192 反撃
ガッツポーズを続けるニコラを横目に、俺は共鳴石に語りかけた。
「……ねえ、母さん」
「うん? 何かしらマルク」
「僕の知り合いに、朝市みたいな場所でお惣菜屋さんをしてるお家があるんだ。そこに僕がお願いしてみるよ」
『なっ!? お兄ちゃあああああああああああああああああん!?』
ニコラは会心の笑みをピシリと強張らせると、目を見開きながら俺を凝視した。
「お、お兄ちゃあん……」
『ヘタレって言ったことは謝りますから、どうか、どうかそれだけは……。毎日早朝から手伝いだなんてやめてくださいしんでしまいます』
ニコラは椅子から立ち上がり俺にすがりつく。俺はそれを無視し、母さんに告げる。
「毎朝お惣菜を作っているお家だから、自然と早起きにもなるし、きっと料理も教えて貰えるよ」
「まあまあ、それはニコラに良さそうねえ〜。それじゃあマルクにお願いするわね。でも、あちら様のご都合に沿うように相談しないと駄目よ?」
もちろん惣菜屋というのはエステル家のことだ。実際のところ手伝い不要と断られるかもしれないが、受け入れられる可能性は高いと思う。
昨日のエステルは一人で出品に来ていたが、物々交換はお金を払うよりも手間がかかる。そのため昨日もいつの間にか結構な行列が出来ていた。そんな状況なのに一人で来ていたということは、家の方でも手が離せない仕事があるのだろう。俺は母さんに自信たっぷりに答える。
「うん、その辺は任せてよ」
そんな俺と母さんの会話を聞き、もはや覆らないことを察したニコラは腕の力を緩め、そのままずるずると崩れてガクリと膝をついた。
「ニコラ~、しっかりがんばるのよ? お家に帰ってきたらパパがお料理のテストするからね。それでもしお料理の腕が上がってなければ……。ママはとても悲しくなっちゃうわ」
「う、うん。ニコラ頑張る……」
ニコラが項垂れたまま母さんに伝える。落ち込みながらも素直に答える様子を見てると少しかわいそうな気がしてきたけれど、料理が出来るようになることは、ニコラにとっても悪いことじゃないはずだ。ほんの少しスッキリした気分になったのは許してほしい。
「それじゃあマルク、明日もこのくらいの時間に共鳴石? でお話できる?」
「うん、できるよ。……ごめん、そろそろ魔力が尽きそうだから今日はこの辺で切るね」
「あらあら。それじゃあまた明日ね。あっ、結局今日は父さんとは話せなかったわね。明日は父さんとお話してあげて――」
そこまで聞いたところで、ふと気を抜いたら通話が切れてしまった。さすがに今日は結構辛かったな。主に母さんとセリーヌの世間話が長かったせいだけど。
息を吐きつつ隣を見ると、ニコラがふらりと立ち上がり、俺を恨みがましく涙目で見つめる。
「うるうるしくしく……」
「えーと、まあ母さんの期待を裏切らないように頑張りな?」
「うん……。しくしく……」
「あらあらニコラちゃん。お料理の練習が嫌いなのかしら? 分かるわー。分かる」
会話の邪魔をしないように少し距離を取っていたエクレインがニコラを抱え上げると、頭をよしよしと撫でた。
「エクレインママ、今から一緒にお昼寝してくれる……?」
「いいわよお。一緒にお昼寝しましょうね。あっ、もう……。しょうがない子ねえ」
二人を見上げるとニコラがエクレインの二の腕をふにふにと揉んでいるのが見えた。エクレインは眉を下げながらもニコラを抱いたまま寝室へと入って行く。去り際にニコラから念話が届いた。
『しくしく……今日のところはエクレインママのたぷたぷと母性に免じて負けを認めましょう。しかしこれで勝ったと思わないことです。私はどんな手を使ってでもママに怒られない程度にサボってみせますからね。……あっ、でもママにそれを報告するのは止めてくれると助かります……』
なんだか締まらない捨て台詞を残して、寝室の扉がパタンと閉まる。それを見届けていると頭をポンと叩かれた。顔を上に向けると椅子から立ち上がったセリーヌが苦笑いをしながら俺を見下ろしている。
「もう~。最初から私に内緒で三ヶ月滞在するつもりだったのね?」
「ごめんね。セリーヌに相談したら断られそうだし、先に母さんに許可を貰ったほうが確実だと思っちゃったから」
「そうね~。先に相談されていても、きっと首を縦には振らなかったでしょうね。私が三年我慢することなんて、まだ子供のあんたを村に三ヶ月間縛るよりも軽い物だと思うもの。……でも、マルクありがとね。私のポータルストーンを心配してくれたこと、本当に嬉しいわ」
柔らかく微笑んだセリーヌは、エクレインがニコラにしたように俺を抱き上げる。そして軽く抱きしめながら俺の前髪をかきわけると、俺の額にそっとキスをした。
額に柔らかさを感じると同時に、セリーヌの胸元からは何度か嗅いだ気持ちが落ち着くような森の香りがふわりと広がる。静まり返った部屋の中、しばらく俺の額に口づけしていたセリーヌが俺をゆっくりと地面に降ろした。
「ふふっ。ご、ご褒美よ。これ以上はもっと大人になってからね~」
セリーヌは俺を見下ろしながら腕を組んで不敵に笑う。……でもね、セリーヌさん。そんなに顔を真っ赤にして大人ぶっても説得力がないと思います。
試験的に副題をつけてみました。詳しくは活動報告に。




