227 一ヶ月が経ちました
「フハハハハ子供! キュウリの代価はこれでいいか!?」
ディールは揚げた豆が入った袋をずいっと俺の前に差し出す。俺はそれの中身を確認するとすぐにディールに向き直った。
「はい、十分ですよ。毎度ありがとうございます」
「よし、貰っていくぞ! それでは労働に励めよ子供! フハハ! フハッ! フハーッハッハ!」
ディールは満足げにキュウリとマヨネーズの小瓶を掴むと高笑いしながら去って行った。うーん、今日はいつにも増して上機嫌だな。何かいいことでもあったのかな?
ちなみに今回は満足のいく交換を行ったディールであったが、俺との初めての物々交換ではキュウリのレートには全く見合わない豆数粒を提示する酷い有様だったことは記憶に新しい。
そのことを後でセリーヌに報告したところ、セリーヌは「そりゃそうよね」と軽くため息を吐きながら、ディールが妙に世間知らずだった訳を教えてくれた。
セリーヌが言うには彼は普段から自分で物々交換をすることのないお坊ちゃんなんだそうだ。普段は一族の誰かが代表で物々交換に出向いているらしく、少なくともセリーヌはこれまで一度たりとも彼が物々交換をしている姿を見たことがないのだとか。
そんなディールではあったけれど、再び懲りずに豆数粒だけを持参してウチを訪ねた際に、それを見かねた近くのお客さんたちが彼に様々な教育を施してくれた結果、普通の物々交換が出来るまでに成長したのである。
交換品がなぜか揚げ豆ばかりなのは変わらないけれど、エクレインが酒のつまみに喜んで食べるのでそれは特に問題ない。とにかくディールは俺にとってのお客さんへと変わってくれたのだ。
俺はそんな彼との接客を終え、残っていたキュウリが全部売り切れたことを確認すると、ぐっと体を伸ばしながら空を眺める。見上げた早朝の空は綺麗に澄み切っていて、既に見慣れたものではあったけれど、何度見ても飽きないなと思った。
――セリーヌの生まれ故郷、シュルトリアに滞在して一ヶ月ほどが経過した。
その間、週一回の青空教室には欠かさず通っているのだけれど、相変わらず友達はエステルとシーニャだけしかいない。
そのことを共鳴石でデリカに愚痴ったら「ほら、女の子の友達しかいないんじゃない。どうせすごくかわいいんでしょ?」と言われ、パメラに話せば「二人もいれば十分だよ」と言葉短く返され、ネイに相談すると「全員やっつけて子分にしようぜ」と昭和の不良漫画のノリを押し付けられそうになった。
ちなみにそんなネイなのだが、一度ビヤンと共に鉱山集落まで戻ったものの、次の行商の際にもついてきて、そのままウチの宿屋に住み込みで働くことになった。
ネイが言うには稼げない集落よりもウチの宿屋の方が給料がいいらしく、ウチで働いていつか鍛冶職人で独り立ちする為の資金を貯めたいらしい。両親としても俺とニコラが抜けて人手が足りていなかったので、あっさりと採用が決まった。
問題は無駄に職人気質なせいで一人で暮らしていけなさそうなネイの親父さんの件なんだけど、後でこっそりビヤンに聞いたところ、ネイは給料の一部をビヤンを通じて親父さんに渡すことにしているらしい。なんやかんやと親に厳しい態度を取っていても、性根はやさしい女の子なのだ。
そういうわけで、ネイとは俺が町へ戻った後も付き合いが続くことになりそうだった。
俺がこの一月余りのことを思い出していると、俺と同じく商品を売り切ったエステルが声をかけてきた。
「お互い今日も全部売り切れたね! それじゃ一緒に買い物して回ろ?」
微笑みながらエステルが俺の手をぎゅっと握り、俺が握り返すとその顔を更にほころばせた。エステルとは一緒に風呂に入ってから更に距離が縮まった感じがする。
まぁ前世でもアレの見せ合いっこは友情の証とか友情を深めるだとか言われていたし、そういうものなのかもしれない。同性と異性では違うような気がせんでもないけれど、細かいことは気にしないでおきたい。
そんなエステルの後ろでは、彼女の店の手伝いをしていたニコラが恨めしげな顔つきで俺とエステルの繋いだ手をじっと見つめている。
『ぐぬぬ……、相変わらず私の入る隙がない。お兄ちゃん、せめてエステルと繋いでじっとりと汗ばんだ手を、後で私にも一握りさせてくださいね。手汗を抑えるツボを教えてあげるので、なるべくお兄ちゃんサイドの手汗を減らしてくれるとありがたいです』
冗談ではなく本気で実行するであろうニコラが念話でそう伝えてくると、ボッチを回避するために俺の空いた方の手を握った。
最近は表情が柔らかくなって親しみやすそうに見える(親しみやすいとは言っていない)と人気急上昇中のエステルと、青空教室では触れることの出来ないアイドルとしての地位を確固たるものにしたニコラ。その二人に俺が挟まれる。
一見両手に花のような状態だけれど、もちろんニコラはただのボッチ回避だし、エステルも友達としての親しみを込めた行動だ。
しかしそんなことは知ったことではない周囲の独身男からの嫉妬の視線を浴びながら、俺は軽く息を吐いて二人を見つめた。
「……とりあえず後片付けをしないといけないから手は離そうね」
そう言って二人から離れると、粛々と後片付けを始めるのだった。




