152 道すがら
朝食をごちそうになった後、ラック兄弟とはそこで別れて俺たちは外出することになった。ちなみに食事中、ラックは何度もポーションの礼を言い、D級ポーションを初めて見たらしいジャックは、蓋を開けて中を覗いたり何度も匂いを嗅いだりしていた。……無臭だよ?
ラック兄弟との別れ際には、ウェイケルたちが部屋から出てくるのをチラッと見かけた。若干不安要素はあるけれど、巣穴討伐を無事に成功させて欲しいと思う。
宿屋を出た俺たちはビヤン商店を目指す。とはいえ、討伐が始まる昼頃までは到着すればいいので、ゆっくりと集落をぶらつくことにした。
「ねーねー。あそこに見たこと無い屋台があるよ!」
さっそく何かを見つけたニコラが指差す方を見ると、確かにファティアの町では見たことの無い揚げ物の屋台があった。
屋台の中では頭にタオルを巻いたおっさんが汗をかきながら、魔道具で煮えたぎらせた油に衣を付けた肉片を投入している。鍋の中の油がジュワーと音を響かせ、音を聞いているだけで腹は減ってはいないのに食欲を刺激した。
屋台の垂れ幕を見る限り、どうやらこれも岩虫の肉のようだ。セカード村のテンタクルスの様に、ここでは岩虫が食用として生活に根付いているのだろう。この手の地元の魔物肉がファティアの町まで広がっていかないのは、やっぱり見た目の問題なんだろうなあ。
「それじゃあ一つ買って、みんなで味見しましょうか」
セリーヌが屋台に近づき店員のおっさんに一つ注文すると、おっさんがデレっとした笑顔を浮かべながら少しおまけをしてくれた。大きい植物の葉で包まれた岩虫の唐揚げは明らかに許容量オーバーに盛られていて、四人で分けるには十分の量だ。
こちらに戻ってきたセリーヌが、ニコラに唐揚げの包みを手渡す。包みには長い串がひとつ備え付けられているので、あの串で刺して食べるのだろう。
「みんなで分けて食べましょうね。熱そうだから気を付けるのよん」
それを聞いたか聞いてないのか、さっそくニコラは串で唐揚げを突き刺し口に入れ――
『――アツゥイ!』
いきなり大音量の念話が届く。どうやらめっちゃ熱かったらしい。
「ふぉ、ふぉにいちゃん、み、みじゅ……」
ニコラが涙目でプルプル震えながら俺の手を引く。
熱さのあまり吐き出さなかったのは外面キープのためか、単に意地汚いだけなのか。俺はアイテムボックスから取り出したコップに水を注いで手渡し、ついでに口に回復魔法をかけてやった。
「あらあら、やっぱり熱かったのね。大丈夫?」
ニコラが涙目のままコクリと頷く。
「かなり熱いみたいだし、少し冷ましてからの方がよさそうだね」
俺は至極真っ当なことを言った。するとセリーヌは串をニコラから貰い受け、ニンマリと笑う。
「それじゃ、ふーふーしてから食べないとね~。……ふーふー。ふーふー……。はい、マルク、あーん」
息を吹きかけ、十分に冷ました唐揚げを俺に向かって差し出すセリーヌ。
『ふ、ふーふーだと? その手があったか……! お兄ちゃん、そこまで計算するとは、なかなかやりますね……』
ニコラが驚愕に目を見開きながら念話を届けた。……いや、そんなわけないからね? 俺としても恥ずかしがるほうが後々いじられそうなので、さっさとセリーヌの差し出した唐揚げをパクりといただいた。
するとセリーヌが少しつまらなさそうな顔をしたのが見て取れた。フフン、やっぱりからかうつもりだったらしい。俺はトラップを回避したことに満足しながら唐揚げを噛みしめる。
「ふぉ、おお……」
思わず食べながら声を上げた。岩虫独特のパリッとした食感がとても揚げ物に合っている。それにナッツのような岩虫の風味が揚げ物なのに口の中をしつこくさせない。これならサクサクとスナック感覚で食べられるね。スープで食べるよりもこっちのほうが俺の好みだ。
なんて一人食レポをしていると、次はセリーヌがデリカにふーふーあーんとやっていた。
「え、いや私は別にいらな――」
「――だめよ~、デリカちゃん、ちょっと魔物肉苦手みたいだけど、魔物肉の方が栄養があるってのが定番なんだからね? 食べるのも訓練のうちよ~」
そう言われるとデリカとしても食べるしかなく。
「んふふ~。デリカちゃんもいい子ね~。ナデナデしてあげるわね~」
顔を赤くしたデリカは言われるがままに撫でられていた。
その後、既にいい感じに冷えているにも関わらず、ニコラはセリーヌにふーふーあーんをしてもらいご満悦。全員でひとつふたつと食べると、あっという間に唐揚げは全て無くなった。
俺はみんなに少し待ってもらい、店前に出ている分を全部買い取ってアイテムボックスに入れた。自分のおやつ用と両親や町の友人のお土産用だ。
一包あたり銅貨1枚なので揚げ物のわりに随分と安いと思う。これなら油が高くて儲けにならないんじゃないか? ふと気になったので聞いてみた。
「おじさん、この油ってなんの油なの?」
「これか? もちろん岩虫の油だぞ」
お、おう……。聞かないほうが良かったのかもしれない。
その後も集落を練り歩きながら、昼前にはビヤン商店に到着した。店前では脚の治ったビヤンが箒を使って掃除をしている。
「やあ、いらっしゃい。今日の昼頃に巣穴の討伐が始まるらしいね」
さすが商人だけあって耳が早い。
「そうみたいね。今日はご厚意に甘えてお邪魔させてもらうわねん」
「ええ、どうぞ」
ビヤンがにこやかに頷く。それじゃあ店内を通らせてもらおうかと一歩足を前に出したところで、隣の店からネイが飛び出してきた。
「よう! あたしも一緒に見せてもらっていいか? 昨日あたしが酒場の仕事から帰る時間になっても、あいつらまだ飲んでたし、ちゃんと討伐出来るか心配なんだよな~」
「おやおや。冒険者も鉱夫と同じく豪胆な人が多いみたいだけど、たしかに少し心配だね……。もちろんいいよ。私は店に残るから、何か起きたら大声で教えてくれるかい?」
「おうよ!」
ネイは威勢よく答えた。口では心配だと言ってはいたが、どうやらこの一大イベントが楽しみらしく、口元は緩んでいる。ビヤンもお見通しなのだろう、同じ様に口元を緩めていた。
こうしてネイも合流し、ビヤン商店の中を通させてもらった。そして裏口の扉を開けると、そこにはまるで天に登る竜の背中のような、長くて急な坂道が目の前に広がっている。
『これからまたあの坂道を登るのですね……』
ニコラの目から光が消えた。




