201 宴会芸
スティナには部屋で休んでもらい、俺は荷車を引いて厨房へと入ると中を見渡した。さすがに実家の厨房ほどの大きさや設備はないようだが、それでも普通の家の厨房よりはずっと広くて立派のようだ。
俺はアイテムボックスから取り出した薪と木炭を荷車に乗せた後、厨房の奥で調理をしていたミゲルに声をかける。するとミゲルは俺の声に答えてすぐにやってきてくれた。
「おや、早かったんだね。それじゃあ向こうでニコラちゃんと一緒に野菜を切ってくれるかい?」
ミゲルは荷車を受け取ると、すぐに荷車を引きながら向こうのかまどへと歩いて行った。どうやら悠長に立ち話をしているほど暇ではないらしい。
俺は次の仕事に取り掛かるべく、ニコラのいる調理台へと足を進める。そこではニコラがタンタンタンとリズミカルに包丁を振るっている様子が見て取れた。サボったりすることもあるけれど、なんだかんだで父さんに仕込まれているので八歳にしてはそこそこの腕前にはなっているのだ。もちろん俺もね!
そんなニコラの手元を見ると、刻んでいるのはタマネギだった。こちらの方までツンとした匂いが漂ってきている。
さぞかし涙を流しながらタマネギと格闘しているのだろうとニコラの顔を覗いてみると、意外なことに涼しい顔で包丁を動かしていた。しかしよく見ると、ニコラの顔の周辺には何やら緑色のマナが漂っているようだけど……。俺が顔を凝視しているのに気付いたんだろう、ニコラから念話が届く。
『うん? これですか? 風魔法で空気の層を絶えず作り続けて顔の周辺に漂うタマネギの成分を飛ばしているんです。ドヤァ……』
ニコラが俺にドヤ顔を見せつける。相変わらず器用に魔法を使うなあ。せっかくなので俺にも出来るか試してみよう。
風を循環させて顔に纏わせるイメージで……そーっと、そーっと。すると俺の意思に応じるように顔の周りに風属性のマナが集まり始め――
「あばばばばばば!」
まるで小さい台風に頭だけ突っ込んだように、首より上で風が激しく暴れまわる。うわあ、駄目だコレ! 俺は急いでマナをかき消した。
『ププゥ! お兄ちゃん、マナの制御が全然出来てませんね。でもそれはそれで宴会なんかで見せたらバカウケだと思いますよ。よかったですね!』
ニコラの嫌味に口を曲げて見せながら、ボサボサになった髪を撫でつける。マナの出力はどんどん大きくなっているけれど、制御はその分大味になってきている気がする。土属性以外もしっかり練習しないと駄目だなあ。
俺が反省しながらため息をついていると、エステルが野菜のいっぱい入ったカゴを持ってやって来た。
「マルクー、追加の野菜を持ってきたよ。ボクも切るから一緒に頑張ろうね」
エステルが山盛り野菜カゴを調理台にドンと載せると、ニコラが念話で『うへぇ』と呟く。どうやら惣菜屋は惣菜の種類よりも量が優先らしい。実際一昨日の広場でもシチューだけしかなかったもんな。
それから三人仲良く並んでタマネギ、ニンジン、それから見たことない野菜なんかをひたすら切りまくり、それをニコラとエステルがミゲルの元へと持って行く。
二人は野菜を持って行った合間にミゲルから料理を教わっているようだ。俺はそちらは辞退したので、二人が席を外している間もひたすら野菜を切りまくった。
――さすがに腕がダルくなってきた頃、ようやく切る野菜が無くなり賄いの朝食の時間となった。ミゲルはまだ調理中なのでスティナ、エステル、俺、ニコラでテーブルを囲む。
テーブルの上に乗せられた朝食は、タマネギとベーコンがたっぷり乗ったピザと鉄製のケトルに入ったミルク。どちらも乳製品だけど、どこかで家畜を飼ってる人がいるのかな。
「おつかれさま。二人ともよく働いてくれたから、今日は随分と楽になったわ。ありがとね」
スティナが俺とニコラを労いながらミルクを木のコップに注いでくれた。さっそくミルクを一口飲んでみると、ほどほどに冷やしているミルクが喉を心地よく通っていく。ミルク自体は町でも飲んだことがあるけれど、それよりも味が濃厚な気がする。
「これって何のミルクなの?」
「レギオンシープを家畜にしてる家があるんだ。これはそこの人に交換してもらってるんだよ」
エステルが俺の質問に答えてくれた。レギオンシープってなんだか物騒な名前だけど、もしかして。
「それって魔物?」
「そうだよ。すごい群れをなして生息してる羊の魔物なんだけど、旅の途中ではぐれたのを捕まえて、闇魔法で隷属させて持ち帰った人がいるんだ。魔物の乳は普通の家畜よりも質がよいことも多くてね。その分たくさん食べるらしいけど」
エステルがピザを手に持ち、更に続ける。
「それで、こっちのチーズはその乳を闇魔法で発酵させて作ってるんだよ。こっちも普通のチーズよりもずっと美味しいんだって。ボクは魔物の乳のチーズしか食べたことないけどね」
そう言いながらエステルがピザを美味しそうに齧った。なにげに闇魔法で魔物を隷属させるとかいう物騒なワードが飛び出したぞ……。闇魔法ってやっぱりおっかないな。俺は平和的に発酵でのみ扱っていこう。
そんな話をしながら朝食を食べ終わった頃、寸胴鍋を三つ乗せた大きい荷車を引きながらミゲルがやってきた。ちなみに今日はビーフシチューと、数枚余分に作ったピザが出し物のようだ。
「それじゃあ僕は一休みしたら後片付けをするから、君たちは広場の方をお願いできるかな」
「はーい」
揃って声を上げた子供三人で、受け渡し用の木の器や物々交換した物品を入れておくカゴ、折りたたみ式の机などを次々と荷車に詰め込んでいく。
ちなみにアイテムボックスに収納するのを提案してみたところ、「いないときにしんどく感じてしまうから」と遠慮された。言われてみればそういうものかもしれない。
全てを詰め込み終わると、エステルが荷車を引っ張りながら裏口の大きな扉をくぐり抜け、俺とニコラがそれに続く。
外に出ると、いつの間にか空はすっかり明けていた。朝の光が目に眩しい。俺は手をかざして光を遮ると、エステルの後ろについて荷車を押し始めた。




