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【書籍化】異世界で妹天使となにかする。  作者: 深見おしお@『伊勢崎さん』コミックス1巻9/27発売!


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170 エステル

 少女は月夜でも分かるほどの綺麗な銀色の髪を三つ編みにして一つにまとめて肩に流し、その髪からは長い耳がみょんと飛び出ていた。この村に住むハーフエルフなんだろう。


「あの~……」


 タオルを腰に巻きながら、今なお笑い続けている少女に話しかける。


「ああ、ごめんごめん。水に浸かりながらじっと動かないから精神修行でもしてるのかなって思ってたら、急に飛び上がって「さぶっ」て。しかもおじさんみたいな口調で! それがその……プク、クククク」


 まぁ元年齢と今の年齢を足したら十分おじさんと言われる歳なのは否めないが、素でつぶやいたその一言がツボに入ってしまったらしい。


 それにしても空間感知はしていたはずなんだけど、この少女が笑い出すまでは全く気が付かなかった。俺がぼんやりとしていたのか、それとも感知を掻い潜る方法があるのだろうか。


 笑い続ける少女をしばらく眺めていると、ようやく笑いが収まったらしい。涙の浮かんだ目を指で擦りながら少女が頭を下げた。


「ふうふう……。ごめんね、笑ったりして」


「気にしないでいいですよ。僕はマルクって言います。八歳です。少しの間この村にご厄介になると思うので、よろしくおねがいします」


 俺の方もペコリと頭を下げた。ディールみたいなお堅い人が他にいないとも限らない。第一印象は大事なのだ。……タオルで股間を隠している姿に礼儀も何もない気もするけどね!


「おやおや、随分と礼儀正しい子だね。キミは今日この村にセリーヌと一緒に来た子で間違いないかな?」


「そうです」


 村は噂の広まるのが早いなんてよく言われるけれど、それはどうやらこの村でも当てはまるらしい。まぁ子供とはいえセリーヌが見たことのない人間族を連れてきたのだから、注意喚起が必要なのかもしれないけど。情報源はディールかな。


「ボクはエステル、歳は十五。ハーフエルフの感覚だと八歳も十五歳も大して変わらないし、そんなに丁寧に話さなくてもいいよ。それよりもう川から出るのなら、少しボクと話をしてくれない? 村の外の話に興味があるんだ」


「僕もそれほど知らないけど……」


「それでもボクよりは知ってるでしょ? それで十分だよ。さあさあ、ここに座って」


 エステルが尻をずらして大岩にスペースを作るとそこをタンタンと叩く。危険な人物じゃなさそうだし、時間を潰さないといけないと思っていたところだから、話し相手になるのは別に構わないかな。


「分かったよ。服を着るからちょっと待ってね」


 俺は川岸に移動してタオルで体を拭いた後、アイテムボックスから服を取り出しそそくさと着替えを終えた。……文句を言うほどじゃないけれど、エステルが着替えをじっと見つめているのは出来れば止めて欲しかったよ。


 羞恥プレイについては忘れることにして、エステルの空けてくれた場所に腰掛けると、ふわっと花のような香りがした。隣に座っているエステルをよく見ると、三つ編みの先には白い花飾りが一つ付いている。造花ではなく本物のようだし、これの匂いだろうか。


「ん? これ? ボクのお気に入りの花なんだ」


 やさしく微笑みながらエステルが三つ編みの先を摘んで花飾りを俺の鼻先で軽く振る。するとさっきよりも濃厚な花の匂いがした。


「いい匂いだね」


「ふふ、ありがとう。……ところでさっき見ていて気づいたんだけど、キミはアイテムボックスを持ってるんだね? さすがセリーヌが連れてきた子は一味違うね」


 どうやら俺の裸ではなくアイテムボックスの様子を見ていたようだ。自意識過剰って恥ずかしいね!


 まぁそれはともかく、エステルもセリーヌのことをよく知っているようだ。村くらいの人口だと、全員知り合いなのかもしれないけど。



 それから聞かれるがままに俺の生まれたファティアの町やセカード村、サドラ鉱山集落の話をした。エステルはどの話も興味深く聞いていたけれど、本当になんてことのない普通の話なんだけどな。


 しばらく話を続けた後、今度はこちらからも聞いてみることに。


「僕からもいい? 僕は空間感知してたんだけど、エステルが近づくまで分からなかったんだ。心当たりはある?」


「ああ、それは気配を絶っていたからだね」


 そう言ったエステルがふっと目を閉じると、急にそこにエステルが存在していないように気配がおぼろげになった。まるで本人ではなくて3Dプロジェクターの映像を見ているような? そんな感じだ。


「分かったかな?」


 エステルが口を開くと共に気配が元に戻った。なるほど、これなら感知出来ないかもしれない。そういえばニコラも風呂を覗くために似たようなことをやっていたし、空間感知も万能ではないとしっかり心に留めておいたほうがよさそうだ。


「それって魔法なの?」


「いや、魔法じゃないよ。もっと精神的というか肉体的というか……。うーん、なんて言えばいいんだろう? 気配を絶つのは戦闘技術の基本なんだよ」


 エルフといえば魔法みたいなイメージがあるけど、エステルはそうでもないらしい。しかし一つ疑問が浮上した。


「それでどうして気配を断って僕を覗いてたの?」


 俺の問いかけに、エステルはここよりも更に川の下流を指差した。当たり前だけど川はここよりもずっとずっと向こうまで続いている。


「ボクもさっきまであっちの方で水浴びをしていたんだ。その後軽く鍛錬をしていたんだけど、遠くの方で何かが光っているのに気づいてね。村の人でこんな時間に川を利用する人っていないから、興味が湧いて見に行ったんだ」


 どうやら俺の出していた光球を見かけて近づいてきたようだ。エステルは説明を続ける。


「キミが感知出来なかったのは、気配を絶つ鍛錬をしたままここに来ちゃったからだと思うよ。覗き見みたいになってごめんね。……あっ、それじゃ不公平だよね? ボクも脱ぐからちょっと待って――」


 そう言ってガバッと上着を脱ぎ始めたのを慌てて手で抑えた。既にヘソと下乳は見えているけど、まだ大事なところは見えてないし、下乳にほくろを見つけたのを含めてセーフだと思いたい。


「いや、いい、いいよ! 僕は気にしてないから! 謝ってくれたしね。もう十分だよ!」


「いいの? ほんとにごめんね」


 エステルが服を捲くるのを止めると、俺は大きく息をついた。なんだか俺の周りって羞恥心の薄い人が多くない? 八歳の子供に見られてもどうってことないだけかもしれないけどさ。


「もう一つ聞きたいんだけど、そんなに外に興味があるなら村から出たりはしないの?」


 話を変えるように質問を続けた。エステルは皺の寄った上着を直しながら答える。


「うん、もちろん。もうすぐしたら村の外に出るつもりだよ。でもポータルストーンがまだなんだよね」


「それってどういう――」


「マルク~、迎えにきたわよ~」


 声のした方に顔を向けると、セリーヌが川岸沿いにこちらに歩いて来ていた。隣にはニコラがホクホク顔でついて来ている。どうやら満足のいく水浴びだったようでなによりだね。

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