいいかもしれない。マヨネーズも節約できるしね。


 村人の反応に胸を撫で下ろした後は、ひたすらキュウリを補充しては新たに訪れる村人に提供を続けた。今日は物々交換がないので仕事としてはいつもより楽だ。隣のエステルもニコラに手伝ってもらいながらどんどん村人にビーフシチューを提供している。


 そうしてしばらく手を休むことなく作業を続け、ようやく周囲からキュウリ目当ての村人がいなくなった頃、いつもの黒いドレスを身にまとったセリーヌがこちらに向かって歩いてきた。


「おはようマルク、頑張ってるみたいね~。調子はどう?」


「うん、新しい味付けも結構評判いいみたいだよ。セリーヌも一本どうぞ」


「へえ、これが昨日言ってた一本漬けとかいうヤツね。それじゃ遠慮なく頂くわ~」


 セリーヌは太く真っ直ぐに育ったキュウリの一本漬けを摘み上げるとひょいとその小さな口に含んだ。


『●REC』


 なにやらニコラが呟いたが、まさか本当に動画を保存する魔法を開発したわけじゃないよな……。そんな不安をよそにポリポリとキュウリを食べながらセリーヌが満足げに口を緩める。


「あら、これはお酒によく合いそうね~。向こうで母さんがお酒を出店してるから、後で差し入れに行ってあげてくれない?」


 たしかにこれは酒のつまみにもいいかもしれない。エクレインは収穫祭ということで今はグプル酒を出店しているはずだけれど、昨日も夕食の間に働きたくない面倒くさいと延々と愚痴を聞かされた。少しは息抜きになればいいと思う。


「うん。それじゃそろそろ切り上げて、差し入れついでに祭を見て回ろうかな。セリーヌも一緒に行かない?」


「もちろん付き合うわよ~。エステルとニコラちゃんも行くわよね?」


「うん、ボクの方は全部売り切れたし、もちろん行くよ!」

「ニコラもー」


 おお、さすがはエステル家のシチュー、早くも全部売り切れか。俺のキュウリは大量に作ったお陰でまだ残っているが、残りは午後にでも出し尽くせばいいだろう。俺たちはひとまずアイテムボックスに全てを放り込むと、セリーヌを伴って収穫祭を楽しむことにした。

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