207 屋上風呂
階段を上り屋上へと到着した。結構な高さがあるせいだろう、地上よりも風が強い。
「うへぇ、屋上は思ったよりも高いし風もあるし怖いな。とりあえず柵を付けてみるよ」
俺は手をついて膝立ちで歩きながら屋上の縁を回り、一メートルほどの土魔法の柵を作ることにした。
そして俺が地面を這いながら作業をしているのを横目に、ニコラはスタスタと屋上の中央に歩いて行くと、中央で立ち止まり腰に手を当て胸を張る。――もちろんパンイチだ。
「おお、これは……。お兄ちゃん、柵を作るのなんて止めときませんか? 全身を風が通り抜けていく開放感……! これは何物にも捨てがたいですよ!」
「そういうのがしたいなら、あっちにボルダリング壁を作ってるから向こうで勝手にやってくれる? それなら俺は何も言わないよ」
ニコラは手をひさしのようにかざしながら、外壁近くに設置されたボルダリング壁を眺める。
「ふーむ、確かにエステルとお兄ちゃんのキャッキャウフフスペースの方が高さがありますね。でも高さのわりにスペースが狭いのでイマイチですねえ」
「そうかい。ちなみにキャッキャもウフフもしないよ。俺は畑の世話をしながら見てるだけだから。後はエステルのリクエストに合わせて凹凸を動かしたりとか」
「ほほう、それなら次は私も一緒になって遊びたいですね。もちろん私もあんなのは登れませんから、真下で『がんばれ♥がんばれ♥』と応援して、エステルのキュロットスカートからすらっと伸びた健康的なおみ足を眺めつつ、僅かな隙間からのパンチラを拝んでみたいです」
「余計にエステルから引かれると思うけど、好きにすれば……っと、完成だ」
屋上を囲む柵が完成したのでそっと立ち上がった。よし、これなら怖くない。そして改めて屋上から周辺の景色を眺めてみたけれど、うーん、山と森しか見えないね。
とりあえず洗濯物を干そう。俺は土魔法で物干し竿とスタンドを作り、アイテムボックスから取り出した洗濯物を次々と吊り下げていくと、それほど数もないので作業はあっさりと終わった。もちろんニコラは手伝おうともせずに中央で腰に手を当てたままである。
「――これでよし。風通しもいいし、これなら今からでも乾くかもしれないなあ」
「駄目なら後で持ち帰って、部屋で扇風機に当てて乾かせばいいんですよ。お兄ちゃんが風魔法と火魔法で温風でも当てればもっと早いと思うんですけどね」
「お湯を作ることに比べて風と火だと力加減が難しいんだよ。それより遠心力を利用した脱水機でもトーリ先生に作ってもらったほうが、母さんも喜ぶしいいかもしれないな」
「いいですね。是非作っておいてもらいましょう。……それでこれからどうするんです? ってお兄ちゃんがパンイチでいる時点で大体分かりますけど」
「ああ、屋上に風呂を作るよ。屋上風呂を作ってみたかったんだ」
「屋上風呂ですか。気分はIT社長ですね」
こいつの中のIT社長ってそんなイメージなのか。いや、俺もそんなイメージあるけど。
「それじゃ今から風呂を作って入るから。ニコラはどうする? あんまりゆっくりとは浸かってられないけど」
俺は屋上から空を見上げた。もう少しすれば日が暮れ始め、セリーヌの家で夕食をごちそうになる時間となるだろう。
「もちろん入りますとも。私としても汗まみれのままセリーヌの家に行きたくはないんですから」
「了解。それじゃあ作るね」
ニコラに軽く返事をした後は、まずは屋上を横断する形で五十センチほどの柵を作って、屋上が掛け湯等で水浸しにならないようにした。そして隅に排水口を開け、更にそこから排水管を地面まで伸ばす。
これで風呂場のスペースは完成した。後はいつも通りに浴槽を作るだけなのだが、せっかくなので外の風景がよく見えるように浴槽部分の土台を一段盛り上げてみる。
そして屋上風呂というとオシャレな丸い形の浴槽のイメージがあるので、横長の風呂場のスペースに合わせて楕円形の浴槽を作ってみた。これで完成だ。
「とりあえずこんなもんでいいかな。ゆっくりしてられないからポーションも入れないよ」
そう言いながら両手からドバドバとお湯を浴槽に注ぎ込んでいると、ニコラが早くもパンツを脱ぎ捨て、俺の手をぐいっと自分の方に向けさせると頭からお湯を浴びた。どうやら掛け湯のつもりらしい。
「ぷはぁ、私は今日は二回目のお風呂ですし、汗だけ流せればそれでいいですよ。それじゃお先に入りまーす」
ニコラは俺から手を離し、まだ腰までしかない湯船に寝そべるように体を沈めると「うぃ~」とおっさんのような声を上げた。
そんなおっさんを眺めながら更にお湯を注ぎ込む。最近はお湯を注ぐのも随分早くなった気がする。
この成長は魔物の魂からエーテルを吸収したお陰なのか、それとも共鳴石の使用でマナを絞り尽くしているお陰なのか。とにかくあっという間に浴槽はお湯に満たされ、俺もニコラに続いて浴槽へと飛び込んだ。
そして周囲を見渡し、屋上風呂特有とも言える高所からの風景を楽しむことにしたんだけれど……、少しアテの外れたような気分になってしまった。
「はぁ。分かっていたけど、森と山しか見えないねえ……」
「そりゃそうでしょうよ。やっぱりああいうものは、IT社長が超高層マンションから階下を見下ろしながら『フハハ! 見ろ! 人がゴミのようだ!』とか言ってワインを片手に悦に入るのが気持ちいいんでしょう。ここだと高さも足りないですし、それに牧歌的すぎますね」
「お前ね……。全国のIT社長に謝りな?」
俺はニコラから再び外に目を向けると、浴槽にもたれ掛かりながら湯船にゆっくりと体を沈めた。
そうしてしばらく外の景色をぼんやりと眺めていると、ふいに少し強い風が頬を撫でていくのを感じた。
風の吹いた方へと目を向けると、周囲に広がる森では木々が風に揺れ、時折ざわざわと耳当たりの良い音を鳴らしていることに今更ながら気付く。よく耳をすましてみると、近くの川から涼しげなせせらぎまでもが聞こえてきた。
その音を聞きながら、次は遠くに見える山へと視線を向けてみる。山には雲と霞がかかりぼんやりとしか見えないが、じっと見つめているとまるで無限に広がってるような広大さに心が解き放たれるようだった。
……うん、たしかに刺激のない風景ではあるけれど、これはこれで見ていて飽きないものかもしれないな。俺は今まで以上に肩の力を抜くと、さっきまでとは少し違う気分で景色を眺めながら風呂を楽しむことにした。




