153 坂道リベンジ
「……んー。今日はゆっくり坂を登りましょうか」
セリーヌはニコラの方を見て眉を下げながら微笑む。ニコラは外面がいいので、疲れたとか面倒くさいとか俺や両親以外に言うことはあまりないけれど、さすがに昨日の様子で察したのだろう。
「……うん!」
『神や……。神降臨やでぇ……』
ニコラは元気に返事をすると、さっそく神の腰に纏わりつき、尻に顔を埋めていた。
まぁ昨日は特にビヤンが張り切ったせいもあるし、ゆっくり歩けばニコラも汗でぐしょぐしょになることはないだろう。
――そんなふうに考えていた時期が俺にもありました。
結局ゆっくり歩いたところでさほど効果はなく、今回も汗をだらだらと流しながら、俺に引っ張られるように坂道を登っていく。ほんと体力ないなコイツ。
それでもなんとか坂道を登りきり、目的地の倉庫前に到着した。もちろん繋いでいた手は濡れたスポンジでも握ってたのかというくらいにびしょ濡れになっていた。
はあはあと肩で息をしているニコラから念話が届く。
『お兄ちゃん、大切なお願いがあるんですけど……。帰り道はこの坂道を土魔法で滑り台にしてくれませんか?』
『絶対やんないからな』
仮にやってしまうとしたら尻が擦りむけるような滑り台になりそうだし、なによりビヤンに悪い。
そんなことより一応は頑張った妹のために、さっさと椅子とテーブルを作ってやることにした。
山の中腹にあるこの平地はど真ん中に倉庫が建てられているものの、俺たちがくつろぐためのスペースは十分すぎるほどにある。
まずは大きめのテーブルと椅子を五脚作った。それを見ていたネイが目を見開きながら声を上げる。
「お、お前、土魔法も出来るのか!? 回復魔法だけじゃないのかよ……」
「うん。むしろこっちの方が得意なんだ」
俺としては町では土魔法を使える子供扱いなので、こういった反応は新鮮でちょっと嬉しい。
少しニヤつきながら日除けのために東屋のような屋根も作る。これで休憩所の完成だ。
すぐさまニコラが椅子に座りテーブルに体を預けると「お兄ちゃん、お水ちょうだい」と手をこちらに向けた。
「はいよ」と、アイテムボックスから取り出したコップに水を注いでニコラに手渡してやると、ニコラはそれをゴクゴクと飲み干し、テーブルに覆いかぶさるようにベタンと顔をくっつける。
『もうしばらく動きたくありません……』
そう言い残すと電池の切れた人形の様にピクリとも動かなくなった。まぁ思う存分休憩すればいいと思う。
俺は残りのみんなの分の飲み物を用意しようと後ろを振り返る。すると向こう側の山の様子が目に入った。
どうやらこちら側から向こうが見えるように、向こう側からもこちらの様子はよく見えるらしい。坑口を見張っている三人の鉱夫が、急に出来たこちらの建物を指差しながら何やら言い合っている。
「そりゃあ、いきなりこんなのが出来たら驚くよなー!」
ネイがそう言いながら、向こうに向かって手を振った。
「おーい! おーい! ジムザー!」
ネイが声を張り上げる。すると向こうもネイに向かって振り返した。どうやらネイの知り合いのようだ。
結構距離が離れてはいるが、この距離で顔の判別がつくのはドワーフという種族の視力が良いのか、それともネイの視力が特別なのかは分からない。ちなみに向こう側からすると、顔が分からなくともネイのピンク頭はよく目立つと思うので、さもありなんと言ったところだ。
そうしてネイと向こうの山の鉱夫のやり取りをぼんやりと眺めていたのだが、ふいに鉱夫の背後にある坑口で何かが蠢いたのに気付いた。……大きな灰色のトカゲだろうか? きっとあれがストーンリザードだ。
「ネイ、おじさんたちの後ろにストーンリザードがいるよ!」
「ああ! おーい、後ろ! ジムザー! 後ろ、後ろー!」
ネイが鉱夫に向かって呼びかけるが、声は明瞭に届いていないようで、向こうは両手をブンブン振り回すのみだ。きっと見張りばかりで暇だったんだろう。後ろに暇を潰すには十分すぎる獲物がいることに気付いていない。
「巣の外ではあまり積極的に襲いかかる魔物ではないけれど、巣の入り口だし、さすがに背中を向けているのは危険ねえ」
セリーヌが坑口に潜むストーンリザードを見ながら心配そうに眉をひそめる。
「セリーヌ、なんとか出来ない?」
「あんたにやってみなさいって言いたいところだけど……。さすがにストーンバレットが人に当たったらタダじゃ済まないわよね……」
俺も一か八かで向こうにストーンバレットを撃ち込むのは勘弁して欲しいところだ。セリーヌが大きく息を吐く。
「はぁ~、仕方ないわねえ。それじゃあ、よーく見てなさい~」
セリーヌが魔法の杖を取り出して、いつものようにトリガーとなる言葉を発した。
「火の矢」
縦に構えた杖と十字に交差するように現れたファイアアローは音もなく向こうの山へ飛んでいくと、見張りの横をすり抜け吸いつく様にストーンリザードに命中した。
見張りの鉱夫は体の横をファイアアローが一瞬で通り過ぎていったことに体を強張らせ一歩も動くことなく突っ立っていたが、すぐに背後のストーンリザードの死骸を見て察したらしい。こちらにむかって大きく手を振り感謝の意を伝え、セリーヌも手を振って答えた。
「ほんとにセリーヌの命中精度はすごいね」
「まずそれを磨かないと、どうしようもならないような所に住んでたしね……」
セリーヌがテーブルに移動しながら苦い顔をする。腕を磨いていた頃に色々とあったんだろうか。いつかそう言った苦労話も聞かせてほしいなと思った。
椅子に座ったセリーヌに飲み物を出す。ネイとデリカも席に着き、しばらくは屋根の陰で休憩することにした。
――――――
雑談を交わしながら時間を潰しているうちに、気がつけばそろそろ昼頃と言ってもいい時間帯だ。
「まだかなー。そろそろかなー」
俺が呟くとネイが隣の山裾を指差しながら答えた。
「どうやら来たみたいだぜ」
山裾の方に目をやると、七人の男たちが坑口に向かって歩いている様子が見える。どうやらウェイケル一行がようやく現場に現れたようだ。




