229 ディールという男
準備を済ませ、セリーヌが玄関の扉を開く。すると玄関前で腕を組みながら待ち構えていたディールが開口一番こうのたまった。
「セリーヌよ。この俺相手に随分と待たせたものだな。ふん、まったく女というやつは準備に時間がかかるものだ……」
えぇ……。手早く準備を済ませて、ほんの数分で出てきたと思うんだけど。そんな俺の考えをよそに、ディールは自らの美しい金髪をかきあげながら気持ちよさそうに続ける。
「……だが! だがそれも、この俺に己を少しでも美しく見せようという女心ゆえのものだと理解すれば愛おしく思えるのだから、女と言うのは実に不思議なものよな……。愛らしいセリーヌよ、俺は全て許そう! それでは行くぞ、俺に付いてくるがいいフハハハハ!」
再びバッサーとマントを翻し、高笑いをしながらディールが先を歩き始めた。まぁセリーヌは俺たちよりも先に準備を終わらせていたし、何よりごく普通の冒険者装備なんですけどね。
相変わらず何かがおかしいディールを呆然と見つめていると、隣から怒気のようなものが湧き上がるのを感じた。見上げるとそこには無表情のセリーヌが。いや、よく見るとそのこめかみには青筋がぴくぴくと浮かんでいる。
「セ、セリーヌ。気持ちは分かるけど、落ち着いて……」
「ふ、ふふふ……。今日みたいな機会じゃなければ、今この場で丸焦げにしてやるんだけどね……」
出発早々、物騒なことが口から漏れるセリーヌをなだめつつ、俺たちは後ろを振り返ることなくずんずんと進むディールの後を追いかけた。なんだか先が思いやられるんですけど、この狩り大丈夫なんですかね。
――――――
「最近出来たこの公園を横断するぞ。ここを通ると近道になるのだ」
そう言ったディールが足を踏み入れたのは、先月俺が作ったシュルトリア自然公園。今は少なくない数の男女が噴水近くで語り合ったり、子供たちが遊具で楽しげにはしゃいでいたりと賑やかな様子だ。
ここは作った翌日にはトーリから子供たちにも知らされ、今では子供から大人まで集まる、この村の憩いの場となっていた。
「トーリが随分前から教え子たちと共に密かにこの場を開拓をしていたらしいぞ。……ふっ、まったく奴らも水臭いものだ。確かに、俺は村の治安を守るため日々忙しく休むこともなく過ごしている。しかし奴らが願うなら、俺とて助力を惜しまなかったというのにな……。おお、そういえばここにある見たことのない遊具は子供、お前が作った物だそうだな?」
村を開拓することに熱心なディールに知られると、仕事を押し付けられたり面倒くさいことになるかもなと言うトーリの助言を受け、この地は以前から有志の村人によってこっそりと整地作業を行っていたという設定になっている。
さすがに村には無かった様々な遊具を村人が作るのは変に思われるかもしれないので、それらを俺が作ったというところは隠していないけれど、今のところは面倒くさそうな問題は起きていない。
「あっ、はい。僕が作りました」
俺の言葉にディールは深く頷くと足を止め、声高らかに語り始めた。
「ふむ。この村のエルフの文化を愛する俺としては、外来の文化を取り入れることには若干の抵抗は……確かにある。だが見よ! 遊具で楽しげに遊ぶ村の子供たちを! 俺は、この俺は、あの笑顔の為なら外来の遊具と言えど、村の未来の為に受け入れようではないか!」
演説でも始まったのかと思うほどの大声と身振り手振りに、周囲の村人がぎょっとしてこちらに振り返る。そして「ああ、ディールか……」と呟くと途端に興味を無くして背を向けた。ニコラから呆れ声の念話が届く。
『要は他所の文化でも良いものなら取り入れる度量の広さアピールをしたいんでしょうけど、そもそも他の村人は他所の文化だろうが気にしてないのに、この人は一体何を言いたいんですか?』
『彼にとってはおいそれとは譲れないものなんだよ、多分……』
たまにチラチラとセリーヌの方を見てるので、まあそういうことなんだろうけど、当のセリーヌはディールを見向きもしないで俺の作った遊具を興味深く眺めていた。
その後もディールは公園を横断しながら演説を続けたけれど、正直頭には全く入ってこなかった。たぶん聞かなくても良かったことなんだろうと思う。なんだかかわいそうな気もしたのだけれど、本人は楽しそうだったのでまあいいよね。




