200 エステルの家
まだ誰も集まっていない広場を通り抜け、エステルの家へと辿り着いた。セリーヌの家に比べると少し大きめの木造平屋建てで、傍らには小さな庭まである。エステルが名残惜しそうに俺と手を離し、玄関の扉を開いた。
「ただいま。マルクとニコラを連れてきたよ」
「やあ、いらっしゃい」
俺たちを家の中で迎えてくれたのは、短く揃えた金髪から長い耳がみょんと飛び出た男性と、長い金髪を後ろにまとめた耳の短い女性。女性の方は椅子に座り、大きく膨らんだお腹を抱えている。どうやら妊婦さんのようだ。
二人は新婚の若夫婦と見えなくもないが、もう十五歳の子供がいるんだよなあ。もうこの村で何人もハーフエルフを見てきているのに、未だにギャップには戸惑うことがあるね。
「今日から妹がお世話になります。僕は付き添いのマルクで、こっちが妹のニコラです」
「ニコラです! 八歳です!」
俺のお辞儀に合わせてニコラもピョコンとお辞儀をした。
「おやおや、これはご丁寧にどうも。でも僕らが手伝ってもらう方なんだし、もっと気楽にね? 僕はエステルのお父さんのミゲル、こっちはお母さんのスティナだよ」
穏やかな口調のミゲルからスティナを紹介された俺は、ついついその大きなお腹をじっと見てしまう。するとスティナはやさしくお腹をさすりながら、
「ふふ、もうすぐ生まれるのよ。それであまり働けないから、お手伝いをしてくれる子が来てくれたのは本当に助かるわ。ありがとね、ニコラちゃん」
なるほど、明らかな人手不足にはそんな理由があったのか。こちらが提案したのはニコラの手伝いだけだったけれど、人手が足りないようなら俺も手伝わせてもらおうかな。
「あの、そういうことなら、僕にも出来ることがあれば手伝わせてください」
「マルクも手伝ってくれるの!? やった!」
俺の提案にエステルがピョンと飛び跳ねて喜びを表現する。人手が増えることより友達と一緒に働けるのが嬉しいんだろうな。そういう純粋な笑顔だ。そんなエステルの様子を見たスティナはニッコリと微笑むと、再び俺に顔を向けた。
「お兄ちゃんの方も手伝ってくれるの? そうしてくれると本当に助かるわ、ありがとね。……それじゃあさっそくだけど、ニコラちゃんとエステルはミゲルと一緒に厨房に、マルク君は私についてきてくれるかしら?」
「母さん、何度も言ってるけど無理しないでね」
エステルは心配そうにスティナのお腹を見つめると、スティナは少し困ったように眉を下げる。
「こっちも何度も言ってるけど、少しは動かないと逆に体に悪いわよ。あなたを産んだ時なんか、今よりずっと働いてたんだからね」
「マルク、無理しないように見てあげてね?」
「分かった。任せてよ」
なおも心配そうなエステルに返事をすると、エステルは渋々といった様子でニコラとミゲルと共に厨房へと向かい、部屋には俺とスティナだけが残された。
「……それで~、マルク君?」
スティナが椅子に座ったままこちらに振り返ると、にんまりと笑いながら俺に声をかけた。
「なんですか?」
「エステルとはどこまで進んだのかしら?」
「……え?」
「奥手のあの子が初めて連れてきた男の子ですもの。エステルに聞いても友達としか言わなかったけど、本当は恋人なんでしょう? 知り合って数日だって聞いてるけど、恋に時間は関係ないんだものね?」
「い、いえ、ただの友達です」
「あらあら、隠さなくてもいいのよ。私はあなた達の仲を邪魔したいわけじゃなくて、むしろ応援したいの。あの通りちょっと子供っぽいところもあるから、あなたがその気でもなかなか進展しないんじゃないかなって思うのよ」
俺の話を聞かないスティナはお腹をさすりながら更に続けた。
「マルク君にはすぐにでも、あの子をこうしてもらっても全然構わないんだからね? まあ人に比べてハーフエルフは妊娠しづらいんだけど、若いんだもの、きっと大丈夫よ」
この人は八歳児に一体何を言ってるんだ。俺は若干の戦慄を覚えた。
「いえ、本当にただの友達なんです……」
「またまた~。あの子が知り合ってたった数日の男の子を家に連れてくることなんて、一目惚れでもない限りありえないわよ? 村じゃそろそろ『男嫌いのエステル』なんて言われ始めてるんだからね?」
「友達です」
「えっ? 本当に?」
キョトンとした顔のスティナに俺はコクリと頷く。スティナは俺の目をじっと見つめると、やがて大きなため息をついた。
「はぁ~。嘘をついてる様子はないし、どうやら本当にそうみたいね。ああ、残念だわ~。本当に残念……」
スティナは重いお腹を抱え、ゆっくりと椅子から立ち上がる。どうやらこれで話は終わりのようだ。俺としても誤解が解けてホッとした。
「よっこいしょっと。それじゃあ裏庭に行きましょうか」
「あの、言ってくれれば僕が行ってきますから、座っていてください」
「あらあら、やさしい子なのね。でもさっきもミゲルたちに言ったけど少しは運動しないといけないの。二人とも過保護すぎなのよ。さっ、こっちよ」
一度立ち上がると足取りも軽く歩き始めたスティナは、俺を連れて一旦家の外に出ると裏手に回った。
裏手の小さな庭には屋根の付いた大きな棚が置かれていた。そこには薪がぎっしりと詰め込まれ、端の方には木炭も積まれている。そして棚の横には傍らには小さな荷車が一台。
「この薪棚から薪と木炭を取って、この荷車に入れて運んでくれるかしら? ウチは魔道具だけじゃなくて、薪や木炭も使って料理を作ってるの。少し面倒くさいけど、これで作ったほうが評判良くてね」
前世でも家電を使わずあえて薪や木炭を使った料理なんかもあったけれど、こちらでもそれは同じらしい。とりあえずスティナに指示された分量をアイテムボックスに収納する。ごっそり消えた薪と炭にスティナが目を見張った。
「えっ!? ……ああ、アイテムボックスかしら? エステルから『マルクはすごいんだー』なんて話は聞いていたけど、さすがはセリーヌのお連れさんねえ」
相変わらずこの村でのセリーヌの評判は高いようだ。俺としてもなんだか嬉しくなってくるね。
「後は何をすればいいですか」
「これでもう終わりよ。あとミゲルも言ってたけど、もっと気軽に話しかけてちょうだいね? 私たちは手伝ってもらってるんだし、あなたはエステルの初めての男の子のお友達なんだから」
「……あー、うん。分かった」
スティナは俺の返事を聞いてにっこりと笑った。
「それでよし。あっさり終わっちゃったけど、さっそく厨房に行きましょうか。向こうであの子たちが手に取れるように、荷車も持って行ってくれる?」
「はーい」
そうして俺はスティナの後に続き、空っぽの荷車をガラガラ引きながら家の中へと戻った。
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