22 風の色
セリーヌが帰った後、本来の用事だった浴槽の研磨を始めることにした。ついでに一階のキッチンに行き、父さんと共に仕事をしていた母さんに声をかける。
「母さん、いらないワインのコルク無い?」
「あるわよ~。えーと……、はいコレ。何に使うの?」
母さんがコルクを手渡しながら尋ねる。コルクからはまだ微かにワインの匂いがした。前世では酒好きだったが、今はワインの匂いを嗅いでも飲みたくもなんともならない。不思議なもんだな。
「浴槽の底に水抜きの穴を開けて、コルクで塞ぐんだ」
今までは身内だけだったのでアイテムボックスで排水をしていたが、今後セリーヌも使うことを考えると別の排水方法も作っておいたほうがいいと考えた。
母さんに礼を言い、裏庭へと歩く。お風呂小屋に入ると湯気と共に、嗅いだことのない匂いがした。女の匂いってヤツだろうか。成長すればこういうのでもムラムラするようになるのかね。
心と体が別というのは本当に不思議なもんだなと思いながら、アイテムボックスにお湯を収納していく。
ちなみに今までの残り湯は捨てずに収納したままである。とりあえず限界まで収納して、アイテムボックスの容量を計るつもりだ。決して「変なこと」とやらに使うためではない。
ふと現在の収納量が気になったので、アイテムボックスの収納リストを思い浮かべてみる。
そうするとアイテムボックスの中に何がどのくらい入っているのかが分かる。どういう仕組みなのか分からないけどなんともすごいね。
脳内リストには「家族の残り湯」「マルクの残り湯」「母さんの残り湯」「父さんの残り湯」「母さんと父さんの残り湯」「ニコラの残り湯」「セリーヌの残り湯」等、様々なラベリングがされているのが分かった。
俺の知らない残り湯情報もラベリングされているので、収納することで鑑定代わりに使えるかもしれないと思ったが、今はそんなことより、この残り湯のラベリングが気になりすぎる。
こんな情報を残していたらそれこそ変態なんじゃないか。試しに頭の中でスタックを念じると「残り湯」ひとつにまとまった。よかったよかった、俺は決して変態ではない。
それにしても残り湯と他の雑多なゴミなんかも含めると、俺のアイテムボックスは結構な大容量な気がする。ニコラは容量の大きい人で1トントラックくらいと言っていたが、これはもうそれを凌いでいるのではあるまいか。
MPに比例して今後も拡張されていくみたいだし、もう容量を気にしてもあんまり意味はないかもしれない。かつて神様は俺にチートなんかは無いと言っていたけど、これってもうそういう領域に足を踏み入れてないのかな。神様と人間の尺度は違うということなんだろうか。
そんなことを考えながら、まずは浴槽の底に穴を開ける。俺のマナが馴染んだ石だからなのだろうか、簡単に加工できるみたいだ。コルクをはめ込んでみるとピッタリと穴に収まった。そして排水用に下水道まで繋がる溝を土魔法で作る。とりあえずこれで完成だ。
次はいよいよ研磨作業を開始する。
「研磨するんだから、研磨機みたいに考えるといいのかな」
風は目に見えないのでイメージが難しい。そこでなるべく詳細にイメージするように心がけてみる。CDくらいの円盤が手の平で高回転するイメージで……風魔法を発動!
すると手の平の近くで円盤状のマナの塊が高回転しているような感覚が生まれた。風の余波がこちらまで届いて髪の毛をバサバサと揺らす。そして高回転しているであろう円盤をそっと浴槽に当ててみると、ギュイイイン!とすごい音がして石が削れた。
「こっわ!」
あまりの音に思わずビビってしまい。風魔法を止めてしまった。これは怖い。うっかり指なんかをあてたら一瞬で指が吹き飛んでしまいそうだ。
風魔法が見えないのが不安を更に煽る。見えない道具を使うのは怖すぎるな。剣と魔法のファンタジーなゲームやアニメだと緑色なんかで風魔法を表現していたけど、実際のところ風って見えないし。
と、そこまで考えて、見えないなら見えるようにしたらいいじゃないと、当たり前のことに気付いた。マナで作られてる風なんだから、マナを見ることが出来ればそれでいけるはずだ。
風魔法を発動させたまま、普段マナを感じている感覚を広げてみる。自分の体から手の先に集まっているマナの存在を感じ、その感覚を視覚まで広げる。すると今まで見えなかったマナの色が見えた。
風の属性を帯びたマナは、ゲームやアニメでお馴染みの緑色だった。
その後はギュインギュインと音を響かせて研磨作業だ。手元の風魔法が見えるようになったので、作業効率も上がった。
しばらくして研磨作業は終了した。前世の浴槽の様にツルツルとまではいかないが、変なひっかかりなんかは無くなったので、以前よりも快適な浴槽になったと思う。
さて、ひと仕事終わったしひとっ風呂と言いたいところだったが、まだ昼食前の時間帯だった。さすがに風呂は早すぎる。
とりあえずは昼食だな。さっきキッチンで父さんがソーセージを茹でているのを見た。食堂で使い切らなければ昼食に出てくる可能性が高い。父さんが馴染みの肉屋から仕入れてくるソーセージはとてもうまいのだ。
今日は食堂が繁盛していなければいいなと、宿屋の息子とは思えないことを考えながら家へと戻った。