228 ときめきハンティング
それぞれに片手づつ手を繋がれ嫉妬の視線を浴びながらぶらぶらと広場を見て回り、色々と買い出しをした後にエステルと別れた。
そのまま立ち止まり二人でエステルを見送っていると、ほんのわずかの間に彼女が村の若い男に話しかけられている様子が目に入った。
『あら、エステルがナンパされてますよ。どうですかお兄ちゃん、心配になったりしませんか?』
『するに決まってるよ。どうしよう、声をかけに言ったほうがいいのかなあ』
『おおっ!? お兄ちゃんにもいっちょ前に独占欲が芽生えたんですか? これはなんと喜ばしいことでしょう。今夜は赤飯ですね!』
『いやさぁ、独占欲っていうか、エステルは友達相手に無防備すぎるからね。一緒に風呂に入った話は言っただろ? 今の状態で他に異性の友達を作るのはやっぱり心配になってくるよ』
『くっ……! 未だに私とは一緒に入浴してくれないというのに、その話を持ち出すとは……。また自慢ですか? 自慢ですよね?』
『なんだよ、あの時しつこく聞き出したのはそっちの方なのに……』
とか言ってる間に若い男は振られたらしく、両膝をガクリと落として項垂れた。一体なんて言われたんだろ、酷い落ち込み様だ。
そしてエステルはこちらに振り返ると、再び俺たちの元へと戻ってきた。
「エステル、どうしたの?」
「んー? よく分からないけど、もう少しマルクと一緒にいたくなっちゃったんだ。駄目かな……?」
なんだろ、あの若い男が怖かったとか? でも至って普通のナンパの様子だったしなあ。
「それじゃ先にエステルちゃんを送って帰ろうよ、お兄ちゃん!」
「えっ、いいの?」
ニコラの提案をエステルが聞き返すと、ニコラは大きく頷いて俺に顔を向けた。
「いいよね? お兄ちゃん」
「えっ、ああ、うん。いいよ」
「ありがと、マルク、ニコラ」
エステルは再び俺の手を掴むと、なんだかホッとしたように安堵の表情を浮かべ、それからいつものように笑った。
『グフフ、これは3友達ポイントくらいゲットしましたね。これで私がエステルの友達になれる日も近づきました』
『友達ってポイント制なのかい』
『ええ。今はまだ「一緒に帰って友達に噂とかされると恥ずかしいし……」と言われかねないポイントなので、もうしばらくポイントを貯める必要があります』
『そうか。がんばってときめいてくれ……』
俺は差し出されたニコラの手も握ると、再び三人で今度はエステルの家へと向かって歩き出した。
――――――
エステルを家に送った後はしばらく自宅で過ごし、昼にセリーヌ宅を訪ねていつもの四人で昼食を食べた。
なにやらセリーヌが疲れたような顔つきだったのが気になったのだけれど、食後に俺が尋ねるよりも先にセリーヌから話を切り出された。
「マルク、今日は魔力供給はお休みにしましょ」
「それはいいけど、何か用事なの?」
俺の問いかけにセリーヌが疲れた顔で頷く。
「ええ、もちろん。これから狩りに行くわよ」
『ナイスバディのお姉ちゃん捕まえる狩り? スか? 私けっこう純愛タイプだからなあ是非行きましょう』
『それ絶対違うヤツだから。それともネズミを狩りに行きたいの?』
俺はニコラに冷たい視線を浴びせた後、セリーヌに問いかける。
「狩りっていきなりどうしたの?」
「もうすぐ村の収穫祭があるのよ。村のみんなが色々と持ち寄って広場で食べるお祭りなんだけど、お前は何もしていないんだから狩りに付き合えってディールに言われてね~」
セリーヌは気だるそうに頬杖をつくと言葉を続ける。
「私は別に収穫祭に参加するつもりもなかったから、家に引っ込んでるつもりだったのよ。でもディールは川向こうまで狩りに行くって言うからね。それならあんたたちのいい経験になるでしょうし、二人の同伴を条件に承諾したわけよ」
なるほど。これがセリーヌが疲れたような顔をしていて、さっき見たディールの機嫌が最高潮だった訳か。
「川向こうに何を狩りに行くの?」
「ヤヨケドリって鳥の魔物がいるのよ。名前の通り矢を避けるのがうまい鳥なんだけどね。まぁ私なら当てることは出来るけど、火の矢じゃ森が燃えちゃうでしょ? そういう私が手を出せない獲物相手にいいところを見せたいんでしょうよディールが」
眉間にものっすごいシワを寄せながらセリーヌが答えた。俺にはディールがそれほど悪い人には見えなくなってきてるんだけど、セリーヌは相変わらず嫌っているようだ。これは若干珍獣を見る目に変わってきている俺と、長年しつこく言い寄られてるセリーヌとの違いなんだろう。
「癪だけどアイツの魔法を見るのはあんたのためになるからね。アイツは普段見回りの仕事ばかりで狩りをすることなんてめったにないんだから、しっかり見て勉強するのよ?」
心底嫌ってるはずなのに、俺のために受けてくれたということだ。期待に応えられるように頑張らないといけないね。
そこまで話終えると突然ドンドンと扉を叩く音が聞こえ、俺たちが返事をするよりも早く扉が勢いよく開かれた。
「おお、セリーヌ、来てやったぞ!」
つい先程まで話題の中心だったディールが玄関から入ってきた。ディールは無遠慮に家の中をじろじろと見やると、
「相変わらず狭っ苦しい家だな! 早く俺の元へ嫁いでくるといいぞ! フハハ!」
セリーヌの眉間のシワが更に深くなった。ああ、セリーヌ。あまりそういう顔ばかりしているとシワが癖になるよ。
「家主の前でよく言うわね~」
エクレインが揚げ豆をポリポリと食べながら呟くが、言うほど気にはしていないみたいだ。そして揚げ豆を一つ摘むとディールに向かって話しかける。
「いらっしゃいディール。ところであんたのところの揚げ豆、もっと塩を振ってくれるように言ってくれない? 少し辛さが足りないのよねえ」
「ふむ、家の者に伝えておこう。それでは行くぞセリーヌ! 子供!」
ディールの言葉にセリーヌは口をへの字にしながら犬を追い払うようにしっしっと手を振った。
「分かったわよ。これから準備するから外で待ってなさい」
「よかろう、外で待ってやる! 早く準備を済ませることだなフハハハハ!」
よそ行きらしい緑のマントをファッサーと翻し、ディールは外へと出て行った。
「騒がしい男ねえ。それじゃいってらっしゃーい」
エクレインがいつの間にか取り出したグプル酒をコップに注ぎ始めると、セリーヌは肩をすくめて椅子から立ち上がった。
「やれやれ、それじゃあ出かける準備をするわよ。マルク、ニコラちゃん」
「はーい」
俺とニコラは揃って声を上げると、アイテムボックスから爺ちゃんに貰ったマントや革靴を久しぶりに取り出した。
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